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4章

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 よほど言いにくいことなのだろうか。
 アルジャントゥイユ伯爵のほうを見ると、苦虫をかみつぶしたような表情になっている。
 リアが目を離さないでいると、アルジャントゥイユ伯爵はようやく重い口を開き始めた。
「つまり、感覚が鈍い……つまり、性的なことに何も感じないという意味だ」
 ――鈍い? 感覚が? えっと……“せいてき”なこと?
 アルジャントゥイユ伯爵の言葉を、リアはすぐに理解できなかった。
 落ち着いて考えようとして、香草茶を飲んだ。
 ――いや、違う。結婚とビアン男爵夫人の話が出た後だから……性的……!?
 ようやく相手の意図に思い至った。
 リアは飲みかけの香草茶をひっくり返してしまう。
 ――まさか、そんなこと……。
 アルジャントゥイユ伯爵のいたって真面目な表情を見ると、どうやら冗談ではないようだ。
 給仕がいないので、こぼした香草茶は、そのままテーブルの上に広がる。

 ――貴族って、この手のことしか興味がないの?
 性行為が子孫を残すために必要なことは、リアにも理解できる。
 ただ、それと同性愛嗜好の家庭教師を使って教育しようとするのは、明らかに方向性が違う。
 ――ただの下ネタ好き? それとも嫌がらせ?
 リアは、まじまじとアルジャントゥイユ伯爵夫妻の顔を見た。
 二人とも、気まずいのか、リアと目を合わせようともしない。

「…………バカなの?」
 つい、考えていることがそのまま口に出てしまった。
 アルジャントゥイユ伯爵はわずかに眉をひそめただけだが、伯爵夫人はあからさまに表情を変えた。
 艶やかな赤い唇が、もの言いたげに何度も開いたり閉じたりしている。
 ――怒りたいのは、あたしのほうよ!
 リアは、この場で食卓の上をひっくり返して、怒鳴りたくなった。だが、そんなことをしても意味はない。
 そもそもこの長大なテーブルは、リアの力で動きもしないだろう。
 深呼吸をして、リアは謝罪の言葉を口にした。
「失礼をいたしました。申し訳ありません」
 アルジャントゥイユ伯爵は、深々とため息をつく。
 伯爵夫妻の様子を見ると、冗談や嫌がらせではなさそうだ。

「あたしには、そのようなことには疎いので分かりかねます。お母様は、ご存じなのですか」
 リアがそう言うと、伯爵夫人は顔をいっそう赤らめる。
「なんてことを……わたくしが実の母親じゃないからって……!」
 声を詰まらせながら、伯爵夫人は卓上に置かれたナプキンで顔をおおって、すすり泣いた。
 ――いやいや、なんで、そこで泣くの?
 リアは、イラつく気持ちを必死で抑えた。
 この伯爵家に戻ってから、精神的にすり減らされっぱなしだ。
 ふと思いついて、リアは卓上にあったナプキンを取り上げて、目頭を押さえる。
「今の言葉は、そのままお返しします。あたしが実の娘ではないからと言って……」
 声を震わせつつ、ナプキンで顔をおおった。
「結婚前に必要な教育を考えて、家庭教師を依頼したのだが」
 ナプキンの隙間から様子をうかがうと、アルジャントゥイユ伯爵は露骨にうんざりした顔をしていた。

「そのようなことは、夫になられる方に教われば、良いのではありませんか」
 リアは“泣きまね”がバレないように、ナプキンで顔を隠しつつ言った。
「いきなり失敗したら、どうするつもりだね」
 伯爵はもどかしげに言った。
 ベルゼなら“泣きまね”と分かっていても、こちらの言う通りにしてくれたものだが、相手がアルジャントゥイユ伯爵ではうまくいかないようだ。
 妻子が“泣きまね”をしてれば、面倒になってくるのだろう。

「結婚前に“失ってしまう”ことになったら、あたしの“商品価値”はなくなるのでは?」
 リアはあけすけに言った。
 言葉を繕うことにも疲れてきたのだ。
 嫁入り前の貴族令嬢の価値など、その処女性のみにしかないことぐらい世間知らずのリアでも知っている。
「相手が女性ならば、そのような問題はないはずですわ!」
 “泣きまね”を忘れて、話に割り込んできたのは、伯爵夫人である。
「問題はあります。同性愛は聖教会で禁止していることです」
「どういうことだ?!」
 リアの言葉に、アルジャントゥイユ伯爵がテーブルをひっくり返しそうな勢いで立ち上がった。
 貴族は男でも化粧するため、伯爵の顔色はもはや蒼白になっている。
「ビアン男爵夫人は、同性愛嗜好をお持ちです」
 リアが断言すると、アルジャントゥイユ伯爵は、伯爵夫人に向かって問い詰めた。
「ビアン男爵夫人は、お前の知り合いではなかったのか!」
「そ、そんな……ビアン男爵夫人が……わたくし、本当に知らなくて……わたくしのせいでは、ありませんわ!!!」
 伯爵夫人は身をよじらせて、喚きだした。
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