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少年家政夫の効果
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しおりを挟むいい匂いがするな、と思っていると誰かがキッチンに向かってくる足音がする。
誰だろうと暖簾の向こう側を見ていると、ボスに抱っこされた咲良だった。
「いいにおいするー!」
「咲良、旦那様」
「何を作ってるんだい?」
「ふふ、ちょうど出来たところですよ」
そう言って咲耶は皿に焼き上がったそれを乗せていく。見るからにふわふわで、店で出てくるような美味そうなパンケーキだった。
「ぱんけーきだ!」
「へぇ、上手だね」
「咲良がそろそろお腹空いたと言い始める時間帯かと思って作ってたんです」
「ふふっ、さすがお兄ちゃんだね。もじもじしながらお腹空いたって言うから、連れてきたんだ」
「えへへ、にぃちゃ、ありがとー!」
「あぁ、ちゃんと手を洗ってから食べるんだぞ?」
「うん!」
「良かったら皆さんもどうぞ」
「お、サンキュー!」
「ありがたくいただくよ」
皿に乗っけたパンケーキにハチミツを掛けて、座敷の方で咲良と共に障子を直していたボスは皆で少し休憩しようとお茶と皿を持っていく。
咲良は早く食べたいのか、そわそわしながら俺達が来るのを待っていた。
「お待たせ咲良」
「たべていーい?」
「あぁ、いただきます」
「いただきまーす!」
咲耶お手製のパンケーキは一切れ口に運ぶとシュワッと溶けるようになくなっていく。
想像していたよりも軽く、あっさりとしていてあっという間に食べきってしまうレベルだ。
「咲耶、お前すげーな」
「ふふっ、そう言ってもらえると勉強した甲斐がありますね」
「にぃちゃ、おいしい!」
「ね、美味しいね」
咲良は満面の笑みを浮かべて大きな口を開けながら食べている。けれども途中であと少ししかないということに気付くと、途端に小さく切り始めて少しずつ食べていた。
さっきまであんな嬉しそうに食べていたのに、少なくなるのが悲しいのかちょびちょび食べている姿に正直可愛さと笑いが込み上げる。
咲良の隣にいたボスもそれに気付いた瞬間に肩を震わせていた。
「…咲良って、いつもあんな?」
「そうなんです…かと言ってあんまりあげると晩御飯が食べれなくなっちゃうんで」
「まぁそうだよなぁ」
しかしまぁ、こんな世界で生きている俺がこんなちっさい子のこんな姿が見られるなんて夢にも思わなかった。それにきっとそれは、俺だけじゃない。
「咲良」
「うん?」
「また作ってもらいなさい。ね?」
「…うん!」
無事に食べ終わり、悲しそうにしゅんとしている咲良の頭をボスがぽんぽんと撫でる。
すると咲良は理解したのか、また満面の笑みを浮かべて頷いた。
「あーーーー!!」
「うわ!?びっくりした…」
「い、イーウェンさんどうかしたんですか?」
「ずるーい!皆だけでなんか美味しそうなの食べてたのー!?」
「あ…」
甘い匂いが残る部屋に、綺麗になくなった皿。そして何より咲良の口の周りを拭いていたボスの姿をイーウェンさんが指差す。
「俺が仕事してる間にボスは帰っちゃうしさー!」
「す、すみませんイーウェンさん、また作りますから」
「ごめんねいーうぇんさん。さくらぜんぶたべちゃった…」
「あぁ~…二人はそんなに気にしなくていいんだよ…」
すかさず謝り、そんな気にしなくてもと思うくらい申し訳なさそうな木ノ葉兄弟に逆に罪悪感を感じたのかイーウェンさんがあたふたしながら手を振る。
そんなイーウェンさんはキッとボスの方を睨むがボスは素知らぬ顔でお茶を啜っていた。
「はぁ…しょーがないなぁ…依鶴」
「は、い…!?」
「わぁ…っ!」
イーウェンさんがため息をついたかと思えば名前を呼ばれ、顔を向けると同時に唇をべろりと舐められた。あまりの唐突さに呆然としている俺の横で咲耶は顔を赤くしながら手で顔を隠し、ボスの手は咲良の目を塞いでいた。
咲耶、手のひらの隙間から見えてんぞ。
「ふーん、はちみつ味ねぇ…」
「っ…節操ないですねあんたも…」
「えー?えへへ、そーかなー?」
へらへらと笑っているが、この人はここじゃ一番危ない奴。そしてボスの次に頭を張ってる人だ。ボスはボスで怖いけど、この人もこの人で怖いんだよな。
俺はさっさと皆が食べ終わった皿を回収し、キッチンへと持ってく。後ろから咲耶が何か言いながら付いてきたが、俺にはそれを聞く余裕がなかった。
「……ったく、心臓に悪いんだよ、あの人…」
******
「ねぇねぇいーうぇんさん」
「ん?なーに?」
「いーうぇんさんはなんでちゅーしたの?いっちゃのことすきなの?」
「んー、そうだねぇ…」
ヴィンセントの膝の上で咲良がぱちんぱちんと穴あけパンチで和紙をくり抜きながら、鋏で器用に何かを切っているイーウェンを見上げる。咲良のくりくりとした目は真っ直ぐに彼を見つめた。
「食べちゃいたいくらい、好きだよ」
笑顔を浮かべているのに、その目は笑っていない気がした。ヴィンセントはそんなイーウェンを見て依鶴を憐れむが助けるつもりはない。
「出来た!龍だよー!!」
「うわぁ!いーうぇんさんすごーい!!」
きゃっきゃっとはしゃぐ咲良と一瞬で雰囲気を変えたイーウェンにヴィンセントはまぁいいか、と思ったがはた、と固まる。
「……咲良、さっきの見えてたのかい?」
「え?いーうぇんさんがいっちゃにちゅーしてたの?みえたよ!」
満面の笑みで答える三歳児にピシリとヴィンセントのこめかみが引く付く。あ、とイーウェンがそれに気付いたときには既に遅く、彼の目の前にはヴィンセントの掌が翳されていた。
「…だんなさま、なにしてるの?」
「私もイーウェンと遊びたくなってね。ね?イーウェン」
「いだだだだだだだだっ!ボス!ボス!ギブ!!」
ギリギリと音を立てるヴィンセントの腕と顔面を掴まれているイーウェン。
ヴィンセントの爽やかな笑みに、不思議そうな顔をしていた咲良はそっかぁと特に気にすることなくふたたび和紙をくり抜き始めた。
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