7 / 20
5章 王子と小鹿の物語(前編)
しおりを挟む
ましろは林檎を家まで送り届けた後に、猛ダッシュで自転車を漕いでアーバン・レジェンドに戻った。途中、信号で少し急ブレーキをかけた時に小動物が目を覚ます。
「あぁヤダヤダ。なんでボクには幼なじみなんて厄介な人物がいるんだろう……」
『幼なじみ?望月来夢のことかい?』
信号待ちの際、頭を抱えているましろを目にした小動物は、モフモフに埋もれている首を傾げた。
『懐かしいね。君が彼女と一緒に物語《ソネット》狩りをしていたのは中学生の時だったっけ?先輩面してましろをよく指導してたよね。まるで先生みたいだった』
「あの時みたいな面倒事はもうこりごりだよ……」
ましろは来夢がイギリスのロンドンに移動配属された途端、今のように物語《ソネット》が成長する前に退治するという方法に切り替えて仕事をしていた。合わなかった教育法を無理矢理続けさせられた反動だろうか。望月来夢はましろにとっては幼なじみと言うよりは、親や教師じみた苦手な存在でしかない。
「短期配属になったロンドンは妖精やら幽霊やらの物語だらけで、毎日毎日物語《ソネット》狩りに出動させられてた……。あの悪夢が再来するなんて」
世界的に見れば、日本も日本で伝承や民謡など物語《ソネット》が多い地域に入るが、他の国に比べるとそれらは若者の暮らしや人口の減少などの要因で人間の記憶から薄れつつあり、物語《ソネット》自体が展開が弱まるような、現代の子供向けの優しい内容に変えられて伝承されている傾向にある。
「ボクとしてはちょっとだけ物語《ソネット》を狩って、美味しいスイーツが食べられればそれでいいのに」
『でも大きな仕事を解決すれば、本部がましろ専用の報酬として送られてくる珍しい材料で、アーバンや王子が珍しいスイーツを作ってくれるかもよ?』
「でも、今回は大きな物語《ソネット》になる可能性が低かったし、何より彼女がひとりで危険だった」
『それはーーーー、まぁ、今回はましろの判断が正しかったかもしれない。けれど、僕らとしてはましろにはなるべく大きな仕事で粒子を回収したいんだ。それを呉々も忘れないでくれ』
信号が青になる。ましろの声が小さい独り言を気にする人はいない。
『本部の両親も、きっとましろのことを気にして来夢を寄越すように仕向けたんだ。日本のこの御伽《おとぎ》街周辺とイギリスのロンドンじゃ、忙しさが段違いなのにわざわざ優秀な彼女を移動配属させるなんて』
「ほんとに余計なお世話だよ!!」
彼女を自分の隣の部屋にしないよう、一足先に帰ってアーバンに頼み込む為、ましろは猛ダッシュで自転車を漕ぎ続けた。
◇◇◇
「ましろさんの部屋の隣が空いてない、ですって?どういうことですの?」
「すまないねぇ。君がいない間、ウチにもましろくん以外の人材が増えてね」
「紬がましろさんの隣の部屋ですの??」
「いや、紬くんではないよ。紬くんは私の隣の部屋だ」
猛ダッシュで自転車を漕いだ甲斐があり、ましろの思い通り、来夢が隣の部屋になることを阻止できた。ほんの数分前までましろの隣の部屋は空き部屋だった為、危ないところだった。
「あの、そんな目鯨立てないでよ。初対面の人にさ……」
「ーーーー失礼。私としたことが」
ましろが部屋のドアを少し開ける。廊下ではアーバンと来夢、加えて男にしては少し髪が長く、背の高い青年ーーにしては声が少々高いーーが少々揉めていた。ましろがアーバンに来夢が隣の部屋に来るのは拒否したいと伝えると、アーバンはこの青年に頼み込んで部屋をましろの隣に移動してもらったのだ。勿論ましろも部屋の移動に大急ぎで協力した。明日は筋肉痛になるかもしれない。
「初対面でのご無礼、失礼致しました。私はイギリスからこちらへ移動配属となった望月来夢ですわ。私もましろさんと同じく日本人とイギリス人の両親ですの」
「……初めまして。僕は鵜久森」
鵜久森は突然家主のアーバンに怒りながら自分を指差してきたお嬢様らしき人物に、戸惑いながらも自己紹介をして握手を返した。
「と、いうワケだ。彼がましろくんの隣の部屋なんだ。だから諦めてくれないかな」
「……仕方ありませんわね」
少し考え込んでいたが、来夢は革の手袋を嵌めた手でスーツケースを掴んで鵜久森の隣の空き部屋の鍵を開けて入っていった。
◇◇◇
「ありがとう王子ーーーー鵜久森さん」
「出来るだけあの子の前では名前で呼ばないようにね」
ましろの部屋のソファに疲れて項垂れた鵜久森。
鵜久森が部屋を移動する為に出した条件は、親が付けた俗に言うキラキラネームを来夢に名前を黙っておくことだった。
「でもそれは僕とアーバンさんに口止めしただけじゃ、あまり続かないんじゃ……。ほら、まだ買い出しから帰って来てない彼女とか、部屋に籠ってゲームしてる彼女もいるし」
「そこをどうにかして欲しくて君に再度相談してるんじゃないかぁ!」
アーバンは夜のバー経営の為の料理の仕込みがある。今日はこれ以上迷惑をかけれない。アーバンに席を外してもらった矢先に鵜久森が部屋に相談しに来ていた。
「別に良くないですか王子……。王子さまって呼ばれてしまうかもしれないですけど」
「絶対に嫌だ」
鵜久森は拳をテーブルに打ち付ける。ましろは鵜久森がアーバン・レジェンドに来た時を微かに思い出す。確か、あの時も呼び方で揉めた記憶があるが、結局は普通に名前の方で呼ぶ事に落ち着いた。今回はあの時より嫌がり方が尋常でない。流石にお嬢様に「王子さま」呼びされるのはーー
「別によくないですか?」
「君はあの子からそう呼ばれたいって思う?」
王子さま、と来夢に呼ばれる瞬間を想像したましろはガタガタと震える。
「いいえ!ありえません有り得ない」
「だろ!自分の事だと思って真剣に考えてよましろくん!」
一応、鵜久森はましろよりひと学年上で背も高いが、名前の件になると一転し、繊細な心の持ち主になる。ましろは鵜久森との出会いをぼんやりと思い出した。
「ふふ、なんだかあの日と立場が逆転してますね」
「え?」
月影ましろと鵜久森王子と出会ったきっかけは、10月のとある日、ふらりと立ち寄った公園である物語《ソネット》と遭遇したことによるものだった。
「あぁヤダヤダ。なんでボクには幼なじみなんて厄介な人物がいるんだろう……」
『幼なじみ?望月来夢のことかい?』
信号待ちの際、頭を抱えているましろを目にした小動物は、モフモフに埋もれている首を傾げた。
『懐かしいね。君が彼女と一緒に物語《ソネット》狩りをしていたのは中学生の時だったっけ?先輩面してましろをよく指導してたよね。まるで先生みたいだった』
「あの時みたいな面倒事はもうこりごりだよ……」
ましろは来夢がイギリスのロンドンに移動配属された途端、今のように物語《ソネット》が成長する前に退治するという方法に切り替えて仕事をしていた。合わなかった教育法を無理矢理続けさせられた反動だろうか。望月来夢はましろにとっては幼なじみと言うよりは、親や教師じみた苦手な存在でしかない。
「短期配属になったロンドンは妖精やら幽霊やらの物語だらけで、毎日毎日物語《ソネット》狩りに出動させられてた……。あの悪夢が再来するなんて」
世界的に見れば、日本も日本で伝承や民謡など物語《ソネット》が多い地域に入るが、他の国に比べるとそれらは若者の暮らしや人口の減少などの要因で人間の記憶から薄れつつあり、物語《ソネット》自体が展開が弱まるような、現代の子供向けの優しい内容に変えられて伝承されている傾向にある。
「ボクとしてはちょっとだけ物語《ソネット》を狩って、美味しいスイーツが食べられればそれでいいのに」
『でも大きな仕事を解決すれば、本部がましろ専用の報酬として送られてくる珍しい材料で、アーバンや王子が珍しいスイーツを作ってくれるかもよ?』
「でも、今回は大きな物語《ソネット》になる可能性が低かったし、何より彼女がひとりで危険だった」
『それはーーーー、まぁ、今回はましろの判断が正しかったかもしれない。けれど、僕らとしてはましろにはなるべく大きな仕事で粒子を回収したいんだ。それを呉々も忘れないでくれ』
信号が青になる。ましろの声が小さい独り言を気にする人はいない。
『本部の両親も、きっとましろのことを気にして来夢を寄越すように仕向けたんだ。日本のこの御伽《おとぎ》街周辺とイギリスのロンドンじゃ、忙しさが段違いなのにわざわざ優秀な彼女を移動配属させるなんて』
「ほんとに余計なお世話だよ!!」
彼女を自分の隣の部屋にしないよう、一足先に帰ってアーバンに頼み込む為、ましろは猛ダッシュで自転車を漕ぎ続けた。
◇◇◇
「ましろさんの部屋の隣が空いてない、ですって?どういうことですの?」
「すまないねぇ。君がいない間、ウチにもましろくん以外の人材が増えてね」
「紬がましろさんの隣の部屋ですの??」
「いや、紬くんではないよ。紬くんは私の隣の部屋だ」
猛ダッシュで自転車を漕いだ甲斐があり、ましろの思い通り、来夢が隣の部屋になることを阻止できた。ほんの数分前までましろの隣の部屋は空き部屋だった為、危ないところだった。
「あの、そんな目鯨立てないでよ。初対面の人にさ……」
「ーーーー失礼。私としたことが」
ましろが部屋のドアを少し開ける。廊下ではアーバンと来夢、加えて男にしては少し髪が長く、背の高い青年ーーにしては声が少々高いーーが少々揉めていた。ましろがアーバンに来夢が隣の部屋に来るのは拒否したいと伝えると、アーバンはこの青年に頼み込んで部屋をましろの隣に移動してもらったのだ。勿論ましろも部屋の移動に大急ぎで協力した。明日は筋肉痛になるかもしれない。
「初対面でのご無礼、失礼致しました。私はイギリスからこちらへ移動配属となった望月来夢ですわ。私もましろさんと同じく日本人とイギリス人の両親ですの」
「……初めまして。僕は鵜久森」
鵜久森は突然家主のアーバンに怒りながら自分を指差してきたお嬢様らしき人物に、戸惑いながらも自己紹介をして握手を返した。
「と、いうワケだ。彼がましろくんの隣の部屋なんだ。だから諦めてくれないかな」
「……仕方ありませんわね」
少し考え込んでいたが、来夢は革の手袋を嵌めた手でスーツケースを掴んで鵜久森の隣の空き部屋の鍵を開けて入っていった。
◇◇◇
「ありがとう王子ーーーー鵜久森さん」
「出来るだけあの子の前では名前で呼ばないようにね」
ましろの部屋のソファに疲れて項垂れた鵜久森。
鵜久森が部屋を移動する為に出した条件は、親が付けた俗に言うキラキラネームを来夢に名前を黙っておくことだった。
「でもそれは僕とアーバンさんに口止めしただけじゃ、あまり続かないんじゃ……。ほら、まだ買い出しから帰って来てない彼女とか、部屋に籠ってゲームしてる彼女もいるし」
「そこをどうにかして欲しくて君に再度相談してるんじゃないかぁ!」
アーバンは夜のバー経営の為の料理の仕込みがある。今日はこれ以上迷惑をかけれない。アーバンに席を外してもらった矢先に鵜久森が部屋に相談しに来ていた。
「別に良くないですか王子……。王子さまって呼ばれてしまうかもしれないですけど」
「絶対に嫌だ」
鵜久森は拳をテーブルに打ち付ける。ましろは鵜久森がアーバン・レジェンドに来た時を微かに思い出す。確か、あの時も呼び方で揉めた記憶があるが、結局は普通に名前の方で呼ぶ事に落ち着いた。今回はあの時より嫌がり方が尋常でない。流石にお嬢様に「王子さま」呼びされるのはーー
「別によくないですか?」
「君はあの子からそう呼ばれたいって思う?」
王子さま、と来夢に呼ばれる瞬間を想像したましろはガタガタと震える。
「いいえ!ありえません有り得ない」
「だろ!自分の事だと思って真剣に考えてよましろくん!」
一応、鵜久森はましろよりひと学年上で背も高いが、名前の件になると一転し、繊細な心の持ち主になる。ましろは鵜久森との出会いをぼんやりと思い出した。
「ふふ、なんだかあの日と立場が逆転してますね」
「え?」
月影ましろと鵜久森王子と出会ったきっかけは、10月のとある日、ふらりと立ち寄った公園である物語《ソネット》と遭遇したことによるものだった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる