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16章 不思議な国(後編)
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「ーーところで、鵜久森さんは頭にウサギ耳が生えたくらいで済んでますが、まさか、ましろさんはソネットカードも出せないくらいに物語《ソネット》の侵食度が高いのかしら?」
「いや、ソネットカードは出せるみたい。ーーリヴェナ・リュス」
薄暗い森に入ろうとしている一行に、ましろはスペルカードに猫になっている手をかざして明かりを提供した。
「ただ、無闇にお菓子が食べられないから、ボクのエネルギー充電が少ないって言うか……。ーーお菓子のことを考えてたら、お菓子の匂いがしてきたような……」
「本当だ。お菓子の匂いがする」
ましろ以外にも感知できるほどの、甘いお菓子の匂い。紅茶の香りも混ざっている。
「やーっと来たね。みんな、遅い」
森の中でお茶会を開いていたのは、行方不明になっていた綺羅々だった。綺羅々はスーツに大きなシルクハットを被った姿になっている。
「綺羅々さんが用意されているお茶と茶菓子……ということは、ひとまず安全な食べ物ということかしら」
「うん。あたしのヒーリングスペルを使って作ったものばかりだから安全だよ」
綺羅々は来夢に癒し効果が具現化して描かれている自分のソネットカードを見せて胸を張った。
「よかった……!誰かがお菓子を持っていれば、ボクも多少のスペル威力がーーうわっ!?」
一足先に席に着いて、クッキーを口に入れたましろの姿が猫から人になる。
「あたしのヒーリングクッキー食べたから、アリスの物語《ソネット》の影響力が少し弱まったかも?」
「よかったけど、もう少しは猫のまま、みたいだね」
鵜久森と同じく、ましろは動物の耳としっぽが付いたままになっている。追加でクッキーを食べたり、紅茶を飲んだりしても変化がなかった。侵食の解除には限界があるようだ。アリスの物語《ソネット》から出るまで暫くはこのままだろう。
「おいしい?」
「うん!」
「よかったぁ。綺羅々ちゃんの料理が美味しいって」
「あ、あたしはうぐみたいに料理は得意じゃないから、べ、別に……」
赤ずきん役に取り込まれた小さな子供にたまにしかしない料理を褒められて、満更でもない綺羅々。
「貴女が帽子屋として出て来て、取り敢えず一安心ですわ。残りの登場人物にもアリスの物語《ソネット》に取り込まれた人間や私たちの知り合いの幻影など、紛れている可能性はありますが」
綺羅々が作った紅茶を飲みながら、来夢が指摘する。
『毎回思うんだけど、どうして巻き込まれた人間に気を遣ってるんだい?一般人の物語《ソネット》粒子は回収するから、君たちがその子に優しくしたって、その子の記憶には何も残らないよ』
「その答えは人間だから、かなぁ。覚えている・いないは関係ないよきっと」
『ふむ……』
ましろの曖昧だが正確性のある回答に、質問したラプスは首を傾げた。
『ましろは人間としては何処か冷たく、何故か優しい回答をするね。と、つくづく思う』
ラプスの意見に林檎は心密かに頷く。過去に起きた事件のことや、先程の「代わってあげたい」発言で、ましろの冷たさを感じていた。しかし、普段のましろから感じ取れるのは優しさの方が多い。
特殊な家庭事情のせいだろうか。
何れにせよ、来夢と違いまだましろと出会ってから1ヶ月も経っていない林檎にましろがどのような人物かを判断することは不可能に近い。
「ねえ、不思議の国のアリスって、次はどういう展開になるの?」
童話に詳しくない鵜久森が来夢に尋ねる。
「そうですわね……。帽子屋のお茶会の次は、確か芋虫に出会い、左右の端から食べると、小さくなったり大きくなったりする、不思議なキノコがあったり……あら?」
森の中にあった道を進んで行くと、その先には整備されすぎている、と言っても差し支えない庭園があった。
「どうやら、ハートの女王様やトランプ兵たちとご対面する展開のようですわ」
前方で男女の話し声がする。来夢の言うハートの女王とトランプ兵だろうか。
「どこかに隠れた方がいいんじゃないかな」
「いいえ。私がアリス役になっている以上、それは無意味な行動でしょう」
「この庭、アタシの趣味じゃないわね。この庭をデザインした兵士はクビにしてちょうだい」
「あれ?あの子、どこかで見たような……」
ましろはチェリーブロンドのハートの女王の姿をじっと見つめる。
「あ。だいぶ前にソネットゲームをしたことがある子だ。えーと、確か名前は」
「赤羽根榴姫だ」
「うわっ!?」
しれっとましろ一行に混じっていたのは黒髪黒コート、紅い瞳の人物。鵜久森は剣士的な条件反射で黒髪の人物から距離を取っていた。ましろは少しうんざりとした、困ったような表情をする。
「久しぶりだな甘党探偵。今回は随分ユニークな格好をしているが」
ましろのチェシャ猫衣装を見て、黒髪の人物は威勢を飛ばす。
「……ボクは探偵じゃないよ」
以前、紬が作った衣装ーー探偵服を着ていた時に遭遇した闇夜鴉。ハートの女王の彼女は、前に遭遇した時には彼と同行していた。別の部署の詳しい事情は知らないが、同じチームに所属しているメンバーの可能性が高い。そして、
「今日こそはお前の手柄を横取りしようと思ってはいたが、少しややこしい事態が発生した」
「大体事態の想像はつくけど」
「流石は探偵だな」
「だから探偵じゃないってば」
彼が人の話、と言うよりも、ましろの話をあまり聞かないことを知っている。
「俺のパートナーの赤羽根榴姫がアリスの物語《ソネット》に取り込まれ、メルヒェンゴーストに憑かれた。生憎オレ様は討伐専門だ。誰かを助け出すといった真似事は不得意で、大変不本意だが、アイツを助ける為に貴様の力を借りたい」
「メルヒェンゴーストですって?」
「な、なんですか、それって」
置いてけぼりにならないよう、林檎が空かさず質問をする。
「物語《ソネット》顕現領域内で出没する童話及び逸話幽霊ですわ。物語《ソネット》の核になっている登場人物が殆どですの」
「それじゃあ……!」
「ええ。あのハートの女王をどうにかさえすれば、私たちないし全員、アリスの物語《ソネット》の顕現領域から出られる可能性が高いですわ」
『一次的に手を組むとは言っても、最終的には物語《ソネット》粒子の奪い合いだろう?』
ラプスが鴉の連れている黒い自分に向かって言葉を吐く。
『……』
「そっちのラプスは無口なんだね。ある意味羨ましいなぁ」
ましろがラプスの頭を軽く叩いて本音を漏らした。
「ですが、メルヒェンゴーストに取り憑かれるなんて、よっぽど共鳴力の高い何かを、彼女は持っていたのでしょう?」
「共鳴力?なんだそれは」
「あら?ご存知なくて?狩る側がメルヒェンゴーストに取り憑かれる場合は、物語《ソネット》側が思い入れをする何かを所持していることが多いのですが」
「今まで同行した連中に、榴姫みたいなことになったヤツはいなかった。初耳だな。覚えておこう」
「この黒い方、いきなり出てきたと思いきや、適切な質問をかまして来やがりますわね」
「ふふっ。案外組んてみるといいペアなのかもしれませんね」
「どこがですの!?」
林檎の冗談に来夢が本気で反応した。
「来夢ちゃん、取り敢えずこの先の展開を教えてほしい。ましろくんも僕も不思議の国のアリスには詳しくないから」
「当然オレ様も読んだことがない為、聞こう」
童話を読んだことがない男性陣に注目され、来夢はこほんと咳払いをする。
「まず、ハートの女王はアリスに目を付け、アリスにクロッケー大会に出るように言いますの。ただし、その大会は槌はフラミンゴ、ボールはハリネズミ、ゲートは庭師兼トランプ兵という無茶苦茶な配置ですの。そこに更にチェシャ猫が出て来て、ハートの女王たちを翻弄する……ましろさん、と言うよりもチェシャ猫は一応飼われている設定ですのよ」
「誰かに飼われている役なんてごめんだよ。ーーよし。展開を乱す為にもハートの女王をこの場でなんとかしよう。さっき思いついた。ボクに考えがあるんだ」
◇◇◇
「おや?そこにいる娘は……」
メルヒェンゴーストーーハートの女王に取り憑かれた赤羽根榴姫が、アリス役の来夢を見つけた。もとい、見つかるように来夢は女王の前に姿を現した。
「娘。今行われている最中のクロッケー大会に飛び入り参加して、妾を楽しませろ」
「お安いご要望ですわ」
来夢はハートの女王の死角から箒が描かれたスペルカードを顕にする。来夢は槌をフラミンゴではなく、自分の箒にしてしまった。
箒を片手に選手が立つスペースへ登り、ボール用のハリネズミを打つ。ゴール用のトランプ兵はハリネズミの針を避けようとしてボールを躱す。
「娘よ。「優勝して」妾を楽しませろ」
「ハートの女王様。それは不可能ですわ」
「む。何故だ?」
「この大会はもうすぐ終了しますので」
そう言うなり、来夢は槌にしていた箒に上品に腰掛けた。箒は主とーー透明な姿になってぶら下がっていたましろを乗せてふわりと宙に浮く。
「な、なんと!?」
「娘は魔女だったのか!?」
「ましろさん!見えない状態だと振り落としてしまう可能性がありますので!」
「わかってるよー」
地上であたふたする女王とトランプ兵たちを他所に、来夢は上空でバランスを保つ為に仕方なく箒を跨ぎ、後ろで半透明状態で箒を掴んだままぶら下がるましろに声を掛ける。
ましろは綺羅々の作ったクッキーを食べた後、透明状態を解除し、火が描かれたスペルカードを顕にした。
「炎《フランメ》」
ましろが言霊《スペル》を唱えると、上空から炎が降り注ぐ。
『ましろは物語《ソネット》に目を付けられやすいし、侵食影響も受けやすい。それは何故かって?『童話は本だから、燃えやすい』だろう?物語《ソネット》たちは炎のスペルを扱うましろをまず警戒し、恐れてるんだ』
「や、止め!大会は中止じゃーー」
「今だ!林檎!」
「は、はい!」
猟師の能力が覚醒した林檎にとって、初めての戦闘ーーメルヒェンゴースト、ハートの女王が取り憑いている原因のハート型のブローチを撃ち抜くことだった。ましろの炎を纏った銃弾は、見事ブローチを撃ち抜いた。
ブローチを撃ち抜いた後、ハートの女王を中心にアリスの物語《ソネット》を作り上げていた天幕が崩れ落ちていく。
「今だ!ラプス、吸い上げろ!」
「あっ!?」
鵜久森と共に剣のスペルを使い、トランプ兵たちを抑え込んでいた鴉《あろう》が黒いラプスに命令する。
「ちょっと、抜け駆けは禁止だよ!ラプス!」
『もうやってる!回収中は話かけないでくれ』
ガラスの破片のように散り散りになった天幕の粒子を2匹のラプスが回収し続けた。物語《ソネット》の領域展開の影響を受けていたましろたちの衣装も元の服装に戻っていく。
「どうだ!?」
『……回収は同じくらい?ううん、向こうの方が少し多いくらい』
『当然。こっちはアリスだけでなく赤ずきんの粒子も回収してる』
「くっ……!何故シュミレーション通りに上手くいかない!?」
「シュミレーションは現実じゃなくて、ただのシュミレーションだからかなぁ……」
ましろに穏やかにつっこまれ、鴉はキッと睨みを効かせた。しかし、ましろに効果は無い。
「以前から思っているが、お前のそういうところも嫌いだ」
「?」
「タイプが違いすぎて調子が狂う、的な?」
僕は君よりましろくんの方が話しやすいタイプだけどなぁ、と鵜久森がぼやく。
「それにしては、足りない言葉の通訳ができていますわよ」
「ははは……。偶々だよ偶々」
ましろに何を言っても流されると思った鴉は、気を失って倒れている赤羽根榴姫に駆け寄った。
「おい大丈夫か、榴姫」
「……、ううん……」
回復したての意識で、榴姫は額に手を翳す。
「アリスの物語《ソネット》は……?」
「片付いた。今回は半分ほどこっちでも回収出来たな」
「そう……。ごめん、今回は足手纏いだった……」
榴姫の倒れた側には、フォークロアパークの不思議の国のアリスのアトラクションで限定販売されていた、ハートのブローチが砕け散っている。
「ふん。いいさ……次こそは物語《ソネット》粒子を必ず全回収してみせる」
「アンタ、一々そういうフラグ立てるの止めなって」
「綺羅々ちゃんの気付けポーションがあるよ」
「榴姫はオレ様がサービスセンターに運ぶ」
「そう」
綺羅々の作ったクッキーを鴉に渡しかけたましろが、手を引っ込めた。
アリスのアトラクションには複数の出口があるようで、鴉たちは右の道を曲がって姿が見えなくなる。
「さぁ。ボクらも帰ろうか?それとも他のアトラクションを楽しもうか?ボクとしては疲れたから、今日はもうホテルに帰りたいんだけどな……」
疲れながらも、いつも以上に笑顔を張り付かせて言うましろを待ち構えていたのは、もっとアトラクションを楽しみたいと言いたげな、来夢と綺羅々、林檎の表情だった。
「いや、ソネットカードは出せるみたい。ーーリヴェナ・リュス」
薄暗い森に入ろうとしている一行に、ましろはスペルカードに猫になっている手をかざして明かりを提供した。
「ただ、無闇にお菓子が食べられないから、ボクのエネルギー充電が少ないって言うか……。ーーお菓子のことを考えてたら、お菓子の匂いがしてきたような……」
「本当だ。お菓子の匂いがする」
ましろ以外にも感知できるほどの、甘いお菓子の匂い。紅茶の香りも混ざっている。
「やーっと来たね。みんな、遅い」
森の中でお茶会を開いていたのは、行方不明になっていた綺羅々だった。綺羅々はスーツに大きなシルクハットを被った姿になっている。
「綺羅々さんが用意されているお茶と茶菓子……ということは、ひとまず安全な食べ物ということかしら」
「うん。あたしのヒーリングスペルを使って作ったものばかりだから安全だよ」
綺羅々は来夢に癒し効果が具現化して描かれている自分のソネットカードを見せて胸を張った。
「よかった……!誰かがお菓子を持っていれば、ボクも多少のスペル威力がーーうわっ!?」
一足先に席に着いて、クッキーを口に入れたましろの姿が猫から人になる。
「あたしのヒーリングクッキー食べたから、アリスの物語《ソネット》の影響力が少し弱まったかも?」
「よかったけど、もう少しは猫のまま、みたいだね」
鵜久森と同じく、ましろは動物の耳としっぽが付いたままになっている。追加でクッキーを食べたり、紅茶を飲んだりしても変化がなかった。侵食の解除には限界があるようだ。アリスの物語《ソネット》から出るまで暫くはこのままだろう。
「おいしい?」
「うん!」
「よかったぁ。綺羅々ちゃんの料理が美味しいって」
「あ、あたしはうぐみたいに料理は得意じゃないから、べ、別に……」
赤ずきん役に取り込まれた小さな子供にたまにしかしない料理を褒められて、満更でもない綺羅々。
「貴女が帽子屋として出て来て、取り敢えず一安心ですわ。残りの登場人物にもアリスの物語《ソネット》に取り込まれた人間や私たちの知り合いの幻影など、紛れている可能性はありますが」
綺羅々が作った紅茶を飲みながら、来夢が指摘する。
『毎回思うんだけど、どうして巻き込まれた人間に気を遣ってるんだい?一般人の物語《ソネット》粒子は回収するから、君たちがその子に優しくしたって、その子の記憶には何も残らないよ』
「その答えは人間だから、かなぁ。覚えている・いないは関係ないよきっと」
『ふむ……』
ましろの曖昧だが正確性のある回答に、質問したラプスは首を傾げた。
『ましろは人間としては何処か冷たく、何故か優しい回答をするね。と、つくづく思う』
ラプスの意見に林檎は心密かに頷く。過去に起きた事件のことや、先程の「代わってあげたい」発言で、ましろの冷たさを感じていた。しかし、普段のましろから感じ取れるのは優しさの方が多い。
特殊な家庭事情のせいだろうか。
何れにせよ、来夢と違いまだましろと出会ってから1ヶ月も経っていない林檎にましろがどのような人物かを判断することは不可能に近い。
「ねえ、不思議の国のアリスって、次はどういう展開になるの?」
童話に詳しくない鵜久森が来夢に尋ねる。
「そうですわね……。帽子屋のお茶会の次は、確か芋虫に出会い、左右の端から食べると、小さくなったり大きくなったりする、不思議なキノコがあったり……あら?」
森の中にあった道を進んで行くと、その先には整備されすぎている、と言っても差し支えない庭園があった。
「どうやら、ハートの女王様やトランプ兵たちとご対面する展開のようですわ」
前方で男女の話し声がする。来夢の言うハートの女王とトランプ兵だろうか。
「どこかに隠れた方がいいんじゃないかな」
「いいえ。私がアリス役になっている以上、それは無意味な行動でしょう」
「この庭、アタシの趣味じゃないわね。この庭をデザインした兵士はクビにしてちょうだい」
「あれ?あの子、どこかで見たような……」
ましろはチェリーブロンドのハートの女王の姿をじっと見つめる。
「あ。だいぶ前にソネットゲームをしたことがある子だ。えーと、確か名前は」
「赤羽根榴姫だ」
「うわっ!?」
しれっとましろ一行に混じっていたのは黒髪黒コート、紅い瞳の人物。鵜久森は剣士的な条件反射で黒髪の人物から距離を取っていた。ましろは少しうんざりとした、困ったような表情をする。
「久しぶりだな甘党探偵。今回は随分ユニークな格好をしているが」
ましろのチェシャ猫衣装を見て、黒髪の人物は威勢を飛ばす。
「……ボクは探偵じゃないよ」
以前、紬が作った衣装ーー探偵服を着ていた時に遭遇した闇夜鴉。ハートの女王の彼女は、前に遭遇した時には彼と同行していた。別の部署の詳しい事情は知らないが、同じチームに所属しているメンバーの可能性が高い。そして、
「今日こそはお前の手柄を横取りしようと思ってはいたが、少しややこしい事態が発生した」
「大体事態の想像はつくけど」
「流石は探偵だな」
「だから探偵じゃないってば」
彼が人の話、と言うよりも、ましろの話をあまり聞かないことを知っている。
「俺のパートナーの赤羽根榴姫がアリスの物語《ソネット》に取り込まれ、メルヒェンゴーストに憑かれた。生憎オレ様は討伐専門だ。誰かを助け出すといった真似事は不得意で、大変不本意だが、アイツを助ける為に貴様の力を借りたい」
「メルヒェンゴーストですって?」
「な、なんですか、それって」
置いてけぼりにならないよう、林檎が空かさず質問をする。
「物語《ソネット》顕現領域内で出没する童話及び逸話幽霊ですわ。物語《ソネット》の核になっている登場人物が殆どですの」
「それじゃあ……!」
「ええ。あのハートの女王をどうにかさえすれば、私たちないし全員、アリスの物語《ソネット》の顕現領域から出られる可能性が高いですわ」
『一次的に手を組むとは言っても、最終的には物語《ソネット》粒子の奪い合いだろう?』
ラプスが鴉の連れている黒い自分に向かって言葉を吐く。
『……』
「そっちのラプスは無口なんだね。ある意味羨ましいなぁ」
ましろがラプスの頭を軽く叩いて本音を漏らした。
「ですが、メルヒェンゴーストに取り憑かれるなんて、よっぽど共鳴力の高い何かを、彼女は持っていたのでしょう?」
「共鳴力?なんだそれは」
「あら?ご存知なくて?狩る側がメルヒェンゴーストに取り憑かれる場合は、物語《ソネット》側が思い入れをする何かを所持していることが多いのですが」
「今まで同行した連中に、榴姫みたいなことになったヤツはいなかった。初耳だな。覚えておこう」
「この黒い方、いきなり出てきたと思いきや、適切な質問をかまして来やがりますわね」
「ふふっ。案外組んてみるといいペアなのかもしれませんね」
「どこがですの!?」
林檎の冗談に来夢が本気で反応した。
「来夢ちゃん、取り敢えずこの先の展開を教えてほしい。ましろくんも僕も不思議の国のアリスには詳しくないから」
「当然オレ様も読んだことがない為、聞こう」
童話を読んだことがない男性陣に注目され、来夢はこほんと咳払いをする。
「まず、ハートの女王はアリスに目を付け、アリスにクロッケー大会に出るように言いますの。ただし、その大会は槌はフラミンゴ、ボールはハリネズミ、ゲートは庭師兼トランプ兵という無茶苦茶な配置ですの。そこに更にチェシャ猫が出て来て、ハートの女王たちを翻弄する……ましろさん、と言うよりもチェシャ猫は一応飼われている設定ですのよ」
「誰かに飼われている役なんてごめんだよ。ーーよし。展開を乱す為にもハートの女王をこの場でなんとかしよう。さっき思いついた。ボクに考えがあるんだ」
◇◇◇
「おや?そこにいる娘は……」
メルヒェンゴーストーーハートの女王に取り憑かれた赤羽根榴姫が、アリス役の来夢を見つけた。もとい、見つかるように来夢は女王の前に姿を現した。
「娘。今行われている最中のクロッケー大会に飛び入り参加して、妾を楽しませろ」
「お安いご要望ですわ」
来夢はハートの女王の死角から箒が描かれたスペルカードを顕にする。来夢は槌をフラミンゴではなく、自分の箒にしてしまった。
箒を片手に選手が立つスペースへ登り、ボール用のハリネズミを打つ。ゴール用のトランプ兵はハリネズミの針を避けようとしてボールを躱す。
「娘よ。「優勝して」妾を楽しませろ」
「ハートの女王様。それは不可能ですわ」
「む。何故だ?」
「この大会はもうすぐ終了しますので」
そう言うなり、来夢は槌にしていた箒に上品に腰掛けた。箒は主とーー透明な姿になってぶら下がっていたましろを乗せてふわりと宙に浮く。
「な、なんと!?」
「娘は魔女だったのか!?」
「ましろさん!見えない状態だと振り落としてしまう可能性がありますので!」
「わかってるよー」
地上であたふたする女王とトランプ兵たちを他所に、来夢は上空でバランスを保つ為に仕方なく箒を跨ぎ、後ろで半透明状態で箒を掴んだままぶら下がるましろに声を掛ける。
ましろは綺羅々の作ったクッキーを食べた後、透明状態を解除し、火が描かれたスペルカードを顕にした。
「炎《フランメ》」
ましろが言霊《スペル》を唱えると、上空から炎が降り注ぐ。
『ましろは物語《ソネット》に目を付けられやすいし、侵食影響も受けやすい。それは何故かって?『童話は本だから、燃えやすい』だろう?物語《ソネット》たちは炎のスペルを扱うましろをまず警戒し、恐れてるんだ』
「や、止め!大会は中止じゃーー」
「今だ!林檎!」
「は、はい!」
猟師の能力が覚醒した林檎にとって、初めての戦闘ーーメルヒェンゴースト、ハートの女王が取り憑いている原因のハート型のブローチを撃ち抜くことだった。ましろの炎を纏った銃弾は、見事ブローチを撃ち抜いた。
ブローチを撃ち抜いた後、ハートの女王を中心にアリスの物語《ソネット》を作り上げていた天幕が崩れ落ちていく。
「今だ!ラプス、吸い上げろ!」
「あっ!?」
鵜久森と共に剣のスペルを使い、トランプ兵たちを抑え込んでいた鴉《あろう》が黒いラプスに命令する。
「ちょっと、抜け駆けは禁止だよ!ラプス!」
『もうやってる!回収中は話かけないでくれ』
ガラスの破片のように散り散りになった天幕の粒子を2匹のラプスが回収し続けた。物語《ソネット》の領域展開の影響を受けていたましろたちの衣装も元の服装に戻っていく。
「どうだ!?」
『……回収は同じくらい?ううん、向こうの方が少し多いくらい』
『当然。こっちはアリスだけでなく赤ずきんの粒子も回収してる』
「くっ……!何故シュミレーション通りに上手くいかない!?」
「シュミレーションは現実じゃなくて、ただのシュミレーションだからかなぁ……」
ましろに穏やかにつっこまれ、鴉はキッと睨みを効かせた。しかし、ましろに効果は無い。
「以前から思っているが、お前のそういうところも嫌いだ」
「?」
「タイプが違いすぎて調子が狂う、的な?」
僕は君よりましろくんの方が話しやすいタイプだけどなぁ、と鵜久森がぼやく。
「それにしては、足りない言葉の通訳ができていますわよ」
「ははは……。偶々だよ偶々」
ましろに何を言っても流されると思った鴉は、気を失って倒れている赤羽根榴姫に駆け寄った。
「おい大丈夫か、榴姫」
「……、ううん……」
回復したての意識で、榴姫は額に手を翳す。
「アリスの物語《ソネット》は……?」
「片付いた。今回は半分ほどこっちでも回収出来たな」
「そう……。ごめん、今回は足手纏いだった……」
榴姫の倒れた側には、フォークロアパークの不思議の国のアリスのアトラクションで限定販売されていた、ハートのブローチが砕け散っている。
「ふん。いいさ……次こそは物語《ソネット》粒子を必ず全回収してみせる」
「アンタ、一々そういうフラグ立てるの止めなって」
「綺羅々ちゃんの気付けポーションがあるよ」
「榴姫はオレ様がサービスセンターに運ぶ」
「そう」
綺羅々の作ったクッキーを鴉に渡しかけたましろが、手を引っ込めた。
アリスのアトラクションには複数の出口があるようで、鴉たちは右の道を曲がって姿が見えなくなる。
「さぁ。ボクらも帰ろうか?それとも他のアトラクションを楽しもうか?ボクとしては疲れたから、今日はもうホテルに帰りたいんだけどな……」
疲れながらも、いつも以上に笑顔を張り付かせて言うましろを待ち構えていたのは、もっとアトラクションを楽しみたいと言いたげな、来夢と綺羅々、林檎の表情だった。
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