在りし日をこの手に

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日本防衛編

方舟

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「ノアァ!」

 俺の身体は無意識に動けた。それは恨み故だろう。この目の前の敵を討つために、仇を取るために。

「神木蓮。は殺さない。」
 
 腹部に掌底が入る。俺は遠く飛ばされた。

「やっ!玲衣。元気にしてた?」

 飾った笑顔だった。それが1番キくのだと知っているのだ。
 
「返せ!!」

 思惑通り、玲衣は挑発になってしまう。

「これはボクの身体だよ?」

 クルっと回る。着飾ったフリルが広がった。

「再会を喜びたい所だけど、私も暇じゃないからね。次はボクの役目を果たすよ。」

 そう。彼女は選択の神。

「君達に選択を授けよう。日本の領土消滅か、国民の全滅。どちらを選ぶ?」

「お前を殺す!」

 氷塊が瞬時に地から伸びノアの喉を狙った。だが、勢いは急激に失速し無為になった。

「ダメダメ、そんなの選択肢に無いの。じゃあこれ罰ね。」

 人の大きさ程の雨球が玲衣に直撃する。

「ヴッ!」

「やっぱりもっと北上しないとアイツには会えないよね。」

 この戦い、ノアにとっては侵略の意味もあるが最も大きなモノは弟であったバアルの仇討ちである。
 天竹紫苑。彼女が1番の理由なのだ。

「情けない。」

 雨音に掻き消されそうな程小さな独り言だった。

「…クソッ!」

 宣言通りノアは北、東京のある方面へと歩を進めていく。

──人が避難を終えた電気街。残されたテレビが警報を告げていた。

「大雨警報が発令されています!千葉、東京を中心に関東圏の住民は直ちに避難を──」

 もう雨が降り始めて13時間が経つ。勢いは未だ衰えない。その為、都市部の排水機構は飽和しかけている。

「3年前と同じだ。」

 誰かが言った。終末の開花ラグナロク以降、あれ以上の惨劇を繰り広げ無いように都市の排水も大きく改良が施されていた。だのに、このザマ。
 人々の絶望と失望は同時に大きくなった。

 だがそれは現状を知らぬ者が言うことである。この災害は過去のそれとは比較にならない程巨大であった。

「癒瘡木硬樹、出撃る。」

 信頼していた味方からの定期連絡が途絶えた事で、想定以上の事態が起きたのだと癒瘡木は判断した。
 彼はまだ温存しておくべき戦力であったが、もうそんなことは言っていられない。

──本隊は順調に数を削られていた。歴代最大の規模を誇った台風は本土に近づく程により巨大に、強くなっていったからである。排水は許容値を超え、舞台として選んだ清澄山は多くの場所で土砂崩れを起こしていた。

 ドォン!地を抉り、泥波を割り何かがノアの進路に直撃した。

「95点…!!!対面するのは初めてだね。」

 ノアが目の前の殺気立つ男に言う。

「あぁ、そしてこれがお前の最期だノア。」

 雷鳴で眩しく光る舞台で、癒瘡木は眼鏡を外した。ポチャ、と水溜りに落下する。

「一目みただけで分かった。サイクロプスが気に入るだけあるよ。癒瘡木。」

 癒瘡木は返事をしなかった。ノアが寂しいじゃんかと独り言を呟いたとき、癒瘡木は2人の距離10メートルを瞬時に詰めた。

─ドドド!!

 殆ど同時とも聞こえる打撃の音。癒瘡木は刹那の内に3撃加えていた。

「なんだこの威力?!」

「ヌンッ!!!」

 ノアが仰け反る無防備の腹に最高威力の拳を持っていく。ノアもそれが自身の生命機構を破壊するモノだと理解した。

隕水ハイドメテオ!!!」

 ノアは瞬時に空中の雨を集めた。その体積は実に2000立法メートル。一般的なプールの3倍近い量である。

 その質量は2000トン。山中に大規模なクレーターができた。

「沈んだか。」

 その奥底を見ず、ノアは行進を始める。それもそうだ。この規模の攻撃はノアの通常攻撃の中で最高の火力を誇る。これ以上は天変地異を起こす必要があり、消耗が桁違いなのだ。
 通常攻撃だとしてもノアはそれに誇りを持っている。これならあの天竹でも──

「何処へ行く…」

「何なんだよ!お前はァ?!」

 癒瘡木は立っていた。クレーターに背を向け歩いていたノアの背後に。
 
 癒瘡木に向けて何度も雨水の球を放つノア。どれも鈍い音を立てて当たるものの、男は気に留めない。

「本隊長癒瘡木硬樹だ。冥土の土産に知っておけ。」

──

「こちら、東北支部!ノアと同時に大量のプラントが──」

 東北は元々、プラントの出現が少ない地域であった。だから常駐する戦士も少ない。
 しかし、時はプラントの侵攻となり全国各地でヒトを襲い始めた。最も多いのが宮城仙台。杜の都は皮肉にもプラントの標的となったのだ。

「そこに部隊を割くな。他に回せ!」

「?!ですが、このままでは隠しきれません!!」

 緑髪の女が言う。

1人で充分だ。」

 統括役、天竹紫苑が出撃する。

──
「遂にこの日が来たなぁ!!」

 巨大な蔦を持つプラントが暴れていた。隊員はほとんどが絡め取られている。

「ノアは判断が遅いんだ!俺たちはもうHRIヤツらに勝てるんだ!!」

「あらそう、なら私の相手をしてくれる?」

「はへ?」

─グシャ!!

 核を的確に刺す、高速の竹。これができるのは彼女だけだ。人類最強と謳われし、天竹紫苑ただ1人。

「さて、殲滅するわよ。」

───

「やっぱりあの人は戦場にいる方が似合ってる。」

 宵茸がそう言った。

「本隊の状態が芳しくない。我々は東京周辺でプラントを間引くぞ。」

「ハァ、ハァ…了解!!」

「(この人の動きが目で追えない…早いし、おかしな軌道で動く。例えるなら忍者!)」

 本隊がノアと対峙している間、別働隊も必死に戦っていた。火祭リクは隊長である宵茸の元で、プラントの接近を報せるセンサーのように立ち回っていた。

──

『僕には君らの様な能力はないからね。普段は音で判別してるけど、生憎の大雨だから。』

 作戦を始める前に宵茸はリクに伝えていた。ザーザー降る雨に宵茸はうんざりしている様だ。彼は視力に乏しい。他の四感は優れており、主に聴力から敵の情報を得るのだがそれも大雨の時は難しい。

『君の能力は今回は活躍できないからね。避難に回すのも勿体無いし、僕が指名したんだ。』

『そうなんですね。』

 活躍できない。スッパリ言い切られたことにリクは悔しく感じる。親友2人は前線で命を張るのに自分は何もできないまま。

『…僕はね。君に可能性を感じてる。』

『?』

『ランキングでは残念だったが。状況処理能力、それに関しては他の誰よりもあると感じる。戦場においてそれ以上のアドバンテージはない。』

──はち切れそうな心肺活動の中で必死に火祭リクは考える。

「(ボクに何が出来るのか。まだ分からない。でも、期待されてるなら。最大限に働こう!)」

「11時!40度5メートル前方!」

 リクの指示に宵茸は進む。そこはビル街だった。多くの壁があり、プラントも立体的に動く。だが、それは宵茸も同じ。
 携帯武器であるクナイを壁に階段状になる様に投げた。それを頼りに壁を登る。その速度たるや凄まじく、刹那のうちにプラントを殲滅した。

「いい指示だね。次行くよ。」

「は、はい!」

 宵茸は鬼神の様な気迫を放ち続ける。癒瘡木隊長にすら引けを取らない。それは小隊隊長を務める者が持つ最強の証のようで、リクは思わず身震いをする。

 ボクもこんな風になりたい。宵茸の背を追いかけながら憧れを抱き続ける。

──

「排水機能稼働率100%!水位上昇、毎時400ミリメートル…このままだと、東京が沈没しますッ!!」

  様々な計器が壁面を埋め尽くす部屋で、この知らせが意味しているのは人類の技術の敗北であった。最大限に都市排水機構を生かしても、このノアの力の前には無意味だったのだ。

「もう大丈夫だろう。ロックを外したまえ。」

 おかっぱ髪の女が言った。それを聞き、モニター前の隊員達は数値の確認を済ませるとボタンを押す。

─ゴゴゴゴ…

 大きな地響きと共に、計器の部屋は大きく揺れる。

「いやー、通常時の耐震構造も取らないといけないし金掛かったな~」

「よく上層部に話通せましたね葉子隊長。」

「この為に寄付金集めてんだから当然だね。」

「葉子隊長。そろそろです。」

「…あぁ分かった。」

 葉子は、その部屋の最も視線を集めれる位置に立つ。それは作戦の開始を告げるため、士気を上げるために必要なことである。

『諸君。今、我々の仲間は命を賭して神を討たんとしている。それは我々の悲願、故郷の自由を手に入れるためだ。』

 多くを日本は失った。友、家族、未来。その悲しみが彼らを動かす原動力となっている。

『我々の役割は支援である!行き場を失った民衆のため、そして今戦う仲間のためにこの隊は動く!!戦士達よこの方舟・・の舵を取れ!全ては在りし日をこの手にする為に!!!』

 ここは本来、関東中の人を避難させられる巨大な施設であった。この構想は高度経済成長期に巨大都市計画として練られており、20年前─天才葉子により設計部れた。
 いずれ訪れるプラントとの戦いに備えた巨大避難施設。その実態は方舟である。『敵が雨を降らし我々を溺れさせるなら、その上に浮けばいい。』
 
 事実、神の子ノアの能力は強大で地上では避難するスペースが足りなかった。

「浮きました!!」

「水力発電システム起動します!」

「アンカー正常に機能してます!」

「雨の流れと風が速い。予備のアンカーを射出しておこう。揺れを最小に済ませるぞ。」

「了解!」

「(こっちは問題ない。そっちは任せたぞ、癒瘡木でくのぼう)」

──葉子の祈りは届くのか。癒瘡木はノアと対面していた。

「人間にしてはなかなかだったよ。」

「…」

 癒瘡木はノアの前に両膝をついていた。

「硬すぎ。今じゃ君は殺せないからとりあえず場外に消えておくれ。」

 水球が癒瘡木を包むと凄まじい速度で海へと飛んでいく。それを目の端で見ると、ノアは侵攻を続けた。








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