【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪

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愛情表現は、歪んでいるもの。

24話

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「織部くん、一局どうかね」
 優衣の家に行くと、必ず彼女の父がそう言う。
 俺が優衣を痴漢から助けたのがきっかけで、よく食事に誘われるようになり、食事の前には必ず、座敷で碁盤を囲む。
 表向きは、碁を打つために来ているのだから仕方がない。
 おそらく彼女の両親は、俺がこの家の一人娘を目的に通っていることを知っている。
 気がつかないのは、優衣だけだ。

 こうして碁を打っていると優衣が膳を持って、俺たちの脇に置く。
 膳の上には日本酒と肴。俺には酒の代わりにペリエ。
 肴は、おそらく貝柱だろう。
 なぜか不気味な色に染まっている。
 これはいったい、何なんだ……。
 薄茶色の粘つく液体は、ソースともドレッシングとも言いがたい。
 粒マスタードの色か?
 いや……イクラか。
 イクラの原型がなくなっている。
 優衣は、確か“ホタテのカルパッチョ”とか、言っていた。
 おそらく材料を切って和えただけと思われるが、恐ろしく奇妙な外観だ。
 どうやったら、こんな奇天烈な物体ができあがるのか、作っている現場を見てみたい。
 それでも食べられないものを優衣が持ってくるはずもないので、薄切りのホタテらしきものを箸で摘んで口に運ぶ。
 見た目より、ずっと味はいい。
 ホタテの甘みと、ドレッシングのほのかな酸味がよく合う。
 日本酒や白ワインに合うのではないか。

「織部くん、無理して食わんでもいいぞ」
 苦笑いをしながら、彼女の父親が言う。
 上品そうな紳士で、昭和の古き父親像そのもののような人だ。
「いいえ、おいしいですよ」
「優衣のやつめ、一向に料理の腕が上がらんわ」
 父親は、箸を置いた。

 そんなことはない。
 優衣は、料理が得意なのだ。
 どうも俺に食べさせる物に関しては、いつも失敗するらしい。
 極度の緊張で包丁を持つ手も震えているのだという。
 家族用に作ったらしい漬物もちょうどいい具合に漬かっている。
 ただ、俺のために作るとなると勝手が違うのだと、こっそりと彼女の母が俺に打ち明けてくれた。
 鍋は焦がすし、調味料の量を間違える。
 ――わりと度胸はいいほうだから、本番には強いタイプだと思っていたんだけどね。
 そう言って笑う母親の口もとから白い八重歯が零れる。
 優衣も同じ八重歯があった。

 そんなことを聞くと、一生懸命な優衣の姿が眼に浮かぶ。
 もしかしたら、職場での失敗も俺が見ているからなのだろうか。
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