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地獄における人の自己欺瞞
6の巻
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「悪かったわね。どうせ、あたしのは、小さいわよっ!」
「わしはそうは思わんが、そなたが気にしているようであったからな」
図星を指されるとはこのことか。
下着の発達のおかげで必死に寄せてあげてなんとか、胸としての形を保ってはいるが、目の前の爆乳を見るとやはり貧相だと感じる。
まして今はノーブラだ。
完全武装したテロリストを前に、丸腰で戦えと言われているような気がした。
「そういうことは、恋人にしてもらうもんなのよ」
「恋人?」
不思議そうに公爵は、あたしの言葉を繰り返した。
女にしては低すぎる声だ。
だが、よく通る。まるで岩清水のように冷たく染み入るような声音だった。
「好きな人ってことよ」
「それは、わしのことであろうが」
ぬめぬめとした爬虫類のような目で、あたしより頭ひとつ分高い位置から斜めに見下ろす。
その目つきが彼女の美貌とあいまって、同性でありながら、ぞくりとするほどの色香があった。
こちらは服を着ているはずなのに、まるで裸を見られているような気分だ。
慌てて首を振った。
「違うわよっ!!」
「あれやこれやと、そなたはうるさい」
ようやく飽きたのか。
公爵はあたしの手を放して、面白くなさそうに肩にまつわる黒髪を後ろに払った。
髪の先が鼻先をかすめると、ほのかにミルラの香りがただよう。
甘くて、ほんのり苦い香り。
その香りを嗅いでいるうちに、なんだか鼻がむずむずしてきた。
「へぷっし!」
「どうした、風邪か」
公爵が真剣にこちらの様子を伺っている。
雑な扱いをするわりに、彼女はいつもわたしを気遣っている。
ぐずっと洟を啜り上げると、闇に溶け込んでしまいそうな黒髪が揺れて近づく。
日差しが苦手なわりに浅黒い手が伸びて、わたしの額に触れる。
「熱はなさそうじゃな」
「あるわけないでしょ?」
ぱしっと手を払いのけるとやつは、ひどく傷つけられたような表情をする。
見上げるような長身なのに、ちょっと冷たい態度をとると、こんな顔をするのだから笑ってしまう。
それは、この悪魔があたしの前だけで見せる顔だ。
なぜだろう。
この美しい悪魔の前であたしは、恐れるより前に笑いがこみあげてくる。
とはいえ、魔界の大公爵という称号は伊達ではないらしい。
初めて地獄を見たとき、あたしはその苛烈さに震え上がったものだ。
この悪魔と出逢ったときも、これは夢を見ているのではないかと思った。
獰猛な獣のようでいて優雅で、これが悪魔というものなのだろうか。
現実離れして、憎ったらしいほど圧倒的に奇麗だった。
その悪魔があたしを“主”だと言う。
“主”とは何のことだろうか。判らないまま、彼女はあたしのそばにいる。
いつの間にか、それは当たり前のことのようになっていた。
「わしはそうは思わんが、そなたが気にしているようであったからな」
図星を指されるとはこのことか。
下着の発達のおかげで必死に寄せてあげてなんとか、胸としての形を保ってはいるが、目の前の爆乳を見るとやはり貧相だと感じる。
まして今はノーブラだ。
完全武装したテロリストを前に、丸腰で戦えと言われているような気がした。
「そういうことは、恋人にしてもらうもんなのよ」
「恋人?」
不思議そうに公爵は、あたしの言葉を繰り返した。
女にしては低すぎる声だ。
だが、よく通る。まるで岩清水のように冷たく染み入るような声音だった。
「好きな人ってことよ」
「それは、わしのことであろうが」
ぬめぬめとした爬虫類のような目で、あたしより頭ひとつ分高い位置から斜めに見下ろす。
その目つきが彼女の美貌とあいまって、同性でありながら、ぞくりとするほどの色香があった。
こちらは服を着ているはずなのに、まるで裸を見られているような気分だ。
慌てて首を振った。
「違うわよっ!!」
「あれやこれやと、そなたはうるさい」
ようやく飽きたのか。
公爵はあたしの手を放して、面白くなさそうに肩にまつわる黒髪を後ろに払った。
髪の先が鼻先をかすめると、ほのかにミルラの香りがただよう。
甘くて、ほんのり苦い香り。
その香りを嗅いでいるうちに、なんだか鼻がむずむずしてきた。
「へぷっし!」
「どうした、風邪か」
公爵が真剣にこちらの様子を伺っている。
雑な扱いをするわりに、彼女はいつもわたしを気遣っている。
ぐずっと洟を啜り上げると、闇に溶け込んでしまいそうな黒髪が揺れて近づく。
日差しが苦手なわりに浅黒い手が伸びて、わたしの額に触れる。
「熱はなさそうじゃな」
「あるわけないでしょ?」
ぱしっと手を払いのけるとやつは、ひどく傷つけられたような表情をする。
見上げるような長身なのに、ちょっと冷たい態度をとると、こんな顔をするのだから笑ってしまう。
それは、この悪魔があたしの前だけで見せる顔だ。
なぜだろう。
この美しい悪魔の前であたしは、恐れるより前に笑いがこみあげてくる。
とはいえ、魔界の大公爵という称号は伊達ではないらしい。
初めて地獄を見たとき、あたしはその苛烈さに震え上がったものだ。
この悪魔と出逢ったときも、これは夢を見ているのではないかと思った。
獰猛な獣のようでいて優雅で、これが悪魔というものなのだろうか。
現実離れして、憎ったらしいほど圧倒的に奇麗だった。
その悪魔があたしを“主”だと言う。
“主”とは何のことだろうか。判らないまま、彼女はあたしのそばにいる。
いつの間にか、それは当たり前のことのようになっていた。
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