正しい悪魔の飼い方

真守 輪

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地獄における人の自己欺瞞

1の巻

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 あたしは悪魔を飼っている。

 凶悪な悪神だとも、堕ちた天使だともいう。
 冥府の魔神の一柱で、四十の悪霊の軍団を率いる大公爵。
 自らそう名乗っていたわけで、そもそも悪魔というものは“嘘つき”だとも言うから、どこまで信用するべきか判らない。



 魔神といっても、魔法のランプからでてくるほどの巨体ではなかった。
せいぜい、鴨居に頭をぶつける程度。
 凶悪というわりに間が抜けている。
 あくまで自己申請なわけだから、そこは割り引いて考えるのが当然だろうか。

 昔のプロレスラーは、頭を鴨居にぶつけて“脳天唐竹割り”を思いついたとかいうが、魔神はそこまで大きくもない。
 あたしより、せいぜい頭ひとつ分くらい背が高い。

 そもそも悪魔というのは、キリスト教だろう。
 神に反逆する存在で、ホラー映画でも悪魔は教会。
 もしくは古い立派な洋館か城に登場するのがセオリーだ。

 うちは古い日本家屋だから、そこから大きく外れている。
 祖父は戦前からあるこの家を勝手に“桜邸”と名付けていたくお気に入りだった。
 その祖父が亡くなった後、手入れする者もおらず荒れ放題となり、今では親戚連中から“後家屋敷”と呼ばれている。



 ――後家屋敷。

 非常に不名誉な呼び名だが、この古いばかりの家には、今のところあたしと母の二人しか住んでいない。
 無意味に敷地が広いせいで、庭木や池の手入れは骨が折れる。
 桜の老木は、春になると毛虫が大量発生するし、築土塀の破れも放ったらかしのまま。
 固定資産税も馬鹿にはならない。

 婿養子であった父は、女遊びがきっかけでこの家から追い出された。
 去年までは、正真正銘の後家である祖母と母と三人きりの気楽な女所帯だったが、祖母も去年の秋に亡くなった。

 ハイキング中に変なキノコを食べたのだ。
 同行していた老人会のメンバーたちから聞いたところ、笑いながら谷から落ちたのだという。
 どうやら食べたのは、ワライタケだったらしい。
 そういえば、祖父が亡くなったのも生茹でのタニシの食べ過ぎだった。
 考えてみれば夫婦そろってゲテモノ好きだったのだろうか。

 そんな変わり者が多いせいもあって、孫のあたしも親戚たちからは“行かず後家”とあだ名されている。
 後家と言われるほどの年齢でもないはずだが、彼らの頭の中は、昭和で止まっている。
 
 いや、今はそんなことはどうでもいい。
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