在りし日をこの手に

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明日を生き残る為に

初任務-その2"討伐対象ヤブガラシ"

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車に揺られ、到着を待つ。

 車の窓は黒いフィルムで覆われて、外側からも内側からも見えない仕様になっていたためこの移動の時間が何とも言えない退屈感を感じてしまう。
…のは俺だけなんだよね。先輩方は無言!腕組んで瞑想してる!この空気耐えられない!

「あの…この車って全部黒貼りじゃないですか、それってどうしてなんですかね?」

 いい加減車のエンジン以外の音を出したくて俺は先輩に声を掛けた。

「ん?あぁ…これか。情報漏洩を防ぐ為だな」

「え、でもこれじゃ本部の位置分からなくなりません?」

 本部を知らなければ迎えの車以外では帰れなくなってしまう、緊急時に帰れないのは問題ではないのだろうか。

「まぁそれは相手プラントの性格のせいだな。アイツらは無駄に狡猾かしこい。人に化け、時には隊員にもなる。そんな敵に本部がバレたら俺達は何処から来るか分からない攻撃に常に警戒しなければならない。そうならない為に、はなから隊員には本部を伝えないんだ」

 なるほど尤もらしい理由だ。でも…

「でも普通のワゴンってどうなんですかね?73式のトラックみたいな戦うぞって雰囲気欲しくないですか?」

「ありゃだめだ」

「な!なんでですか?!」

「情報漏洩ばかり防ぐだけじゃだめだろう。外からもバレない様にしなければいけない。あんなの通ってみろ目立つだけだろ。俺達戦闘部隊は表立った組織でもないし目立っちゃいけないんだよ」

 ぐうの音も出ない。普段脳筋な先輩が、こんな事を考えてるなんて。

「というよりお前はもうちょい緊張感を持て、今から行くのは遠足じゃねぇ、命をかけた戦いなんだぞ」

「…はい」

落ち着かないな。


キキ!若干の慣性と共に車が止まったのが分かった。

「降りるぞ」

先輩方に続いて降りた。

「…ッ」

 外の眩しさに固まったのは一瞬、俺は目の前の都会とはかけ離れた目の前の光景に驚かされた。

 俺達がいるのは災害によって人が住む事を諦めたビル街、しかし崩れた壁や割れた地面の下から溢れる様に蔦やその他の植物が生えている。どこからかガスが漏れているのだろうか、鉄が規則的にぶつかりコツコツといった音が静かな街に響いてる。
 
「人が居なくなったのはたった3年前なのにこんなに森みたくなるのか…」

 目の前の異常な風景に呆気に取られてると

「馬鹿か、たった三年で樹海になるはずないだろ。これは先週現れたプラントのせいだ。」

 先輩は足元の花を踏みつけ、ざまぁみろと言った。それにしても、1週間で樹海にする程プラントは力強いのか…

「私語は慎め、作業を始めるぞ。手筈通りに動け。」
 
 阿波木副隊長の指示で隊員が動く。俺は先輩達が駆除している様子を見つつ、周囲の警戒を任された。

「間隔は狭くとれ、確実に枯らすぞ」

 先輩達は各自持っていたウエストポーチから注射のようなものを取り出していた。

なんか既視感があるな…

「あ、それ。花子印の除草剤ってやつですか?」

 確か、プラント研究部の隊長である花子さんが研究の末に作ったプラントへの特効薬だ。

「そうだ。名前以外は文句なしの一級品だ」

 2メートル間隔で立った隊員は、壁の植物に向けて針を刺した。すると液を流された部分から緑が茶色に染まり、みるみるうちに水分が無くなっていった。

 プラントも植物だ。早期発見できた今回のレベルだとまだ食人で栄養を摂るには至らず、地中から栄養を摂っている。だから根っこを枯らせば某シュミレーションゲームの砂ブロックの下に松明を置いた様に一網打尽というわけだ。

「にしても量が多いな…本当に子葉の段階か?」

 阿波木副隊長はそう呟いて、また注射の指示を出した。

 各隊員がそれぞれ4発打った段階で大半の蔦は除去できた。通常ならこれで駆除完了となる筈だ。

…あれ?楽じゃね?

「あの、副隊長。これって上手く行き過ぎじゃないですか?」

「…想定以上の成長具合だったが成長に重きを置きすぎて自滅した、のかも知れないな。とにかく根は枯らせた。今日はそれで撤退しよう。」

 副隊長が言うならそうなのだろう。敵の邪魔が入らず倒せるならそれに越した事はないし、今回はラッキーだったんだな。


 撤退の指示が通り、隊員は続々と車に乗り込む。みんな気を張り詰めてた為かこの呆気なさに残念そうにしてる。戦闘狂かよ
 計3台の車に全員が乗り終わった。結局鉄が規則的にぶつかった音は無くならず、それだけが気になってしまう。

「先輩、なんですかね。この音コツコツ鉄がぶつかる音というか何というか…」

「ん?なんだそれ…ってオイ。お前その音いつから聞こえてたんだ」

 車内がざわつく。呆けてた先輩も何故か額に汗を浮かべている。

「どうしたんですか。いつからって言えば到着した時からですよ」

 また先輩達はざわついた。

「それはプラントが出す音だ。」

 先輩が言うには、植物が出す電気信号は例外なくプラントにも存在し普段人間に聞こえない周波数で発信しているのだそうだ。そしてそれを聞き取れる人がいるのだと言う。

「…それが能力者?」

コクリと先輩は頷いた。

「あれほど異常は報告しろと言ったのに!音は今も聴こえるのか?!」

「すいません!聞こえてます!」

「まずいな…この車は防音だ」

 次の瞬間、車は床から天井に柱が伸びて気付いたら俺たちの車は空中にあった。

 …!なんだこれ!もしかしなくても、プラント?!

「キキッ!キヅくのがオセーんだよ!」

 柱の正体は巨大な蔦だ。それを生やしてるのは目の前のプラント。

 俺は恐怖した。注視したヤツの目は、黒く歪み光が見えなかったのだ。地獄の底にいる様に感じた。

「おい神木!避けろ!」

 瞬間、先輩の体にも柱ができていた。
俺を飛ばした勢いで…

「本体から、来てくれるとはな!喰らえ…人間の、底力ァ!」

 刺されながらも、先輩は手を動かして腹の蔦に針を刺した。

「ミテねぇと思ったカ!ソイツがヤベェのはわかってんだヨ!」

ヤツは蔦ごと切り離し、車は落ちていった。

「神木!無事か?!」

副隊長が駆けつけて来て下さった、、

「僕は…大丈夫です。でも!先輩が!」

「まさか、すでに成体になっていたとは…」

「あ、あぁ…先輩が!」

「黙れ!奴もその覚悟をして来たのだ!泣く暇があったら身を隠せ!」

 副隊長の投げた煙幕で、俺達は逃げた。


「俺のせいだ…ちゃんと言っておけば…」

 俺が報告をしていれば、先輩は死ななかったんだ。俺のせいで…俺が油断してたせいで…

「おい、神木」

「…はい」

「返事できるならまだマシだな。今、本部に救助の要請をした。俺は外で倒れてる奴らを助けに行くからお前はここで待っていろ。」

そう言い、副隊長はイヤホンを渡してくる。

「いいか、今するべきなのはこれ以上死人を出さないことだ。お前は本部から指示を受け、行動しろ。」

 副隊長…あなたはどうして。

俺はもう行こうとする副隊長を止めた。

「どうして、どうして副隊長は戦えるんですか?」

彼は数秒悩み応えた。

「守るためだな。俺は大切な仲間を、置いてきた家族を守る為に戦っている。」
 
大切な人を守るため、か。

「お前は何のために戦場を志願した?」

”俺は…何のために。"

 そう考えているともう副隊長の姿は見えなかった。すでに敵と交戦しているのだろう。

俺は…

その時二つの光景が浮かんだ。目の前で少女が怪物になる瞬間、そして先輩が庇ってくれた瞬間。

「阿波木!阿波木!返事をしろ!」

イヤホンから声が聞こえてきた。

「第二小隊の隊員の神木連です。阿波木は、負傷した隊員の救助に向かいました。」

「そうか、1人で…」

「…あの!」

「なんだ、新米の神木蓮。」

「俺にプラントを倒す方法を教えて下さい!」

「どうしてベテランの第二小隊を壊滅させた敵に新人が挑むのだ?君は阿波木の言う通り端で息を潜めてればいいんだよ?」

 スピーカー越しの声は、悪意を感じた。そしてその通りだった。
でも…

「俺は人を助けたいから、プラントに苦しめられる人を無くしたいから、ここに志願しました。ここで止まってたら俺はこの先絶対に人を救えなくなってしまいます」

「だから!俺にアイツの倒し方を教えて下さい!」

…沈黙だった。返事はない、そうだよな。最初からミスをした俺に次なんて

「君らが相手をしてるのは、ブトウ科ヤブガラシ属のプラントだと解析が出た。奴らの根、成体だから核だな。頭の様なとこの先端を狙うんだ。いいね?」

「…ッ!了解!」

 俺の拳は再び力が篭った。

──
「単純だねー彼は。でもいい心構えだ。うん、この状況切り抜ける運があるなら私の隊にピッタリかも知れないね。君もそう思うだろう?」

 山積みの書類、ガラクタに囲まれた余りにも清潔とは言えない部屋で白衣を着た女は部下に問いかけてた。

「隊長…また内線ジャックしたんですか。そろそろ怒られますよ。」

 部下は呆れた様にため息をつく。

「ほーん、別に被験者モルモット役は君一人でも良かったんだよ?#
八重筒__やえづ__#家の宝具!実に興味深いね!」

「内線ジャックなんて大した事ないですよね。はい、問題ないです。ですからモルモットはやめてください」

 死の気配が迫ろうといつの時代も部下の気苦労は絶えない。

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