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執事のいるカフェ。

40話

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「何、そんなにしょんぼりしてるのよ。大丈夫だって、見た目だけなら、優衣のほうが幼く見えるぐらいだから」
「そういうことじゃないのよ。問題は、わたしのほうが!」
 わたしの言葉に伊万里が、フゥとため息をつく。
「まあ、悩むんなら、もっと別のことだと思うわよ」
 年齢以外に、もっと悩むことって……?
 わたしの頭の中身が足りないとか言わないよね。

「教えてあげましょうか」
 厳粛な面持ちで伊万里は、声を潜める。
 ちょっと緊張してきた。
 彼とつり合わないのは、すでに自覚している。わたしの考える以外にもまだ、あるのか。
 顔? 顔がつりあわないのは、誰が見ても判る。
 身長差も大きい。学歴? それとも家柄?
 織部くんの礼儀正しいところや、言葉づかいの古臭い感じとか、どこかの御曹司なのかもしれない。
 そういえば、彼の家のことなんか聞いたこともなかった。
 織部くんのこと……知らないことのほうが多い。
 息を詰めて、伊万里がずいっと寄ってきた。
 自販機の前で、女ふたりの鼻先がくっつきそうなほど顔をつき合わせている。
 もし来館者や他の同僚たちが見たら、変な誤解を生みそうな状況だけど、今のわたしはそれどころではなかった。

「いくら落ち着いているとはいえ、相手はまだ高校生よ。ちょうど発情期よ」
 発情という単語を、やけに力を込めて伊万里は言う。
 ……なんだ。それ?
「発情期って、それも言うなら青春とかいう時期じゃないの」
「青春と書いて、“ヒート”と読むのよ」
「ヒート?」
「“生理中の犬”……つまり、発情期よ」
 真面目に聞いている自分が、とてつもなく間抜けに思えた。
 伊万里は、外見こそは美人だが、その脳内では、すぐにさまざまな妄想が広がってしまう。
 ただし内容は、おもに漫画やアニメなど二次元の男性キャラクター同士の恋愛に限られる。
 いわゆる腐女子。
 発情期とか調教とか、彼女の部屋にあった薄い本には、よく登場する単語だ。
 自分自身の魅力に気づいていないのか、伊万里はリアルな男性に興味が薄い。
 それでいて、なぜか、織部くんのことは、あれこれ聞きたがる。
 織部くん自身が現実感の薄い存在だからかもしれない。

「現実は、二次元とは違うの!」
「リアルもファンタジーも18歳といえば、やりたい盛りよ。淫獣よ」
 伊万里にかかったら、織部くんまで、モンスターにされてしまう。
 そもそも“陰獣”とは、江戸川乱歩の書いた推理小説だ。
「よく勘違いされるけど“陰獣”って、セクシャルな意味はないんだからね」
「"陰気な獣"じゃなくて、淫乱の“淫”よ。手の施しようがないほど淫らってことよ」
「よけいに悪い。そもそも盛りでも、ないから」
「“ない”ほうが問題あるわよ。彼みたいな将来有望なお坊ちゃんで、さらに顔のいい男って……」
 意味ありげに、伊万里は言葉を切った。
「女のほうが放っておくわけないでしょ」
「な、な、なんで?!」
 我ながら、バカみたいな声が口から出る。あわてて自分の口を押さえた。
「動揺しすぎ」
 冷めた様子で伊万里が言う。
 誰のせいだ。わざと脅かして楽しんでいるに違いない。
 この性格、織部くんに似ている。
「たかだか高校生に掌で転がされる優衣を見てると、本当に、なんていうか……チョロい子ね」
 織部くんだけじゃなくて、伊万里にまで転がされてる。

「だからね。落ち着きなさい。重い女だと嫌われちゃうわよ」
「お、重い?」
「そう、好きすぎて重い」
 重いと言われて、自分の頭の上に巨大な隕石が落ちてきたような気がした。
 そうかもしれない。
 最近、織部くんは忙しくって図書館にも来なくなった。もっとも以前から、そんな頻繁には来てくれなかったんだけど。
 織部くんに重いなんて思われていたら、どうしよう。
 でも、たぶん思われている。
 あの織部くんのことだ。わたしの考えなどお見通し……って、年上の彼女としては情けなすぎる。
 落ちてきた隕石の重みで、自分の体が二頭身ぐらいまで潰れたような気がした。

「一途なのもいいけど、重いと嫌われちゃうわよ。まあ、彼のことばっかりで悶々としてないで、他にも目を向けることね」
 伊万里は、空っぽになった紙コップをクシャッと潰した。
「他に、趣味をみつけるとか?」
 潰れた大福みたいな気分で、わたしは答える。
 大福……。
 そういえば、わたしの頬をひっぱっては、織部くんが似てるって、よく言ってたな。
 餡の詰まってない大福とか言ってた。それは、大福じゃない。ただのお餅だ。
 大福なら、餡がたっぷりつまっている。
 今のわたしは、空っぽだ。
 餡も何も入ってないから、こんなに悶々としてしまうのか。
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