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戦略は、馬刺しと囲碁。

12話

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 廊下で、うろうろしていると、またあの低い声に呼び止められた。
「どうしました」

 肩幅の広い大きな人だ。
 白い道衣に黒の馬乗袴は、古い洋館の中では、異質に見えた。
 わたしは、チビなので、どうしても長身の彼を見上げることになる。

「あの、瀬戸先生に頼まれていた美術書を持ってきたんですけど、今、会議中で」
 きつい眼に見据えられて、わたしは口ごもりながらもなんとか答えた。
 すると彼は、ためらいもなく職員室のドアを開けて、入り口近くに座っている教師に声をかけてくれる。
 おかげで無駄足を踏まずに済みそうだ。

 恩師である司書教諭とは、別の場所で待ち合わせをすればよかった……今になって後悔するけど、何せ忙しすぎる人だ。
 学校まで来ないと、なかなか捕まらないのだ。
 丁寧にお礼を伝えていると、司書教諭が現れた。
 そこでようやく彼が生徒であることをわたしは知る。

 わたしの驚きぶりを見て、教諭は会議中にも関わらず大笑いし、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。
 そんな風に眉間に皺を寄せると、ますます老けて見えるのに……。
 それがわたしたちの出逢いだった。
 すてきな人だな、とは思ったけど高校生では恋愛の対象にはならない。
 そう思っていたはずなのに。



 初めて逢った次の日から、わたしの勤める図書館で彼と顔を合わせるようになった。
 同僚の話によると、以前から彼は来ていたらしい。
 わたしが気づかなかっただけようだ。
 いつもカウンターの業務をしているとは限らないし、彼のほうも部活の帰りなのでいつも遅いから、たまたま会うことがなかったのだろう。
 あんなに目立つ人なんだから、今まで気がつかない方がおかしい。
 ときどき彼は、捜している本を尋ねてくる。
 外国語の専門書だったり、およそ学生には不似合いなものが多い。
 そのわりに言葉をかわすことも最小限で、いつも不機嫌そうにしていた。

 外見だけではなく、内面までも彼は老成している。
 本の取り寄せのために、彼の名前と住所を訊くことができた。
 織部稜――オリベ・リョウ。
 稜って……なんとなく硬そうなイメージ。
 確か、態度のかどばってるとか、威厳のあるとか、そんな意味じゃかなかったっけ。

 わたしは志野優衣って名前なんですよ。シノ・ユウイ。
 美濃焼の代表で織部と志野ってあるの。知っているかな?
 冗談ぽくちょっと言ってみたかったけど、さすがにそんなことはできなかった。
 ところが、彼のほうから「志野さん」と呼んできた。
 驚いたけど、なんのことはない。
 胸の名札を見たら誰だって判る。
 彼の低い穏やかな声に、名前を呼ばれるのは少しだけ、いや、とても嬉しい。
 恋愛感情なんかじゃない。
 芸能人より、ちょっと身近で気軽に話しができるわたしのアイドル。
 ただそれだけ。
 しかし、アイドルとファンの垣根を越えてきたのは、意外にも彼の方からだった。
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