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6章
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アルジャントゥイユ伯爵夫人の絶え入るような声が、ひときわ高く響いた。
世間知らずのリアでも、性に関する知識は人並みにある。
修道院では貞潔の誓いがあり、特に性的なことに関しての禁止事項が、やたらと多いのだ。
馬車の中で、何とも言えぬ生臭さに濃密な薔薇の香りが混じる。
「大切なあなたのことを放っておいて、申し訳なかったね。ヴィスタリア」
アルジャントゥイユ伯爵夫人を抱きかかえながら、パラクレ公爵がにこやかに言う。伯爵夫人は、まだ公爵の膝の上で喘いでいた。
「イ、……イイエ、お構いなく」
ハンカチで鼻を押さえながら、リアは答えた。
「結婚したら、あなたにもしてあげるからね」
屈託なくパラクレ公爵は言う。
道徳観念や倫理観が欠如している人間は、世の中には一定数いるのだと、リアは本で読んだことがある。
もしかしたら彼らだけではなく、すべての貴族がそうなのかもしれない。
「結構です」
まぎれもないリアの本音がそのまま、口から出た。表情にも出ていたのかもしれない。
パラクレ公爵は、楽しそうに笑い出した。
「ヴィスタリアは、度胸があるね。面白いよ。宮廷にはいないタイプだ」
――ムカつく……。
腹立たしい気持ちをリアは、必死で押し隠した。
貴族というのは、結婚後にはお互いに愛人を持つのが当たり前だった。過剰な独占欲や嫉妬は、幼稚で恥ずべきことでもある。夫婦喧嘩は庶民の間で行われるものだ。
それでいて未婚の娘の純潔が尊ばれるのは、正当な後継者を産む必要性からだろう。
そんなことを考えていると、パラクレ公爵が顔を近づけてきた。化粧は崩れ、つけボクロの位置もズレている。
甘ったるい薔薇の香水がきつい。空気が粘りつくような重いニオイだ。
ベルゼの涼やかで冷たい香りとは、対照的だった。
「ねえ、ヴィスタリア。キスしてもいいかい?」
伯爵夫人を膝に乗せたまま、パラクレ公爵が言った。
リアの脳内で、パラクレ公爵への嫌悪感が高まっていく。
――虫唾が走る! 気持ちが悪い!! 今すぐ、死んで!!!
それでも必死に口角を持ち上げて、リアは笑顔を作った。
「そ、それは、あの……神の前で……結婚式まで、待ってください」
我ながら、元修道女らしい返答だと思った。
「仕方ないね。神の名を出されたら、何もできないよ」
パラクレ公爵は芝居じみたしぐさで、残念そうに首をかしげて見せた。
「では、代わりに伯爵夫人を可愛がってあげなきゃね。ほら」
言うが早いか、パラクレ公爵はまたしてもアルジャントゥイユ伯爵夫人を揺さぶり始めた。
惚けていた伯爵夫人は、再び揺さぶられて、動物のような声を上げる。
その反応に公爵は満足げに笑った。
「ねえ、たまには、こんな趣向も楽しいとは思わないか?」
パラクレ公爵の言葉は、リアにむけられたものか、それともアルジャントゥイユ伯爵夫人へのものか、もはや分からない。
伯爵夫人の声は、ますます大きくなる。
外の御者や従僕にも、聞こえているかもしれない。
激しい行為で、伯爵夫人も公爵も汗だくになっている。
体温が上がっているせいだろうか。香水がいっそう強く立ち込めている。
リアは座席の上で身を縮めるようにして、少しでも2人から距離を取ろうとした。
飛び散る汗で公爵のつけボクロが落ちる。
その下にある薔薇の文様を見て、ようやくリアは臭いの根源が分かった。
――薔薇病だ!
修道院の医務室に運び込まれた患者を見たことがある。
薔薇に似た文様と独特の臭い……それは発疹として、皮膚に少しずつ広がっていく。
不特定多数の性交渉によって、感染する性病だ。
世間知らずのリアでも、性に関する知識は人並みにある。
修道院では貞潔の誓いがあり、特に性的なことに関しての禁止事項が、やたらと多いのだ。
馬車の中で、何とも言えぬ生臭さに濃密な薔薇の香りが混じる。
「大切なあなたのことを放っておいて、申し訳なかったね。ヴィスタリア」
アルジャントゥイユ伯爵夫人を抱きかかえながら、パラクレ公爵がにこやかに言う。伯爵夫人は、まだ公爵の膝の上で喘いでいた。
「イ、……イイエ、お構いなく」
ハンカチで鼻を押さえながら、リアは答えた。
「結婚したら、あなたにもしてあげるからね」
屈託なくパラクレ公爵は言う。
道徳観念や倫理観が欠如している人間は、世の中には一定数いるのだと、リアは本で読んだことがある。
もしかしたら彼らだけではなく、すべての貴族がそうなのかもしれない。
「結構です」
まぎれもないリアの本音がそのまま、口から出た。表情にも出ていたのかもしれない。
パラクレ公爵は、楽しそうに笑い出した。
「ヴィスタリアは、度胸があるね。面白いよ。宮廷にはいないタイプだ」
――ムカつく……。
腹立たしい気持ちをリアは、必死で押し隠した。
貴族というのは、結婚後にはお互いに愛人を持つのが当たり前だった。過剰な独占欲や嫉妬は、幼稚で恥ずべきことでもある。夫婦喧嘩は庶民の間で行われるものだ。
それでいて未婚の娘の純潔が尊ばれるのは、正当な後継者を産む必要性からだろう。
そんなことを考えていると、パラクレ公爵が顔を近づけてきた。化粧は崩れ、つけボクロの位置もズレている。
甘ったるい薔薇の香水がきつい。空気が粘りつくような重いニオイだ。
ベルゼの涼やかで冷たい香りとは、対照的だった。
「ねえ、ヴィスタリア。キスしてもいいかい?」
伯爵夫人を膝に乗せたまま、パラクレ公爵が言った。
リアの脳内で、パラクレ公爵への嫌悪感が高まっていく。
――虫唾が走る! 気持ちが悪い!! 今すぐ、死んで!!!
それでも必死に口角を持ち上げて、リアは笑顔を作った。
「そ、それは、あの……神の前で……結婚式まで、待ってください」
我ながら、元修道女らしい返答だと思った。
「仕方ないね。神の名を出されたら、何もできないよ」
パラクレ公爵は芝居じみたしぐさで、残念そうに首をかしげて見せた。
「では、代わりに伯爵夫人を可愛がってあげなきゃね。ほら」
言うが早いか、パラクレ公爵はまたしてもアルジャントゥイユ伯爵夫人を揺さぶり始めた。
惚けていた伯爵夫人は、再び揺さぶられて、動物のような声を上げる。
その反応に公爵は満足げに笑った。
「ねえ、たまには、こんな趣向も楽しいとは思わないか?」
パラクレ公爵の言葉は、リアにむけられたものか、それともアルジャントゥイユ伯爵夫人へのものか、もはや分からない。
伯爵夫人の声は、ますます大きくなる。
外の御者や従僕にも、聞こえているかもしれない。
激しい行為で、伯爵夫人も公爵も汗だくになっている。
体温が上がっているせいだろうか。香水がいっそう強く立ち込めている。
リアは座席の上で身を縮めるようにして、少しでも2人から距離を取ろうとした。
飛び散る汗で公爵のつけボクロが落ちる。
その下にある薔薇の文様を見て、ようやくリアは臭いの根源が分かった。
――薔薇病だ!
修道院の医務室に運び込まれた患者を見たことがある。
薔薇に似た文様と独特の臭い……それは発疹として、皮膚に少しずつ広がっていく。
不特定多数の性交渉によって、感染する性病だ。
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