【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪

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愛情表現は、歪んでいるもの。

26話

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「煙草がないな」
 唐突に彼女の父親がそう言った。
「あ、買い置きなかったんだっけ。わたし買ってくる」
 優衣が腰軽く立ち上がろうとするのを、俺は押しとどめた。
 もう外は真っ暗なのだ。近くのコンビニに行くとしても危ない。
「俺が行きますよ」
「いや、構わんよ。どうしても今すぐ吸いたいわけじゃない」
 あわてて父親は言ったが、客の俺に気を使っているらしい。

「俺もちょっと外の風に当たりたいんですよ。帰ってきたら今度は負けませんから」
「わたしも一緒に行く。だって未成年に煙草を買わせるわけにはいかないでしょ?」
 柄にもなく優衣が、姉さんぶった口ぶりで言う。微笑ましいというのか、あるいは、可愛いというのだろうか……まるで、小動物を見ているような気がする。
 俺たちが買い物に行ったら、年齢を疑われるのはたぶん優衣のほうだ。
 上着を取りに戻ると優衣は、いそいそと玄関に向かった。
 その様子があまりに嬉しそうなので俺は、またしても笑いを必死で飲み込んだ。
「いつまでも落ち着きがない。子供みたいで恥ずかしい」
 父親は、そんなことを言っているが、その顔もどこかにやけている。
 素直でいつまでも子供みたいで……。
 こんな娘だったら、嫁に出したくはないだろうな。
 娘の料理をけなすのも俺への牽制だと思うのは、考え過ぎなのだろうか。



 まるでスキップでもしそうな勢いで優衣は、薄いカーディガンをはおって外に出る。
 散歩に出るのが嬉しい仔犬みたいだ。
 職場で見ていると、回し車の中を走るハムスターみたいに忙しそうにしているが、今はまるでチワワだ。
 首輪とリードでつないでやろうか。
 俺たちのことを、隠しているつもりらしいがそんな嬉しそうな顔をしていたら、完全にバレているだろう。
 もっとも、知られたならば、それで一向に構わない。
 父親のほうは、いざとなると判らないが、母親には気に入られている自信はある。
 これでも優衣より落ち着いているはずだ。
 普段から歳よりずっと老けて見られるから、けっしてつりあいが取れないわけではないだろう。
 経済力のことを指摘されるかもしれないが、卒業まであとわずかだ。
 投資や株などの資産運用は、小学生のころからやっている。
 それに18歳は、もう未成年ではない。飲酒や喫煙はできなくとも結婚可能な年齢だ。

 玄関のドアを閉めたとたん俺は、彼女を抱き寄せた。
 びくっと、優衣の肩が震える。
 こんなに反応されると、自分がいたいけな少女を誑かす変質者のような気がしてきた。
 どっちが年上なんだか判らない。
 この現場を抑えられたら逮捕されるのはやっぱり俺のほうだろう。
 夜の闇で顔が見えないことをいいことに、たぶん俺はにやけていたに違いない。
 細い肩を抱いたまま俺は歩きだした。
 俺の歩調に合わせようとして、彼女があわてている。
 そんな様子さえも可愛いので、わざと知らん顔を決め込んでやると優衣は、俺にすがりつくようにもたれてきた。
 彼女がぴったりと寄り添うと胸の膨らみが当たる。
 なかなか大胆じゃないか。

 いや、こいつは気がついてないかもしれない。
 たぶん、そうだ。
 じらすとか、こちらの出かたを見るとか、そんな戦略を練るような女ではない。
 玄関を出てから数メートルも歩いていないのに、完全に俺は、彼女に翻弄されていた。
 “年齢=彼女いない歴の男”だから、こういうこともあるのだろうか。

「もっとゆっくり歩いてよ」
 ちょっと甘えるようなそんな舌ッ足らずな物言い。
 他では決して見せない彼女の別の顔。
「悪かったな」
 俺は、肩に置いた手を滑らせ腰を抱く。
 それだけで優衣は身体を震わせた。
 これぐらいでいちいち反応するな。敏感すぎるだろう。
 俺が一方的に腰を抱いているから、逃げようにも彼女は逃げられない。
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