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第十四章 心の在処 四

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     四

「見つけた」
 ナーヴェの呟きとともに、惑星調査船は、平野に広がる森の中へ入り、木々の間を縫うように飛び始めた。その動きは、緩やかで滑らかだが、直線的な飛行に比べると、やはり乗り心地の悪い動きだ。アッズーロは、またぞろ吐き気がしてくるのを何とか抑え込みながら、窓の外に見える森の暗がりへ目を凝らした。だが、まだティンブロの姿は見えない。
「隠れているね。当然だけれど。でも、ぼくの『よく見える目』は誤魔化せない」
 不敵に言って、ナーヴェは木々を避けながら、惑星調査船を進めていく。アッズーロ達が酔いに耐える中、暫く飛んだ惑星調査船は、やがて、ゆるゆると速度を緩め、浮いたまま停止した。その右舷側、即ちアッズーロ側に、騎馬した男達と一台の馬車が見える。その男達の内の一人が、ティンブロだった。
「彼らが逃げる前に説明して、アッズーロ」
 ナーヴェが言いながら、船体を真下へ降下させ、木々の間へ着地させる。直後に開いた扉から、アッズーロは外へ出て、警戒した様子でこちらを見ていたティンブロ達に呼ばわった。
「ありがたく思うがよい、ティンブロ。王自ら迎えに来てやったぞ」
「陛下……、このようなところまで……」
 ティンブロは即座に下馬して、木漏れ日の中、アッズーロに駆け寄ってくる。
「わが領地にて騒乱を招きしこと、幾重にもお詫び致します」
 侯爵として、まず謝罪したティンブロを、アッズーロは気遣った。
「大事ないか、そなたも、連れの皆も?」
「お陰様にて、皆、怪我なく脱出すること叶いました」
 ティンブロは、アッズーロの前に跪いて、ふくよかな丸い顔に安堵の笑みを浮かべた。
「そうか。ならば、わが船に乗って王城まで同道するがよい。ルーチェ」
 アッズーロは振り向いて配下の間諜を呼ぶ。
「ティンブロの家臣らをピアット・ディ・マレーア侯城まで護衛せよ」
「畏まりました」
 応じて、身軽に惑星調査船から降りてきた少女と、アッズーロとを見比べ、ティンブロは請うた。
「実は、馬車に、わが妻ジラソーレが乗っております。どうか、わたくしではなく、わが妻をお願いできないでしょうか」
「しかし、今、緊急に王城へ連れていくべきは、カテーナ・ディ・モンターニェ侯たるそなただ」
 アッズーロは冷静に告げた。正論に、ティンブロは項垂れる。そこへ、背後からジョールノが申し出た。
「わたくしも、ルーチェとともに、カテーナ・ディ・モンターニェ侯家臣の皆様の護衛に付きましょう。それで、ティンブロ様と奥方様、お二人で御一緒に乗船できます」
(おまえが来んと、ヴァッレに任せられることが減るではないか)
 アッズーロは、反論を胸中で呟くに留めた。ティンブロの心の安定もまた、必要なことだ。
「なら、食糧と水と通信端末を携行することをお勧めするよ」
 ナーヴェが、手に袋を持って惑星調査船から出てきた。紙袋のようでいて布袋のような、不思議な見た目の袋だ。その袋から、ナーヴェは小さな機械を取り出してジョールノに示す。
「これが通信端末。こうして、耳と口に当てるようにして、ここに触れると、いつでも、どこからでも、ぼくと話せるんだ。日の光に当てておけば、幾らでも使えるから」
「凄いものですね。ありがとうございます」
 ジョールノが礼を述べて、「通信端末」とやらと、袋とを受け取った。
「では、行くぞ」
 アッズーロは踵を返し、乗船した。ゆっくりしている時間はないのだ。
「家臣達を、宜しく頼みます」
 ティンブロがジョールノとルーチェに頭を下げ、馬車から降りてきた妻がそれに倣う。続いてカテーナ・ディ・モンターニェ侯夫妻は、アッズーロとナーヴェに頭を下げた。
「我が儘をお聞き届け頂き、感謝の言葉もございません。どうぞ、宜しくお願い致します」
 ティンブロの言葉に、アッズーロは一瞥をくれただけで助手席に戻りながら急かした。
「時が惜しい。早く乗るがよい」
「さあ、後席へどうぞ」
 ナーヴェにも促されて、ティンブロとその妻は、急いで乗船した。二人の着席を見届けたナーヴェは、すぐに船体を浮揚させる。
「回頭。目標、王都エテルニタ。進路固定。発進」
 呪文のようなナーヴェの独り言の直後、惑星調査船は滑らかに飛行し始めた。
「これは……素晴らしき乗り物にございますなあ」
 ティンブロが素直に感心した声を漏らす。
「王妃殿下が操っておられるのでございますか?」
「まあ、そうだね。今は、この船のほうが、ぼくの本当の体ということになるんだけれど」
 ナーヴェが一応説明した。
「『本当の体』でございますか……」
 ティンブロから返ってきたのは、分かったような分からなかったような、曖昧な返事だ。娘のペルソーネから、それなりにナーヴェのことについては聞いているはずだが、理解が追いつかないのだろう。アッズーロは、前方の窓の外に広がる青空と森とを見つめたまま、にやりと笑って忠告した。
「わが妃について、正しく理解するは、なかなかに難しいぞ。そこがまた、よいのだがな」
 次々と新しい面を発見して、そのたびに、そそられ、惚れ直してしまう。飽きさせるということのない、唯一無二の宝だ。
「――アッズーロ、ティンブロとジラソーレが反応に困っているよ」
 ナーヴェが、自身も困ったような横顔を見せて言った。
(そこを上手く答えてこその臣下であろうが)
 アッズーロは心の中で文句を言ってから、別のことを口にした。
「それはそうと、あの『通信端末』とやらは、まだあるのか?」
「あるけれど、どうするんだい?」
 訊き返されて、アッズーロは不機嫌に求めた。
「われにも渡すがよい。かなり便利そうだ」
 ナーヴェは、目を瞬いてアッズーロを見た。
「きみには、いつでも接続できるから、あんなもの必要ないけれど?」
「われのほうから、そなたに接続したいのだ。それに、そなた、肉体を眠らせぬと、われに接続できんではないか。常々感じてきたが、少々不便だ」
「そういうものかい? 分かったよ」
 ナーヴェは、きょとんとしながらも、操縦席の下を、ごそごそと探って、ジョールノに渡したのと同じ小さな機械を取り出した。
「はい。使い方は、絵文字と、きみ達の文字で示してあるから、大体分かると思う」
 アッズーロは、手渡されたその「通信端末」を、しげしげと観察した。確かに、幾つかの部位に、絵文字や文字で説明が施してある。アッズーロがその中の一つに触れると、急に小さな機械の一面が白く光った。そこに、また、絵文字や文字があって、使い方が分かるようになっている。
「『端末』というのは、つまり、ぼくの端っこっていうこと。ぼくが持っている知識や情報も、そこから調べられるから、まあ、持っていて損はないよ。便利かどうかは、扱うきみ次第だけれど」
 説明を加えたナーヴェに、アッズーロは呆れて文句を言った。
「便利の一言に尽きるではないか。何故、もっと早く渡さん」
「ごめん、単に思いつかなかったんだ。ぼくは、まだまだきみへの理解が足りないね……」
 すまなそうに詫びたナーヴェの頭へ、アッズーロは手を伸ばし、優しく撫でてから、青い髪を梳いた。
「われへの理解は、これから大いに深めればよい。われも、そなたへの理解を深めたところだしな」
「ぼくへの理解?」
 こちらを向いて目を瞬いた宝に、アッズーロは、にっと笑って告げた。
「そなたの函や船体を触ると、どのような反応が返ってくるか、大いに理解した」
 途端に、ナーヴェの白い顔が赤くなり、深い青色の双眸に、困惑した色が浮かぶ。期待通りの初々しい反応に、つい口付けたくなったが、後席にいる夫妻に遠慮して、アッズーロは珍しく我慢した。


「やはり、足元が見えていなかったのは、あちらのほうでしたね」
 冷笑を浮かべたエゼルチトの言葉に、続きの間の席を立ったロッソは顔をしかめた。
「別に、おれには、他人の不幸を喜ぶ趣味はない。明日からの軍事演習だが、あちらから要請があれば、演習中の軍をそのまま援軍に変えて、そなたに率いて貰うぞ」
「そう仰るだろうと思っていました。馬を駆けさせて本日中に現地へ赴き、隊長達と打ち合わせておきましょう」
 恭しく一礼して、エゼルチトは日が高くなった窓の外を見る。ロッソも釣られて外を見た。自分達は一晩をあのシーワン・チー・チュアンの中で過ごし、朝帰ってきたことになるが、あまりそういった実感はない。あそこは、現実離れし過ぎていた。この続きの間で、大臣達を集め、シーワン・チー・チュアンとその船長、及びオリッゾンテ・ブル王国で起きた反乱について説明したのだが、シーワン・チー・チュアンについては皆、理解が及ばないようだった。やはり、百聞は一見に如かず、だ。それよりも、大臣達は皆、エゼルチト同様、オリッゾンテ・ブル王国で起きた反乱について、興味を懐いた様子だった。中には、この好機に軍を派遣し、双方で意見の食い違っている国境線を実質的に正そうと主張する輩までいた。
「そなたも、本音では、今を国土を広げる好機と考えておるか?」
 尋ねたロッソに、エゼルチトはこちらを向いて、両眼を細めた。
「さて、今はまだ分かりかねます。なれど、今後の経緯によっては、そう進言させて頂くかもしれません」
「そうか」
 ロッソは疲れを感じて、扉へと歩き始めた。馬車の中で何度も思い浮かべた所為か、無性にドルチェに会いたい。
「ジェネラーレ、供を致せ」
 控えていた近衛隊長に声を掛けて、ロッソは廊下へ出た。
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