正しい悪魔の飼い方

真守 輪

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地獄における人の自己欺瞞

3の巻

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 月が蒼い。
 爪でひっかいたような細い月が、濃い紺色の空にかかっている。
 掛け樋から手水鉢へ流れ落ちる涼しげな水の音が耳に心地よい。
 庭木や敷石に打ち水をしたせいか、冷ややかな風が通っていく。

 結桶に氷水を注ぎ、そこへ缶ビールを何本か放り込んでおいた。
 こうしておけば冷蔵庫に入れるより、早く冷える。
 これぞ、お祖母ちゃんの知恵袋。

 夜風に当たって、縁側に座り込む。
 足元に置いた蚊やりの豚から蚊取り線香の細い煙があがっているせいか、植木や池があるわりに蚊は少ない。

 柱にもたれかかり団扇であおいでいると背後から、ひやりとしたものを胸元に差し入れられて飛び上がりそうになった。
 氷でも入れられたのかと思ったが、そうではない。
 冷たいものは、あたしの胸をわしづかみにしている。

 ほっそりとした指の先に真珠色の長い爪が、ほの暗い中でもはっきりと見えた。
 繊細な手はタンクトップの下にもぐりこみ、抵抗する間もなく下着をつけていない胸の先をつまみあげる。
 いきなりの痴漢行為に、悲鳴をあげるより怒りが先にたった。

「何やってんのよっ!!」
 タンクトップの胸元に突っ込まれた手を引き剥がそうとするが、相手の力のほうが強い。
 こちらがやっきになってもがけばもがくほど、その手はまるで面白がっているかのように、敏感な先端を指で転がす。

「ふにゃっ!」
 思わず情けない声がもれた。
 後ろから耳に息を吹き込まれたからだ。
 じつは、あたしは耳が弱い。

 しかし、すぐに平静を取り戻す。
 こんなことは日常茶飯事だ。
「放せっ、このっ!」
「どうした。血圧が上がっているぞ。身体に悪い」
 背後から低い声がした。

 あたしのほかに人気がなくなり、暗くしていると現れる座敷童のような存在。
 ちょっと間の抜けた悪魔。
 やつが地上に出てくるのは、夕方以降のことだ。
 明るい日差しが苦手らしい。

 だから……というわけではないが、できるだけ明かりをつけないようにしている。
 別に日に当たったからといって灰になったりはしない。
 そこは吸血鬼と悪魔の違いであろうか。

「誰のせいだと思ってんのよっ!」
「そなたの語尾は必ず“っ!”がつくな。少しは落ち着いて話せ」
 冷静でのんびりとした相手の口ぶりに、ますます腹が立ってきた。
 こちらの感情など毛ほども気にする様子もなく、やつはあたしの胸をねちっこく緩急をつけて揉んでいる。

 触りかたが妙にいやらしい。まるで助平オヤジだ。
 悪魔は悪魔でもこいつは、淫魔のたぐいではないのか。
 だが、淫魔というのは寝ている時に出てくるというではないか。
 こいつは寝ている人間を起こして遊ぶから、たちが悪い。

「ぅだぁぁあぁっ!!」
 我ながら奇天烈な声を発した。
 ご近所から「あの後家屋敷の……」などと、よからぬ噂がたつのだろうな……と頭の片隅で冷静なことを考えている。

 それもほんの一瞬のことで、またすぐに怒りで頭に血が昇った。
 身体をそらせてなんとか、その手から逃れようとするが、どこまでも追いかけてくる。
 ウザい。本気でウザい。

 涼やかな気分は一転して、脳内はカッカとして煮えくり返っていた。
 今にも血管が切れそうだ。
「興奮するな。触られるのが気に入らぬなら、わしの胸も触るがよい」
 そう言いながら、あたしの正面に回ってきたのは背の高い女だった。
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