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悪魔と神と人の子
13の巻
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「ひっくっ!」
唐突にしゃっくりがでて、あたしは口をおさえた。
炭酸がいけなかったのか。
笑いもせずに、アスタロトは真面目な顔をして言った。
「そら、言わぬことではない。アルコールで脳が萎縮することもあるのじゃ」
「それがどうしたの、あたしの脳がなくなったら、朝までここにいてくれるの?」
「望みなら、どのようなことでも叶えてやる」
「嘘よ。朝までいられるはずがないわ」
頭の中がぐるぐると回っているような気がする。
急性アルコール中毒というやつだろうか。
まさか本当にアルコールによる脳萎縮なんて……。
あたしは、這うようにしてアスタロトから離れた。
ビールのせいじゃない。
蚊遣りの豚の口から、揺れる細い線香の煙よりも、もっと深くあたしの鼻腔にしみこんでくるミルラの香り。
麝香を思わせるような甘く重い香り。
「こちらへこよ」
「いやよ」
「わがままな女じゃ」
じれたようにアスタロトは、あたしの手をひっぱる。
押し返してやろうとしたが、重心を崩してあたしはアスタロトの広い胸に抱き取られる。
甲冑のない胸に顔を押し付けて、目を瞑った。
「嫌いよ。アスタロトなんか……」
「そなたが嘘つきなのは、知っている」
嫌い嫌い……でも好き。
あたしはこいつのことなんか何も知らないはずなのに、どうしてこんなに惹きつけられるのかしら。
「わしは愛してる。そなたが好きじゃ」
木製の甘い香りにあたしは泣きたくなる。
大きな手があたしを包み込む。
どうして彼女の体は、こうもあたしにぴったりと沿うのだろう。
もとは一つだったものが、引き合うように……。
「あたしは愛してない!」
精一杯の虚勢だ。
だけど、このままアスタロトに溺れたくなんかない。
あたしが欲しいのは確かな、この手につかめる愛だ。
なのに、まるで濃い霧の中に包むように、アスタロトはあたしを惑わせる。
「そなたを浚ってゆけるものならば、この腕に閉じ込めてどこにもやらぬのに……」
乱暴にあたしを顎をつかんで、無理やりにくちづける。
柔らかな舌があたしを絡めとり、啜った。
キスだけで息が荒くなってしまいそうになって、気がつく。
またアスタロトの手が、あらぬところをまさぐっている。
すかさず、あたしは立ち上がりざまローキックをかましてやった。
残念ながら急所は外したが、アスタロトは顔をしかめて、あたしを軽く睨む。
おかしなことに、悪魔も男の姿をしている時には、人間と同じ場所が急所になるらしい。
「地獄の大公爵に蹴りを入れる女はそなただけじゃ」
無視してあたしは、歩き出す。
つくづく場所を考えない男だ。
ここは縁側なのだ。
外から見られたらどうするつもりなのだろう。
「まったく……そなたはツンデレじゃなくて、ツンツンだ」
本気で言っているらしいアスタロトの言葉に、あたしは吹き出した。
馬鹿だ。
正真正銘の馬鹿だわ。
縦にも横にも大きな男が、あたしなんかに振り回されてる。
黒髪に縁取られた秀麗な美貌が、むくれているのが、なんとも可愛く思えてしまう。
“ツンデレ”というのは、最近あたしがアスタロトに教えた言葉だ。
まさか、自分のことを言われるなんて思ってもみなかったけど……。
「あたしは、あんたのものになんかならないわ」
「なるほど」
あたしは、部屋の奥へ向かった。
長押から蚊帳がつってあり、あたしはすばやく潜り込み、後ろからついてくるアスタロトをちらりと見た。
どうしたものか……少し迷ったが、彼の肩をつかんでそのまま体重をかけ押し倒すようにして引きずり込む。
蚊帳への入り方もコツがあるのだ。
腰を低くしてから急いで潜り込まなければ、虫も入ってしまう。
二人して広い蚊帳の中へ転がり込むと、今度はあたしからくちづけした。
彼がいるだけで、あたりは穏やかな香りが広がっていく。
冷たい感触が大腿に触れて、あたしはあわてて振り返った。
見ると蛇がアスタロトの袖から、身体をくねらせるようにして這って行く。
「では、わしがそなたのものになるか。どうせ、そなたに飼われる身じゃ」
いつかは、あたしも彼の爪に引き裂かれてしまうのか……でも、今はおとなしく従順な態度を見せて、鋭い爪を隠しているのはなぜだろう。
あたしへの愛情ゆえか、それとも別の何かか。
それでも、今はいいと思う。
唐突にしゃっくりがでて、あたしは口をおさえた。
炭酸がいけなかったのか。
笑いもせずに、アスタロトは真面目な顔をして言った。
「そら、言わぬことではない。アルコールで脳が萎縮することもあるのじゃ」
「それがどうしたの、あたしの脳がなくなったら、朝までここにいてくれるの?」
「望みなら、どのようなことでも叶えてやる」
「嘘よ。朝までいられるはずがないわ」
頭の中がぐるぐると回っているような気がする。
急性アルコール中毒というやつだろうか。
まさか本当にアルコールによる脳萎縮なんて……。
あたしは、這うようにしてアスタロトから離れた。
ビールのせいじゃない。
蚊遣りの豚の口から、揺れる細い線香の煙よりも、もっと深くあたしの鼻腔にしみこんでくるミルラの香り。
麝香を思わせるような甘く重い香り。
「こちらへこよ」
「いやよ」
「わがままな女じゃ」
じれたようにアスタロトは、あたしの手をひっぱる。
押し返してやろうとしたが、重心を崩してあたしはアスタロトの広い胸に抱き取られる。
甲冑のない胸に顔を押し付けて、目を瞑った。
「嫌いよ。アスタロトなんか……」
「そなたが嘘つきなのは、知っている」
嫌い嫌い……でも好き。
あたしはこいつのことなんか何も知らないはずなのに、どうしてこんなに惹きつけられるのかしら。
「わしは愛してる。そなたが好きじゃ」
木製の甘い香りにあたしは泣きたくなる。
大きな手があたしを包み込む。
どうして彼女の体は、こうもあたしにぴったりと沿うのだろう。
もとは一つだったものが、引き合うように……。
「あたしは愛してない!」
精一杯の虚勢だ。
だけど、このままアスタロトに溺れたくなんかない。
あたしが欲しいのは確かな、この手につかめる愛だ。
なのに、まるで濃い霧の中に包むように、アスタロトはあたしを惑わせる。
「そなたを浚ってゆけるものならば、この腕に閉じ込めてどこにもやらぬのに……」
乱暴にあたしを顎をつかんで、無理やりにくちづける。
柔らかな舌があたしを絡めとり、啜った。
キスだけで息が荒くなってしまいそうになって、気がつく。
またアスタロトの手が、あらぬところをまさぐっている。
すかさず、あたしは立ち上がりざまローキックをかましてやった。
残念ながら急所は外したが、アスタロトは顔をしかめて、あたしを軽く睨む。
おかしなことに、悪魔も男の姿をしている時には、人間と同じ場所が急所になるらしい。
「地獄の大公爵に蹴りを入れる女はそなただけじゃ」
無視してあたしは、歩き出す。
つくづく場所を考えない男だ。
ここは縁側なのだ。
外から見られたらどうするつもりなのだろう。
「まったく……そなたはツンデレじゃなくて、ツンツンだ」
本気で言っているらしいアスタロトの言葉に、あたしは吹き出した。
馬鹿だ。
正真正銘の馬鹿だわ。
縦にも横にも大きな男が、あたしなんかに振り回されてる。
黒髪に縁取られた秀麗な美貌が、むくれているのが、なんとも可愛く思えてしまう。
“ツンデレ”というのは、最近あたしがアスタロトに教えた言葉だ。
まさか、自分のことを言われるなんて思ってもみなかったけど……。
「あたしは、あんたのものになんかならないわ」
「なるほど」
あたしは、部屋の奥へ向かった。
長押から蚊帳がつってあり、あたしはすばやく潜り込み、後ろからついてくるアスタロトをちらりと見た。
どうしたものか……少し迷ったが、彼の肩をつかんでそのまま体重をかけ押し倒すようにして引きずり込む。
蚊帳への入り方もコツがあるのだ。
腰を低くしてから急いで潜り込まなければ、虫も入ってしまう。
二人して広い蚊帳の中へ転がり込むと、今度はあたしからくちづけした。
彼がいるだけで、あたりは穏やかな香りが広がっていく。
冷たい感触が大腿に触れて、あたしはあわてて振り返った。
見ると蛇がアスタロトの袖から、身体をくねらせるようにして這って行く。
「では、わしがそなたのものになるか。どうせ、そなたに飼われる身じゃ」
いつかは、あたしも彼の爪に引き裂かれてしまうのか……でも、今はおとなしく従順な態度を見せて、鋭い爪を隠しているのはなぜだろう。
あたしへの愛情ゆえか、それとも別の何かか。
それでも、今はいいと思う。
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