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戦略は、馬刺しと囲碁。
13話
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あれは、仕事の調べ物に時間がかかって、帰りがいつもよりも遅くなった夜。
人通りの少ない夜道を小走りで行くと、仔猫の鳴き声が聞こえた。
仔猫特有の哀れっぽい鳴き声に、わたしは足を止めてその声を捜した。
暗い路地裏に入った時、ちょっとまずいかな……と思ったけど、猫の鳴き声に釣られてわたしはさらに奥へと迷い込んだ。
やがて、猫の鳴き声は途絶えてしまう。
しばらくあたりを捜したけれど、もはや猫の姿どころか泣き声さえ聞こえなかった。
代りに、人の靴音だけが響く。
諦めて今来た道を戻りかけたとき、背中を虫が這い上がるような不気味な感覚を感じた。
言葉にはできない。何かとてもいやな感じ。……怖い。
闇の中に感じるある種の敵意のようなもの。
何かもっと得体の知れない気持ちの悪い感情の塊があるのを感じる。
わたしは、あせってそこから走り出した。
あの靴音が追いかけてくる。
――どうして?
日ごろの運動不足のせいで足が思うように前へ進んでくれない。
それでも、人通りの多い商店街まであともう少しのところだ。
そこまで逃げ切れれば。
足音が迫る。
すぐ後から乱れた呼吸が聞こえた。
ハッハッハッハッと繰り返される犬のような短い息づかい。
強い力がわたしを背後から羽交い絞めにする。
悲鳴をあげた――いや、声を出したつもりだった。
わたしの咽喉からは、かすかな息が洩れたようなかすれた声しか出ない。
舌は乾ききって、痺れたようになっていた。
周囲は民家なのに、窓には灯りがともっていて、人がいるはずなのに。
わたしは、渾身の力であがくが、その腕はびくともしなかった。
「助けて、誰か」
わたしは、泣きながら叫んでいた。
やはり人は、出てこない。
引きずられて、どこか暗がりに連れ込まれる。
最悪の事態を想像して、全身に水を浴びせられたようにぞっとした。
このまま、どうにかされるぐらいなら、舌噛んで死んだほうがましだ。
いや、その前にこいつを殺してやる。
本気でそう思った。
必死に抵抗するが、相手はびくともしない。
こんなにも無力だなんて……!
絶望しそうになった瞬間。
ふいに拘束する力が緩んだ。
わたしは、相手の腕を引っ掻き、夢中で逃げ出した。
少し距離をとったところで、ようやく気がつく。
暗がりの中で、二人の男が争っている。
互いを罵り合う大声に、震えあがって足がすくんだ。
「痛ぇ、この野郎。何しやがるっ!」
なぎ倒される音。
殴り合うような重い音が何度も繰り返されている。
何かにぶつかって、壊れた破片が飛んできた。
怖い。早くここから逃げ出したい。
でも、警察を呼ばなきゃ。
わたしを助けくれた人が、ここにいる……。
「こっちのセリフだ。この外道が!!」
「うっせぇ。こいつ!」
争う二人の怒鳴り声。
その一方は、わたしの知っている声だ。
身体が硬直する。
“外道”なんて言葉、時代劇ぐらいでしか聞いたことがない。
あんなしゃべり方する人なんて他にいない。
穏やかで物静かな声音しか聞いたことがないのに。
自分の意思とは関係なく両目から、ぶわっと涙が溢れだした。
わたしを助けてくれた人って……まさか。
「織部くん、織部くんなの?!」
わたしの声に彼は、気を取られたらしい。
いきなり相手から横腹に蹴りを入れられた。
彼がよろめいた瞬間に、見知らぬ男は逃亡する。
あわてて織部くんに駆け寄ると彼は、わき腹を抑えながらわたしの顔を覗き込んできた。
人通りの少ない夜道を小走りで行くと、仔猫の鳴き声が聞こえた。
仔猫特有の哀れっぽい鳴き声に、わたしは足を止めてその声を捜した。
暗い路地裏に入った時、ちょっとまずいかな……と思ったけど、猫の鳴き声に釣られてわたしはさらに奥へと迷い込んだ。
やがて、猫の鳴き声は途絶えてしまう。
しばらくあたりを捜したけれど、もはや猫の姿どころか泣き声さえ聞こえなかった。
代りに、人の靴音だけが響く。
諦めて今来た道を戻りかけたとき、背中を虫が這い上がるような不気味な感覚を感じた。
言葉にはできない。何かとてもいやな感じ。……怖い。
闇の中に感じるある種の敵意のようなもの。
何かもっと得体の知れない気持ちの悪い感情の塊があるのを感じる。
わたしは、あせってそこから走り出した。
あの靴音が追いかけてくる。
――どうして?
日ごろの運動不足のせいで足が思うように前へ進んでくれない。
それでも、人通りの多い商店街まであともう少しのところだ。
そこまで逃げ切れれば。
足音が迫る。
すぐ後から乱れた呼吸が聞こえた。
ハッハッハッハッと繰り返される犬のような短い息づかい。
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悲鳴をあげた――いや、声を出したつもりだった。
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舌は乾ききって、痺れたようになっていた。
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わたしは、渾身の力であがくが、その腕はびくともしなかった。
「助けて、誰か」
わたしは、泣きながら叫んでいた。
やはり人は、出てこない。
引きずられて、どこか暗がりに連れ込まれる。
最悪の事態を想像して、全身に水を浴びせられたようにぞっとした。
このまま、どうにかされるぐらいなら、舌噛んで死んだほうがましだ。
いや、その前にこいつを殺してやる。
本気でそう思った。
必死に抵抗するが、相手はびくともしない。
こんなにも無力だなんて……!
絶望しそうになった瞬間。
ふいに拘束する力が緩んだ。
わたしは、相手の腕を引っ掻き、夢中で逃げ出した。
少し距離をとったところで、ようやく気がつく。
暗がりの中で、二人の男が争っている。
互いを罵り合う大声に、震えあがって足がすくんだ。
「痛ぇ、この野郎。何しやがるっ!」
なぎ倒される音。
殴り合うような重い音が何度も繰り返されている。
何かにぶつかって、壊れた破片が飛んできた。
怖い。早くここから逃げ出したい。
でも、警察を呼ばなきゃ。
わたしを助けくれた人が、ここにいる……。
「こっちのセリフだ。この外道が!!」
「うっせぇ。こいつ!」
争う二人の怒鳴り声。
その一方は、わたしの知っている声だ。
身体が硬直する。
“外道”なんて言葉、時代劇ぐらいでしか聞いたことがない。
あんなしゃべり方する人なんて他にいない。
穏やかで物静かな声音しか聞いたことがないのに。
自分の意思とは関係なく両目から、ぶわっと涙が溢れだした。
わたしを助けてくれた人って……まさか。
「織部くん、織部くんなの?!」
わたしの声に彼は、気を取られたらしい。
いきなり相手から横腹に蹴りを入れられた。
彼がよろめいた瞬間に、見知らぬ男は逃亡する。
あわてて織部くんに駆け寄ると彼は、わき腹を抑えながらわたしの顔を覗き込んできた。
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