上 下
1 / 1

籠の中の魔物

しおりを挟む
 魔物であるわたくしは空腹のあまり人里へふらふらと降り立ちました。
 いい匂いが漂っていたのでそれをたどって行くと民家がありました。どうやら作家の住む家で、本が大量にある気配がしました。中に入ると、本棚に囲まれた十二畳ほどの部屋がありました。唯一の窓は小さくて、じつに閉塞感があります。半夏生の時期だったので、湿気でもわっとしていました。
 机の上に書きかけの原稿用紙があったのでさっそくいただこうと思って手に取りました。そう、わたくしは文字を食べる魔物でした。
 しかし、運の悪いことにちょうどそこへ作家が帰って来たのです。
「!? ぎゃーーーーー」
 わたくしを見た作家の悲鳴が響き渡りました。
 その声に驚いたわたくしは逃げようとしたところ、床に散らばった失敗原稿を踏んで転んで、打ち所が悪く気絶してしまいました。

 目が覚めると作家は鳥かごにわたくしを押し込んでいました。
「珍しい生き物だ。食べられるんだろうか」
 作家は冗談めいて言いました。
 グーっと
 今度はわたくしの腹の虫が響き渡る番でした。
「わたくしは文字を食べないと生きていけない魔物であります。どうか見逃してくださいませ」
 同情を引く作戦に出ました。
「失敗の原稿ならいいだろう。やるよ」
 作家は失敗の原稿用紙を少しわたくしに渡しました。作戦は成功です。
「いただきます」
 律儀にそういってぺろりとたいらげました。
「ごちそうさま」
 そのとき、はしたなくもゲップをしてしまいました。
 ゲップからは作品の新しいアイデアが溢れ出て来ました。
 それを見た作家は想像力をかき立てられ新しい作品作りに取りかかるのでした。

 作家は意欲的でした。
「次は悲恋小説を考えているんだ」
 机に向かって原稿用紙に筆を走らせる男と鳥かごの中におとなしく座っているわたくしだけがいました。
 作家の部屋を見る限りあまり売れていないのでしょう。このようなつまらない作家に捕まったわたくしもまた、つまらない魔物なのだろかと悲観的になり始めていました。
「これではだめだ」
 ふいに作家は手を止めて、頭を抱えました。
 どうやらわたくしの出番のようです。
「見せてくださいまし」
 作家はくちゃりと丸めた原稿をこちらに投げてよこしました。酷い男です。
「ああ、食っていいぞ」
 床に落ちる寸前の原稿をうまく捕まえ、わたくしは丸まった原稿用紙をまっすぐにして眺めました。おいしそうな匂いがします。おいしそうというのは人間の食べ物でいうところの食前酒ような甘い匂いがする程度でしたが。
「うまいか?」
「いえ、まだなめてもおりません。これからにございます」
 わたくしはその酒をたしなむことにしました。
 だいたいのあらすじはこうでした。主人公とその親友の彼女が登場人物で、しまいに女は親友と喧嘩した後、主人公に彼よりあなたの方が好きだと言う。主人公は何を言ったか聞こえなかった、もう一度言ってとあしらう。女は言葉を紡ぐ気力を奪われたのでした。
「これは面白い味にございます」
「ほう、どんな風に?」
「人間世界の貧弱な語彙で表すと、おそらくつまらないと認識されるでしょうが、わたくしは違います。これは主人公のポリシーを貫いた守りの一手だったのです。守ったのは自分だけでなく、親友とその女もです。これですべてはうまくいった。万々歳の面白い味でございました」
「そんな見方をしてくれるのだな。では攻めの一手をした場合を考えるとするか。やはりお前は使えるからしばらくここにいろ。自由にしていいぞ」
「嫌でございます。鳥かごの中の自由など自由ではありません」
「ハハハ、うまいことを言う。お前が文字しか食べない魔物かどうか見極めることが出来たら出してやる」
 そう言って作家は散歩に出かけてしまいました。わたくしを置き去りにするなんてやはり酷い男でした。
 帰って来たら作家にどのように復讐してやろうか。そのことばかり考えていました。
 いい案が浮かんだのでわたくしはわずかな力を振り絞り、原稿用紙に細工を施しました。
 しばらくたって作家は部屋に戻って来てました。また、作家は机に向かって執筆活動をはじめました。
「かかりましたね」
 わたくしは歓喜しました。
 その瞬間、作家は自分の書いた物語の中に招かれてしまったのです。

 わたしはにやけておりました。今頃恐ろしいめに合っている作家のことをあざ笑ってやりました。しかし同時に恐ろしい事実に気づきました。
 わたくしは鳥かごの中にいる。このかごの鍵は作家がもっているということに。
 
 わたくしは作家の戻し方を必死に考えざるをえませんでした。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

風太
2019.12.16 風太

好きな作風です。ブラックさが出ていて良いと思います。ぶしつけですがひとつだけ意見を申させていただくと魔物の姿はどんな風でしょうか?鳥かごと魔物という組み合わせが気になりました。そこを描写していただくともっと想像しやすい気がします

解除

あなたにおすすめの小説

シャワー

こぐまじゅんこ
児童書・童話
保育園のシャワーのお話。 2歳さん向けです。

カカシの不気味な谷渡り

小森 輝
児童書・童話
僕と彼女の数奇な出会いと別れの物語 お気に入り登録、感想、お待ちしています!そして、絵本・児童書大賞に応募していますんで、投票もお待ちしています!

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

首切り役人と赤い靴 ――アンデルセン異聞

楠 瑞稀
児童書・童話
踊り続ける赤い靴から解放された少女は、神に許され天に召されました。 ――では、残された赤い靴はどこへ行ってしまったのか。 そして、少女の足を切り落とした首切り役人は?  誰も知ることのなかった、その後のお話。

完璧な少年

倉澤 環(タマッキン)
児童書・童話
勉強もスポーツも万能の優。しかし、昔の卒業生「でんすけ」の記録には勝てない。全ての競技で一位を取り、どんな競技にも記録が残る不思議なでんすけ。でんすけとはどんな人物だったのかを校長に尋ねた優は、村に起こった危機と、それを救った若者と少年の物語、そして村長の家系に伝わる秘密を知る。

月からの招待状

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
児童書・童話
小学生の宙(そら)とルナのほっこりとしたお話。 🔴YouTubeや音声アプリなどに投稿する際には、次の点を守ってください。 ●ルナの正体が分かるような画像や説明はNG ●オチが分かってしまうような画像や説明はNG ●リスナーにも上記2点がNGだということを載せてください。 声劇用台本も別にございます。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

ことみとライ

雨宮大智
児童書・童話
十才の少女「ことみ」はある日、夢の中で「ライ」というペガサスに会う。ライはことみを「天空の城」へと、連れて行く。天空の城には「創造の泉」があり、ことみのような物語の書き手を待っていたのだった。夢と現実を行き来する「ことみ」の前に、天空の城の女王「エビナス」が現れた⎯⎯。ペガサスのライに導かれて、ことみの冒険が、いま始まる。 【旧筆名:多梨枝伸時代の作品】

月夜に秘密のピクニック

すいかちゃん
児童書・童話
日常生活の中に潜む、ちょっとした不思議な話を集めたショートショートです。 「月夜に秘密のピクニック」では、森で不思議な体験をする子供達。 「不思議な街の不思議な店主」では、失恋した少女と不思議な店主。 「記憶の宝石箱」は、記憶を宝石に封じた老人と少年というお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。