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1章
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「な、なんで? いきなり、破門だなんて……?!」
机の向こうにいる修道院長のほうへ、リアは身を乗り出した。
平修道女が院長室に呼び出された時点で、イヤな予感はしていたのだ。
「破門は、聖教会において最大の罰じゃありませんか。あたしは、それほどのことをしたのでしょうか?!」
「わたくしは、リアに僧籍を離れ俗人に戻るように言ったのです」
修道院長は、眼鏡を指先で上げ、眉根を寄せた。
「リアが考えているようなことではありませんよ」
「でも……あたしは3歳でこの女子修道院に入ってから、20年近くも外に出たこともありません。それなのに……今さら、出て行けと?」
「リア。あなたがこの修道院で学んだことを忘れたのですか!」
修道院長に叱責されて、リアはうつむいた。修道院では、沈黙の戒律がある。
「確かにリアは、神に仕える身として少々、騒がしいところもあります。大声で笑う。黙想しているフリして居眠りや、過去には禁書の持ち出しまで」
「禁書って、ただの星占いの本と恋愛小説です。それに、修道院長の声のほうが大きいのでは」
一方的に言われるのが黙っていられなくて、リアはつい口をはさんだ。
「占いなど、いけません。神のみに聞くべきです」
修道院長は、わざとらしく咳払いをしてから、声の音量をわずかに落とした。それでも、小言は続く。
「朝課の祈祷で居眠りしたり、庭園に毒草を植えたり……尼僧として、あなたは規格外です。」
「でも庭園に植えたのは、毒にもなりますが、ちゃんとした薬草です」
「ええ、リアが作ってくれた神経痛の薬は、とても重宝しましたよ」
修道院長の深いシワの刻まれた顔が、不意に微笑んだように見えた。
滅多にないことなので、リアは思わず後ずさりしそうになる。修道院では、会話と同様に微笑も禁じられているのだ。
「リアの還俗は破門ではありません。あなたのお父上。アルジャントゥイユ伯爵のご要望です」
上機嫌な修道院長とは、逆にリアは、絶望的な気分に陥った。
事実、目の前が真っ暗になる。これは、長年の粗食による貧血症状かもしれない。
「あなたは、修道女リアから、伯爵令嬢ヴィスタリア・エロイーズ・ドウ・アルジャントゥイユに戻るのです」
修道院長が意気揚々と長々しい名前を呼ぶ。
「その名前は、終生誓願のおりに、捨てた名です」
クラクラする頭を抱えたまま、リアは答えた。
「あたしは俗世に戻りたくはありません。修道女リアとして生涯を神にお仕えしたいのです」
「リアの厚い信仰心をわたくしは嬉しく思います。――聖なる母よ。御名が聖とされますように」
修道院長は、両手を組み合わせ、祈りの言葉を唱える。
「どうぞ、このリアを俗世ではなく、この修道院に置いてください」
ここぞとばかりに、リアは急いで言った。
実のところ、リアは神に仕えたいわけではない。だからと言って、今さら伯爵家に帰されるのも困る。
「リア。あなたは、まだ若い。外の世界を知ることも必要です」
修道院長は今まで見たことのないような微笑みを浮かべて、リアの手を取っ手握りしめた。
「確かに、あなたは野暮ったい田舎娘です」
修道院長から力強く断言されて、リアは少し落ち込みそうになる。
「でも、野良仕事をしても、なお白い肌や、お父上譲りの栗色の髪と、緑色の大きな眼はとても魅力的ですよ」
リアの父譲りの髪は、今は修道服の頭巾の下にしまい込まれている。そもそも父親のことなど、まったく記憶にない。
「とはいえ、あなたは目上の者に逆らって言い返したり、屁理屈が多くて、せっかくの珍しい緑色の眼も小生意気な感じがしますけどね。それに」
リアは、修道院長の言葉を遮るように言った。
「あたしがいなくなったら、この修道院で皆さまのお世話をする人がいなくなります」
この修道院は高齢者ばかりだ。もはや修道院ではなく、養老院と言ってもいい。
その中で、リアはいちばん若い。神聖修道会の聴聞司祭から、教わった薬草の知識もある。役に立っているはずだ。
「薬草の管理は? あたしがいなくなったら、院長の神経痛の薬だって」
「確かに、あなたという働き手を失うことは、大きな損失です。でも、アルジャントゥイユ伯爵からは、多くのご寄進を頂いております。後の心配はいらないのですよ」
修道院長がやけに、積極的に還俗を促す理由が、リアにも理解できた。
「今になって修道院から出そうとするのは、あたしの嫁ぎ先が見つかったからですか?」
リアが修道院に入った時には、ここで生涯を終えることが決定していた。
そのため多額の支度金や不動産を用意していたはずだ。それらを返却しなくてもよいと伯爵は伝えてきたのだろう。
「リア。神の妻となったあなたが、また、俗世に戻り、結婚することが不安なのかもしれません」
修道院長は、握ったリアの手に力を込めて言う。
「でも、大丈夫です。あなたの夫となるお方は、パラクレ公爵です。国王陛下の従兄弟で、輝くばかりの美男なんだとか」
リアが生まれたころには、すでにパラクレ公爵は結婚していたはずだ。今になって、結婚の話が持ち上がるのは、公爵夫人が亡くなったのだろう。
貴族の結婚とは、家の名誉と資産を高めるための手段でしかない。
机の向こうにいる修道院長のほうへ、リアは身を乗り出した。
平修道女が院長室に呼び出された時点で、イヤな予感はしていたのだ。
「破門は、聖教会において最大の罰じゃありませんか。あたしは、それほどのことをしたのでしょうか?!」
「わたくしは、リアに僧籍を離れ俗人に戻るように言ったのです」
修道院長は、眼鏡を指先で上げ、眉根を寄せた。
「リアが考えているようなことではありませんよ」
「でも……あたしは3歳でこの女子修道院に入ってから、20年近くも外に出たこともありません。それなのに……今さら、出て行けと?」
「リア。あなたがこの修道院で学んだことを忘れたのですか!」
修道院長に叱責されて、リアはうつむいた。修道院では、沈黙の戒律がある。
「確かにリアは、神に仕える身として少々、騒がしいところもあります。大声で笑う。黙想しているフリして居眠りや、過去には禁書の持ち出しまで」
「禁書って、ただの星占いの本と恋愛小説です。それに、修道院長の声のほうが大きいのでは」
一方的に言われるのが黙っていられなくて、リアはつい口をはさんだ。
「占いなど、いけません。神のみに聞くべきです」
修道院長は、わざとらしく咳払いをしてから、声の音量をわずかに落とした。それでも、小言は続く。
「朝課の祈祷で居眠りしたり、庭園に毒草を植えたり……尼僧として、あなたは規格外です。」
「でも庭園に植えたのは、毒にもなりますが、ちゃんとした薬草です」
「ええ、リアが作ってくれた神経痛の薬は、とても重宝しましたよ」
修道院長の深いシワの刻まれた顔が、不意に微笑んだように見えた。
滅多にないことなので、リアは思わず後ずさりしそうになる。修道院では、会話と同様に微笑も禁じられているのだ。
「リアの還俗は破門ではありません。あなたのお父上。アルジャントゥイユ伯爵のご要望です」
上機嫌な修道院長とは、逆にリアは、絶望的な気分に陥った。
事実、目の前が真っ暗になる。これは、長年の粗食による貧血症状かもしれない。
「あなたは、修道女リアから、伯爵令嬢ヴィスタリア・エロイーズ・ドウ・アルジャントゥイユに戻るのです」
修道院長が意気揚々と長々しい名前を呼ぶ。
「その名前は、終生誓願のおりに、捨てた名です」
クラクラする頭を抱えたまま、リアは答えた。
「あたしは俗世に戻りたくはありません。修道女リアとして生涯を神にお仕えしたいのです」
「リアの厚い信仰心をわたくしは嬉しく思います。――聖なる母よ。御名が聖とされますように」
修道院長は、両手を組み合わせ、祈りの言葉を唱える。
「どうぞ、このリアを俗世ではなく、この修道院に置いてください」
ここぞとばかりに、リアは急いで言った。
実のところ、リアは神に仕えたいわけではない。だからと言って、今さら伯爵家に帰されるのも困る。
「リア。あなたは、まだ若い。外の世界を知ることも必要です」
修道院長は今まで見たことのないような微笑みを浮かべて、リアの手を取っ手握りしめた。
「確かに、あなたは野暮ったい田舎娘です」
修道院長から力強く断言されて、リアは少し落ち込みそうになる。
「でも、野良仕事をしても、なお白い肌や、お父上譲りの栗色の髪と、緑色の大きな眼はとても魅力的ですよ」
リアの父譲りの髪は、今は修道服の頭巾の下にしまい込まれている。そもそも父親のことなど、まったく記憶にない。
「とはいえ、あなたは目上の者に逆らって言い返したり、屁理屈が多くて、せっかくの珍しい緑色の眼も小生意気な感じがしますけどね。それに」
リアは、修道院長の言葉を遮るように言った。
「あたしがいなくなったら、この修道院で皆さまのお世話をする人がいなくなります」
この修道院は高齢者ばかりだ。もはや修道院ではなく、養老院と言ってもいい。
その中で、リアはいちばん若い。神聖修道会の聴聞司祭から、教わった薬草の知識もある。役に立っているはずだ。
「薬草の管理は? あたしがいなくなったら、院長の神経痛の薬だって」
「確かに、あなたという働き手を失うことは、大きな損失です。でも、アルジャントゥイユ伯爵からは、多くのご寄進を頂いております。後の心配はいらないのですよ」
修道院長がやけに、積極的に還俗を促す理由が、リアにも理解できた。
「今になって修道院から出そうとするのは、あたしの嫁ぎ先が見つかったからですか?」
リアが修道院に入った時には、ここで生涯を終えることが決定していた。
そのため多額の支度金や不動産を用意していたはずだ。それらを返却しなくてもよいと伯爵は伝えてきたのだろう。
「リア。神の妻となったあなたが、また、俗世に戻り、結婚することが不安なのかもしれません」
修道院長は、握ったリアの手に力を込めて言う。
「でも、大丈夫です。あなたの夫となるお方は、パラクレ公爵です。国王陛下の従兄弟で、輝くばかりの美男なんだとか」
リアが生まれたころには、すでにパラクレ公爵は結婚していたはずだ。今になって、結婚の話が持ち上がるのは、公爵夫人が亡くなったのだろう。
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