【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪

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このツンデレは、仕様。

6話

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 ふいに織部くんは、黙って本をひっこめた。
 わたしがあせって織部くんを見上げると、彼はそのまま隣の職員のところへ行ってしまった。

 ええっ、嘘。嘘。どうして?
 隣だから1メートルも離れているわけじゃないけど、ものすごくショックだ。
 他の女性職員たちも、織部くんのこと気に入ってるんだもの。

 神様って本当にいるのかしら……。
 豹柄トレーナーの上沼さんがやたらと急かしてくるけど、愛想笑いもできなくなってしまった。
 さっきは失敗しちゃったから、今度はカウンター業務をきちんとこなそうと思っていたのに。
 もっともバーコードを読み取るだけのことなんだけど以前に織部くんは、わたしのそんな仕事中の姿をいいと言ってくれたのだ。

 隣で織部くんの低い声が聞こえる。
 応対しているのは、同期の伊万里。
 なんだ。なんだ。
 伊万里ってば、何を笑ってるの?
 あの無口で無愛想な織部くんだよ?
 本の貸し出しぐらいで、そんな笑える話題でもあったわけ?

 なんだか猛烈に妬けてしまう。
 こんなことぐらいで……とか思うけど。
 本のバーコードを読み取りながら、ちらちらと様子を伺っていると、織部くんと眼が合ってしまった。

 どうやら、笑顔なのは伊万里だけみたい。
 うっすらと細めた彼の眼が、なんとなく怒っているような気がする。
 なんでそんなに、怖い顔するのよ。
 いや、織部くんのあの顔は、もともとだ。別に怒っちゃないはず……なんだけど……たぶん。

 わたしは、本当に泣きたくなった。
 返却日の説明もそこそこに、わたしは上沼さんに本を渡した。
 韓流ドラマのブルーレイはないのかと聞かれたが、あいにく最新のものはない。
 ひとしきり苦情をいわれた後に今度は、手提げ袋を貸して欲しいといいだす。
 図書館用の“貸出バック”というものなんだけど、この方、前に持って帰ったものも返してくれてないのよ。

「バッグは数に限りがあるので、返してくださいね」
 そう説明をしたら、また怒られた。
 逆ギレだよ……。

 仕方ない。もうよけいなことはいわず、三冊の文庫本を図書館のロゴ入りのバックに入れる。
 上沼さんが意気揚々と帰っていくころには、もう織部くんはいなかった。
 こんなことは、たまにあることだ。
 もっと、くどくど陰湿に怒りだす利用者もいるくらい。

 織部くんは、大きな声を出して文句をいうことなんてないけど、いつも厳しい顔をする。
 わたしの失敗を笑って許してくれたことなんか一度もない。
 もっとも、上司に叱られる前にさりげなく教えてくれるのだから、本当はとても感謝している。

 でも、正直いって上司の小言よりも、利用者からの苦情よりも、織部くんにあんな顔をされるのがいちばん辛い。
 もう……本当に泣きそう。



 彼が帰った後、わたしは織部くんが借り出ししたのと同じ洋書を手に取った。
 和書と違って洋書は紙質が悪い。
 ペラペラとめくってみたが、さっぱり判らなかった。
 本の背に貼ってあるラベルを読み取って、オンライン蔵書目録で検索する。
 ラテン語の教科書だった。
 英語で、ラテン語を読むのか。……いやな高校生だな。
 成績は、きっと優秀なんだろう。
 学校のことを聞くと、ますます格差が広がりそうで、詳しくは知らない。
 わたしは、この大好きな仕事でさえ失敗ばかりなのに……落ち込む。

 そのうえ、普段のデート代は、いつも彼持ち。
 高校生におごってもらう社会人って、我ながら最低すぎる。
 せめて、割り勘にしてほしいと言っても、聞いてくれない。
 こっそり先に支払おうとしても、織部くんの家の行きつけの店なのか、店員からは断られてしまう。
 本当は、わたしがきちんとすべきなのに、強く押し切られると弱い。
 年齢だけじゃなくて、すべての面で彼との間に差を感じる。
 たぶん、家柄とか住んでいる世界からして、違うのかもしれない。
 彼が資本家階級ブルジョアなら、わたしは無産階級プロレタリアだ。
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