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5章 王子と小鹿の物語(前編)
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ましろは林檎を家まで送り届けた後に、猛ダッシュで自転車を漕いでアーバン・レジェンドに戻った。途中、信号で少し急ブレーキをかけた時に小動物が目を覚ます。
「あぁヤダヤダ。なんでボクには幼なじみなんて厄介な人物がいるんだろう……」
『幼なじみ?望月来夢のことかい?』
信号待ちの際、頭を抱えているましろを目にした小動物は、モフモフに埋もれている首を傾げた。
『懐かしいね。君が彼女と一緒に物語《ソネット》狩りをしていたのは中学生の時だったっけ?先輩面してましろをよく指導してたよね。まるで先生みたいだった』
「あの時みたいな面倒事はもうこりごりだよ……」
ましろは来夢がイギリスのロンドンに移動配属された途端、今のように物語《ソネット》が成長する前に退治するという方法に切り替えて仕事をしていた。合わなかった教育法を無理矢理続けさせられた反動だろうか。望月来夢はましろにとっては幼なじみと言うよりは、親や教師じみた苦手な存在でしかない。
「短期配属になったロンドンは妖精やら幽霊やらの物語だらけで、毎日毎日物語《ソネット》狩りに出動させられてた……。あの悪夢が再来するなんて」
世界的に見れば、日本も日本で伝承や民謡など物語《ソネット》が多い地域に入るが、他の国に比べるとそれらは若者の暮らしや人口の減少などの要因で人間の記憶から薄れつつあり、物語《ソネット》自体が展開が弱まるような、現代の子供向けの優しい内容に変えられて伝承されている傾向にある。
「ボクとしてはちょっとだけ物語《ソネット》を狩って、美味しいスイーツが食べられればそれでいいのに」
『でも大きな仕事を解決すれば、本部がましろ専用の報酬として送られてくる珍しい材料で、アーバンや王子が珍しいスイーツを作ってくれるかもよ?』
「でも、今回は大きな物語《ソネット》になる可能性が低かったし、何より彼女がひとりで危険だった」
『それはーーーー、まぁ、今回はましろの判断が正しかったかもしれない。けれど、僕らとしてはましろにはなるべく大きな仕事で粒子を回収したいんだ。それを呉々も忘れないでくれ』
信号が青になる。ましろの声が小さい独り言を気にする人はいない。
『本部の両親も、きっとましろのことを気にして来夢を寄越すように仕向けたんだ。日本のこの御伽《おとぎ》街周辺とイギリスのロンドンじゃ、忙しさが段違いなのにわざわざ優秀な彼女を移動配属させるなんて』
「ほんとに余計なお世話だよ!!」
彼女を自分の隣の部屋にしないよう、一足先に帰ってアーバンに頼み込む為、ましろは猛ダッシュで自転車を漕ぎ続けた。
◇◇◇
「ましろさんの部屋の隣が空いてない、ですって?どういうことですの?」
「すまないねぇ。君がいない間、ウチにもましろくん以外の人材が増えてね」
「紬がましろさんの隣の部屋ですの??」
「いや、紬くんではないよ。紬くんは私の隣の部屋だ」
猛ダッシュで自転車を漕いだ甲斐があり、ましろの思い通り、来夢が隣の部屋になることを阻止できた。ほんの数分前までましろの隣の部屋は空き部屋だった為、危ないところだった。
「あの、そんな目鯨立てないでよ。初対面の人にさ……」
「ーーーー失礼。私としたことが」
ましろが部屋のドアを少し開ける。廊下ではアーバンと来夢、加えて男にしては少し髪が長く、背の高い青年ーーにしては声が少々高いーーが少々揉めていた。ましろがアーバンに来夢が隣の部屋に来るのは拒否したいと伝えると、アーバンはこの青年に頼み込んで部屋をましろの隣に移動してもらったのだ。勿論ましろも部屋の移動に大急ぎで協力した。明日は筋肉痛になるかもしれない。
「初対面でのご無礼、失礼致しました。私はイギリスからこちらへ移動配属となった望月来夢ですわ。私もましろさんと同じく日本人とイギリス人の両親ですの」
「……初めまして。僕は鵜久森」
鵜久森は突然家主のアーバンに怒りながら自分を指差してきたお嬢様らしき人物に、戸惑いながらも自己紹介をして握手を返した。
「と、いうワケだ。彼がましろくんの隣の部屋なんだ。だから諦めてくれないかな」
「……仕方ありませんわね」
少し考え込んでいたが、来夢は革の手袋を嵌めた手でスーツケースを掴んで鵜久森の隣の空き部屋の鍵を開けて入っていった。
◇◇◇
「ありがとう王子ーーーー鵜久森さん」
「出来るだけあの子の前では名前で呼ばないようにね」
ましろの部屋のソファに疲れて項垂れた鵜久森。
鵜久森が部屋を移動する為に出した条件は、親が付けた俗に言うキラキラネームを来夢に名前を黙っておくことだった。
「でもそれは僕とアーバンさんに口止めしただけじゃ、あまり続かないんじゃ……。ほら、まだ買い出しから帰って来てない彼女とか、部屋に籠ってゲームしてる彼女もいるし」
「そこをどうにかして欲しくて君に再度相談してるんじゃないかぁ!」
アーバンは夜のバー経営の為の料理の仕込みがある。今日はこれ以上迷惑をかけれない。アーバンに席を外してもらった矢先に鵜久森が部屋に相談しに来ていた。
「別に良くないですか王子……。王子さまって呼ばれてしまうかもしれないですけど」
「絶対に嫌だ」
鵜久森は拳をテーブルに打ち付ける。ましろは鵜久森がアーバン・レジェンドに来た時を微かに思い出す。確か、あの時も呼び方で揉めた記憶があるが、結局は普通に名前の方で呼ぶ事に落ち着いた。今回はあの時より嫌がり方が尋常でない。流石にお嬢様に「王子さま」呼びされるのはーー
「別によくないですか?」
「君はあの子からそう呼ばれたいって思う?」
王子さま、と来夢に呼ばれる瞬間を想像したましろはガタガタと震える。
「いいえ!ありえません有り得ない」
「だろ!自分の事だと思って真剣に考えてよましろくん!」
一応、鵜久森はましろよりひと学年上で背も高いが、名前の件になると一転し、繊細な心の持ち主になる。ましろは鵜久森との出会いをぼんやりと思い出した。
「ふふ、なんだかあの日と立場が逆転してますね」
「え?」
月影ましろと鵜久森王子と出会ったきっかけは、10月のとある日、ふらりと立ち寄った公園である物語《ソネット》と遭遇したことによるものだった。
「あぁヤダヤダ。なんでボクには幼なじみなんて厄介な人物がいるんだろう……」
『幼なじみ?望月来夢のことかい?』
信号待ちの際、頭を抱えているましろを目にした小動物は、モフモフに埋もれている首を傾げた。
『懐かしいね。君が彼女と一緒に物語《ソネット》狩りをしていたのは中学生の時だったっけ?先輩面してましろをよく指導してたよね。まるで先生みたいだった』
「あの時みたいな面倒事はもうこりごりだよ……」
ましろは来夢がイギリスのロンドンに移動配属された途端、今のように物語《ソネット》が成長する前に退治するという方法に切り替えて仕事をしていた。合わなかった教育法を無理矢理続けさせられた反動だろうか。望月来夢はましろにとっては幼なじみと言うよりは、親や教師じみた苦手な存在でしかない。
「短期配属になったロンドンは妖精やら幽霊やらの物語だらけで、毎日毎日物語《ソネット》狩りに出動させられてた……。あの悪夢が再来するなんて」
世界的に見れば、日本も日本で伝承や民謡など物語《ソネット》が多い地域に入るが、他の国に比べるとそれらは若者の暮らしや人口の減少などの要因で人間の記憶から薄れつつあり、物語《ソネット》自体が展開が弱まるような、現代の子供向けの優しい内容に変えられて伝承されている傾向にある。
「ボクとしてはちょっとだけ物語《ソネット》を狩って、美味しいスイーツが食べられればそれでいいのに」
『でも大きな仕事を解決すれば、本部がましろ専用の報酬として送られてくる珍しい材料で、アーバンや王子が珍しいスイーツを作ってくれるかもよ?』
「でも、今回は大きな物語《ソネット》になる可能性が低かったし、何より彼女がひとりで危険だった」
『それはーーーー、まぁ、今回はましろの判断が正しかったかもしれない。けれど、僕らとしてはましろにはなるべく大きな仕事で粒子を回収したいんだ。それを呉々も忘れないでくれ』
信号が青になる。ましろの声が小さい独り言を気にする人はいない。
『本部の両親も、きっとましろのことを気にして来夢を寄越すように仕向けたんだ。日本のこの御伽《おとぎ》街周辺とイギリスのロンドンじゃ、忙しさが段違いなのにわざわざ優秀な彼女を移動配属させるなんて』
「ほんとに余計なお世話だよ!!」
彼女を自分の隣の部屋にしないよう、一足先に帰ってアーバンに頼み込む為、ましろは猛ダッシュで自転車を漕ぎ続けた。
◇◇◇
「ましろさんの部屋の隣が空いてない、ですって?どういうことですの?」
「すまないねぇ。君がいない間、ウチにもましろくん以外の人材が増えてね」
「紬がましろさんの隣の部屋ですの??」
「いや、紬くんではないよ。紬くんは私の隣の部屋だ」
猛ダッシュで自転車を漕いだ甲斐があり、ましろの思い通り、来夢が隣の部屋になることを阻止できた。ほんの数分前までましろの隣の部屋は空き部屋だった為、危ないところだった。
「あの、そんな目鯨立てないでよ。初対面の人にさ……」
「ーーーー失礼。私としたことが」
ましろが部屋のドアを少し開ける。廊下ではアーバンと来夢、加えて男にしては少し髪が長く、背の高い青年ーーにしては声が少々高いーーが少々揉めていた。ましろがアーバンに来夢が隣の部屋に来るのは拒否したいと伝えると、アーバンはこの青年に頼み込んで部屋をましろの隣に移動してもらったのだ。勿論ましろも部屋の移動に大急ぎで協力した。明日は筋肉痛になるかもしれない。
「初対面でのご無礼、失礼致しました。私はイギリスからこちらへ移動配属となった望月来夢ですわ。私もましろさんと同じく日本人とイギリス人の両親ですの」
「……初めまして。僕は鵜久森」
鵜久森は突然家主のアーバンに怒りながら自分を指差してきたお嬢様らしき人物に、戸惑いながらも自己紹介をして握手を返した。
「と、いうワケだ。彼がましろくんの隣の部屋なんだ。だから諦めてくれないかな」
「……仕方ありませんわね」
少し考え込んでいたが、来夢は革の手袋を嵌めた手でスーツケースを掴んで鵜久森の隣の空き部屋の鍵を開けて入っていった。
◇◇◇
「ありがとう王子ーーーー鵜久森さん」
「出来るだけあの子の前では名前で呼ばないようにね」
ましろの部屋のソファに疲れて項垂れた鵜久森。
鵜久森が部屋を移動する為に出した条件は、親が付けた俗に言うキラキラネームを来夢に名前を黙っておくことだった。
「でもそれは僕とアーバンさんに口止めしただけじゃ、あまり続かないんじゃ……。ほら、まだ買い出しから帰って来てない彼女とか、部屋に籠ってゲームしてる彼女もいるし」
「そこをどうにかして欲しくて君に再度相談してるんじゃないかぁ!」
アーバンは夜のバー経営の為の料理の仕込みがある。今日はこれ以上迷惑をかけれない。アーバンに席を外してもらった矢先に鵜久森が部屋に相談しに来ていた。
「別に良くないですか王子……。王子さまって呼ばれてしまうかもしれないですけど」
「絶対に嫌だ」
鵜久森は拳をテーブルに打ち付ける。ましろは鵜久森がアーバン・レジェンドに来た時を微かに思い出す。確か、あの時も呼び方で揉めた記憶があるが、結局は普通に名前の方で呼ぶ事に落ち着いた。今回はあの時より嫌がり方が尋常でない。流石にお嬢様に「王子さま」呼びされるのはーー
「別によくないですか?」
「君はあの子からそう呼ばれたいって思う?」
王子さま、と来夢に呼ばれる瞬間を想像したましろはガタガタと震える。
「いいえ!ありえません有り得ない」
「だろ!自分の事だと思って真剣に考えてよましろくん!」
一応、鵜久森はましろよりひと学年上で背も高いが、名前の件になると一転し、繊細な心の持ち主になる。ましろは鵜久森との出会いをぼんやりと思い出した。
「ふふ、なんだかあの日と立場が逆転してますね」
「え?」
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