【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪

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愛情表現は、歪んでいるもの。

34話

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「あ……」
 かすかに洩らす声がやけに扇情的で、脳に血流が集まっていく。
 ようやく、わずかながらも落ち着いてきたはずの俺自身が、そうではなくなってくる。
 戻って来い。俺の乙女心!!!
 いや、男にそんなものは存在しない。だからこそ、こんな痛い思いをするはめになる。

 このバカ。
 ダメだ、いやだと言いながら、なぜ、そうやって煽るのか。
 優衣。わざとか。
 お前、わざとやっているのか。…………いや、違うよな。
 それだけは、鈍い俺でも判る。
 こいつに自覚はない。

 無自覚にエロい。
 普段のこいつをよく知っているから、そのギャップに萌え……いや、そんな場合か。
 思わず、優衣を抱いた手とは反対の拳で目の前にあるコンクリートブロックの塀を打ちつける。
 ガッツと鈍い音がして、壁にヒビが入った。
 大きく凹みができている。
 これ本当にコンクリートだったのか。
 脆すぎるだろう。どんな素人工事だ。
 とりあえず、優衣をつれてその場から離れる。
 壁が崩れたら、彼女がケガをするかもしれない。

「あ、あ……っ、手、手! お、織部くん!!」
 俺のしでかしたことに、優衣があせっている。
 また、苗字呼びに変わっていた。
 オタオタする彼女の腕をつかんで逃げた。
 本当は米俵みたいに抱き上げようかと思ったが、下着のない今の状態では、こちらの理性が持たない。

 まったく俺は、何やってるんだ。
 自己嫌悪に陥りそうになるものの、そうでもしないと、本当にこの場で彼女を押し倒しそうだった。
 ゆっくりと深呼吸をして、円周率を唱える。さっきはどこまでいったか。
 まったくもって、今の自分が信じられない。
 こいつと出逢うまで俺は、人間が苦手だったのだ。
 周囲は、たんに無口だと思っていたらしいが、他人と関係を作りたくないと思っているあたり、自分でもかなり異常だ……とは気がついていた。
 他人と関わりたくないからこそ、自分自身の感情のコントロールは、しっかりと出来ていたはずだったのに……。



 円周率に気をとられて、背後からの人の気配に気づくのが遅れた。
 足音が間違えようもないほど、こちらへ近づいてくる。
 あわてて優衣を庇うように振り返ると、警官が立っていた。
 脳内の血流が一気に引いていくのを感じる。
 だが、そんな動揺を見せるわけにはいかない。
 警官の前に立ちふさがるようにして、優衣を隠す。小柄な彼女は俺の後ろにすっぽりと隠れる。
「ちょっと、すいませんが……」
 二十代前半といった感じの警察官がこちらを見て、ぼそぼそと何か言っている。
 頼りなさそうな男だな。人見知りの営業社員みたいだ。

「なんですか」
 そう言いながら、さっきのコンクリート塀を拳で打ちつけたのを見られていたのかと思った。
 器物損壊の現行犯か……。あれは親告罪だったな。
 背後の優衣が、俺の服の裾を握っている。
「あの、この辺で痴漢が出たので、ご協力いただけないかと」
 痴漢?
 とうとう痴漢か。この状況なら無理もないが、なんだか腑に落ちない。
「協力しますよ」
 これが噂の職務質問というものらしい。
 ため息が出そうになるのをこらえていると、いきなり後ろから優衣が顔を出した。

「ち、違うんです。わ、わ、わ、わたしたちお父さんの煙草を買いにきただけで……あの、まだ高校生だから、わ、わたしっ!!!」
 聞かれもしないことを、支離滅裂に優衣は並べたてた。
 バカ……。
 いや、今の状況でバカは、優衣ではなく、俺のほうだなのだ。
 頭を抱えそうになる前に、警官のほうが先に口を開いた。
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