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第9話 ステータス検証
しおりを挟む握る。
開く。
また握って、それから開く。
「……なに? なんの儀式?」
何かを確かめるように手の開閉動作を繰り返す俺の奇行をさすがに無視できなくなったのか、神様がゲーム機から視線を上げ、訝るように声をかけてきた。
儀式とは心外だな。
これはステータスの上昇が肉体に与える影響を検証するための実験なんだが。
――拠点設営が完了するまで一時間。
神様は暇潰しの手段に困っていないようだが、俺はといえば唐突に手持ち無沙汰になってしまっていた。
どうしたものかと悩んでみた末、ひとつ気になっていたことを実験してみることにしたのだ。
異世界転生を果たして数時間。
実は俺のステータスで一項目だけ飛躍を遂げたものがある。
そうだね。筋力だね。
俺のステータス表示上の筋力は《筋力強化Ⅰ》とレベルアップの向上分を合わせて63から119にまで急成長していたのだ。
ステータスの各能力値がどういった算出法を取られているかは不明だが、二倍という大きな倍率で変化したのならその恩恵は目に見えるものになるだろう。
……そんな推測を立てていたのだが。
「ステータスの変化がどんなもんか検証してるんだ。悪いが気にしないでくれ……んー、あまり変わらんな?」
いつもの自分なら適当なことを言って意味もなく誤魔化している場面。
しかしあいにくと作業中のためうわの空での返答になっている。
というのも予想に反し、ステータス上昇がさほど著しい効能ではなかったせいだった。
よくよく感覚を研ぎ澄ませてみれば力が漲っているような感覚はある。
だが軽い手の運動や手首を握って体感で握力測定をした所感、握力が倍近くになった様子はまるでない。
ステータス計算に謎の係数が存在しているのか、あるいはアビリティが十全に機能していないのか。
渋い結果に眉根が寄っていく。
神様が製作したこの異世界は、アクション要素のあるRPGなどで見かけるダメージ計算にだけステータスが参照されるシステムなのかもしれない。
筋力が倍になったら与えるダメージは倍になるけどゲーム内での動きは特に変わらないよ、といったそんな具合の。
物理法則に囚われない動きの人間とかツッコミどころ満載ではあるので、これもリアリティ志向と言えばそれまでだが。
なんというか、夢のない話だ。
「パワーが倍になるわけじゃないのか……」
「ああ、なるほどね。それなら」
俺のつぶやきに反応して、すべて理解したといった表情の神様が説明しかけたところを手で制する。
「いい、いい。こういうのは試行錯誤してる段階が楽しいからな」
訳知り顔になって解説したかったらしく神様は口を尖らせている。
悪いな、まだまだギブアップには早すぎる。
手探りでシステムを把握して地道に攻略法を編み出していくこの感じは嫌いじゃないんだ。
それに神頼みってのは自力じゃどうしようもなくなった時にするものだしな。
「何か見落としてるのか……?」
確認のためにステータスを開き直すが、数値的にはやはり《筋力強化Ⅰ》は反映されている。
こうなると手詰まりだ。
とりあえず動かせるものを動かそうと、パズルゲーム初心者のような閃きでステータス画面を端から等間隔にタップしていく。
名前、レベル、ステータスの数値までは何もなかったが、スキル欄の「家事:G」に触れたところで新しいメッセージウィンドウが開かれた。
名称:家事
評価:G
【効果】
・炊事、洗濯、掃除などの作業中に器用さ微補正
【隠し効果】
・一部の高度なアーティファクトを使用可能(Gランクのため不可)
内容に目を通してみたが、感想としては微妙の一言に尽きる。
別に器用さを補正されなくてもひと通りの家事をこなすのに困ったことはない。
キャベツの千切りを早く作れるようになったりするのだろうか。
死にスキルとまでは言わないまでも、なかなかに用途不明といえる。
隠し効果にあるアーティファクトによっては評価がひっくり返るかもしれないので、今後情報を集めていく際には気にしておくのもよさそうだなとまとめた。
さて、次はアビリティだ。
スキルに詳細画面があるのならアビリティにもあるのではと至極当然な推測のもとに指を下へ、《獲得EXP増加傾向》に触れる。
名称:獲得EXP増加傾向
種別:複合型
状態:発動中
【効果】
・獲得経験値基礎値に100%のプラス補正
・格下モンスター撃破時の獲得経験値マイナス補正を最大で50%に固定
【隠し効果】
・運命操作によって強化モンスターとの遭遇確率が大幅に上昇(※上位者権限により転生者には認識不可)
・撃破モンスターの総数に応じてポイント獲得量に補正(現在の効果量:+1%)
効果に目を通し終えて、ぽつりとつぶやく。
「うん、悪くはないんじゃないか?」
まずポイントに補正がある点が大きい。
レベル上げを加速させる程度のアビリティと捉えていたので、隠し効果でポイント獲得にも補正をかけてくれるのは嬉しい誤算だった。
今のところポイントは支援物資による補給やアビリティ獲得による自己強化など、異世界生活を送るうえで生命線となるだけのポテンシャルがある。
この不足がちなリソースを通常より早い手段で回復できるだけでも使いでのあるアビリティといえる。
気にかかるのはやはり、肝心の補正値が非常に低いものであることか。
討伐総数に応じて補正値が変化するようなので先々に役立ってくれれば十分ではあるが、拠点設営により大きく吐き出してしまった直後の現状、やはり早急に持ち直したいと考えてしまう。
また一角兎を倒して比較して、ポイントが三から四に上がってくれているといいんだがな。
あと言及が遅れてしまったが、本体の経験値加速も思ったよりは悪くなかった。
EXPは狩場で効率的に稼げれば補正の有無はあまり関係ないなどと身も蓋もないことを言わないのであれば、常時発動とゆるい条件ながら高倍率のプラス補正、そしてマイナス補正の下限設置はこの手のスキルなら概ね満足のいく性能ではなかろうか。
転生直後、初めて見た時は残念臭を漂わせていたが思ったより役立ってくれそうなチートだ。
評価を改めながら《筋力強化Ⅰ》のウィンドウを開いて、つい苦い笑みを浮かべてしまった。
状態は「停止中」だった。
……いや、状態の項目があると判明した時点で、もしかしてとは思ってたけどさ。
とりあえず文句よりも検証だと、状態の欄を操作して「発動中」に変更する。
瞬間、重力が消えたと錯覚した。
身体が異様に軽く、手首を軽く握っただけでミシリと音を立てる。
試しに椅子を持ち上げてみれば確かな重量があったはずのそれは、まるで材質が空気程の質量のものと入れ替わったかのように軽々と持ち上がってしまう。
なるほど、これが「筋力が倍になる」感覚か。
瞬く間に作り替えられた自分の肉体に内心戦慄しながら、神様にスッと非難の矛先を向ける。
「……神様や、これ不親切じゃないか? 取得直後のアビリティは機能しない仕様とはさ」
つまり《筋力強化Ⅰ》のアビリティはあのままでは無効だったのだ。
有効にするにはスキルツリーからアビリティを解放してからステータス画面にまで戻って詳細を開き、状態を「発動中」に直す手間が必要だったらしい。
不親切すぎるだろ。
「言いたいことはわかるけどね。事故防止の一環でそういうふうにしてるんだよ」
やれやれといった感じの神様。
俺は不穏な響きに眉間にシワを寄せた。
アビリティを取得することで事故につながるとはどういう状況だろうか。
「……安全意識が高くて好感が持てるな。まさか取ることがマイナスになる罠アビリティがあるのか?」
「いや全然。そんなことはないよ」
「……………………」
あっけらかんとした返答に無言で先を促す。
「ほら、ポイントが増えるのはモンスターを倒したタイミングでしょ? それで戦闘直後って気がゆるむって言うじゃんか? でね。昔の転生者がさ、大きな竜に変身するアビリティを考えなしにその場で取得しちゃって、周りにいた仲間を押し潰すっていう笑うに笑えない事故を起こしたんだよ」
……なるほどな、それを受けての仕様変更か。
何代前かは知らないが間抜けな転生者もいたもんだ。
「あぁ、それは……ご愁傷様って感じだな。で、その対策にダブルチェックってわけか」
「そ。正直このくらいの対策なら変わらずに、やらかすヤツはやらかすと思うんだけどねぇ」
その後、過去の転生者の記憶に残る失敗をおかしそうに語る神様に相槌を入れたり、残ったポイントの活用先の見当をおおまかにつけたりして過ごした。
西日が通らない森の中、カノンが戻ってきたのはやや薄暗さが気になり始めた頃合いのことだ。
「お待たせしました。拠点の建築が完了致しましたので、お二人をご案内させていただきます」
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