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苦手なのは、世界で最も美しい数式。
36話
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情けない顔をして優衣は、俺を見上げている。
まるい黒目がちの大きな眼が潤んで、唇が物言いたげにわずかに開かれたままだ。
ぷるっとした下唇は、和菓子に似ている。
なんだったかな。
祖父さんの家で、夏になるとよく出てくるやつ……そうだ。水まんじゅうとかいう“聖護院八ッ橋”の桃餡のアレか。
甘味は好みではなかったのだが、こいつを見ていると、そのまま食ってしまいたくなる。
人肉嗜好を地で行きそうだな。
食欲と性欲が直結している。
優衣の父親と囲碁の約束をしていたのだが、仕事が長引いて帰りが遅いらしい。
本を借りるという苦しい口実で、彼女の部屋に通された。
優衣の部屋に入ったのは、今日で二度目だ。
こんな機会は、めったにない。
いつもは、彼女の父と囲碁をすることになるので、たいていは客間だ。
以前、この部屋に来たときには、かなり緊張した。
女の部屋など見るのも入るのも初めてのことだったから、ピンク色でぬいぐるみがうずもれている部屋を勝手に想像していたのだ。
前に来たときも、突然だったのに室内はきちんと片付いていた。
白い壁にパイン材の家具。観葉植物がバランス良く配置されている。
意外にもぬいぐるみは、ほとんどない。机の上にある本物そっくりの猫ぐらいか。
暖かな雰囲気のある部屋は、いつ来ても不思議と落ち着く。
さすがに本が多い。
大きな書棚には隙間なく本が並べられている。
『実践型レファレンス・サービス』『レファレンス・サービス実例集』『デンマークのにぎやかな公共図書館』『図書館員として何ができるのか』他は書評雑誌など仕事関係の本。
新聞などで話題になっている本はジャンルを問わず一通りある。
俺の知らない女流作家の名前もあるが、タイトルからしておそらく恋愛小説のたぐいだろう。
図書館で彼女が子供に読み聞かせをしていた絵本もあった。
俺も同じものを持っている。
優衣が真剣な顔をして子供たちに読んでいたから。
本ばかり見ていると彼女の機嫌が悪くなる。
まあ、それも可愛いのでわざと怒らせてみるのも悪くはないが、せっかく擦り寄ってきてくれるのだ。
めったにあることではない。
優衣は、俺の膝にするりと入り込む。
毛足の長いラグの上に二人でこうして座っていると、まるでずっと昔からこうしていたような気がする。
俺たちが出逢ってから、まだそれほど時間が過ぎたわけでもないのが不思議なくらいだ。
気がつくと優衣は、俺の膝の上で、こぢんまりと収まっている。
俺が部屋にいると、当然のように膝の上にのるのだ。
外では何かと理由をつけては離れたがる年上の恋人だが、なぜか自分の部屋ではなかなかに大胆だ。
自分のホームグラウンドだからか。
優衣は、背を弓なりにそらしながら俺の膝の上に両手をつく。まるで猫だ。
喉もとを指先で撫で上げてやると、嬉しそうに頭を擦りつけてきた。
薄物のブラウスは、襟ぐりが深い。
そんな恰好をされると、胸の谷間がはっきりと見て取れる。
「織部くん……」
鼻にかかった甘ったるい声。
猫が喉を鳴らしているのに似ている。
語尾がわずかに伸びるのは、今のこいつの警戒心がゆるくなっている証拠。
普段は、妙にガチガチで、うかつに手を出そうものなら拒絶されてしまう。
そんなときは、意地になってはいけない。
強引なことをするとこいつは、すぐに臍を曲げるからだ。
機嫌を直させるのに手間も時間もかかる。
だが、一度こちらのペースに巻き込んでしまえば、どんなことでも受け入れてしまうのは、すでに証明済み。
まるい黒目がちの大きな眼が潤んで、唇が物言いたげにわずかに開かれたままだ。
ぷるっとした下唇は、和菓子に似ている。
なんだったかな。
祖父さんの家で、夏になるとよく出てくるやつ……そうだ。水まんじゅうとかいう“聖護院八ッ橋”の桃餡のアレか。
甘味は好みではなかったのだが、こいつを見ていると、そのまま食ってしまいたくなる。
人肉嗜好を地で行きそうだな。
食欲と性欲が直結している。
優衣の父親と囲碁の約束をしていたのだが、仕事が長引いて帰りが遅いらしい。
本を借りるという苦しい口実で、彼女の部屋に通された。
優衣の部屋に入ったのは、今日で二度目だ。
こんな機会は、めったにない。
いつもは、彼女の父と囲碁をすることになるので、たいていは客間だ。
以前、この部屋に来たときには、かなり緊張した。
女の部屋など見るのも入るのも初めてのことだったから、ピンク色でぬいぐるみがうずもれている部屋を勝手に想像していたのだ。
前に来たときも、突然だったのに室内はきちんと片付いていた。
白い壁にパイン材の家具。観葉植物がバランス良く配置されている。
意外にもぬいぐるみは、ほとんどない。机の上にある本物そっくりの猫ぐらいか。
暖かな雰囲気のある部屋は、いつ来ても不思議と落ち着く。
さすがに本が多い。
大きな書棚には隙間なく本が並べられている。
『実践型レファレンス・サービス』『レファレンス・サービス実例集』『デンマークのにぎやかな公共図書館』『図書館員として何ができるのか』他は書評雑誌など仕事関係の本。
新聞などで話題になっている本はジャンルを問わず一通りある。
俺の知らない女流作家の名前もあるが、タイトルからしておそらく恋愛小説のたぐいだろう。
図書館で彼女が子供に読み聞かせをしていた絵本もあった。
俺も同じものを持っている。
優衣が真剣な顔をして子供たちに読んでいたから。
本ばかり見ていると彼女の機嫌が悪くなる。
まあ、それも可愛いのでわざと怒らせてみるのも悪くはないが、せっかく擦り寄ってきてくれるのだ。
めったにあることではない。
優衣は、俺の膝にするりと入り込む。
毛足の長いラグの上に二人でこうして座っていると、まるでずっと昔からこうしていたような気がする。
俺たちが出逢ってから、まだそれほど時間が過ぎたわけでもないのが不思議なくらいだ。
気がつくと優衣は、俺の膝の上で、こぢんまりと収まっている。
俺が部屋にいると、当然のように膝の上にのるのだ。
外では何かと理由をつけては離れたがる年上の恋人だが、なぜか自分の部屋ではなかなかに大胆だ。
自分のホームグラウンドだからか。
優衣は、背を弓なりにそらしながら俺の膝の上に両手をつく。まるで猫だ。
喉もとを指先で撫で上げてやると、嬉しそうに頭を擦りつけてきた。
薄物のブラウスは、襟ぐりが深い。
そんな恰好をされると、胸の谷間がはっきりと見て取れる。
「織部くん……」
鼻にかかった甘ったるい声。
猫が喉を鳴らしているのに似ている。
語尾がわずかに伸びるのは、今のこいつの警戒心がゆるくなっている証拠。
普段は、妙にガチガチで、うかつに手を出そうものなら拒絶されてしまう。
そんなときは、意地になってはいけない。
強引なことをするとこいつは、すぐに臍を曲げるからだ。
機嫌を直させるのに手間も時間もかかる。
だが、一度こちらのペースに巻き込んでしまえば、どんなことでも受け入れてしまうのは、すでに証明済み。
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