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第1話 神は言った、オマエは死んだと

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 神は言った。
 オマエは死んだと。
 
「後悔とか、やり残しとか、いろいろあるだろうけどおとなしく受け入れてよね。面倒だからさ」

 覚えているのは悲鳴と轟音。
 背後から迫る大型トラック。
 バックミラー越しに状況を把握した次の瞬間には視界が暗転してここにいた。
 
 死んだというならあれで死んだのだろう。
 言いたいことはあるが、俺にできるのは暴走トラックの運転手に妥当な裁きが下されるように祈るだけだ。

「最近はもういそがしくていそがしくて。ボクが日に二時間も仕事してるなんて、ちょっとした大異変だよ!」

 なにに祈るといえば神にだが、目の前でだいぶ適当なことを抜かしてるそこのちっこいのが神様らしい。
 ダボついた服のだらしなさが目につく小学生くらいに見える女の子だ。
 
 祈っても夕飯のおつかいくらいのことしかやってくれそうにない。
 通りで神は死んだとか言われるわけだ。

「人間は転生させるのにもあれこれ注文つけてきて……ムカつくよね。だからさ、もう何も聞かないで虫とかにしてるんだ最近は。虫なら『次は富豪の親元に生まれさせてください』とか好き勝手に言わないもんね!」

 ……なんだろうな、なんで俺は見た目幼女の神様に愚痴られているんだろう。
 俺視点で今の状況は「ごめん。このままだと虫にするけど、どうする?」と虫にされることが確定的なにっちもさっちもいかない状況だ。
 ここで「虫にするのはそちらの勝手ですけど、わざわざそれを俺に伝える必要ってありますか?」と迂闊うかつにもツッコんだが最後、虫にされてしまうのだろう。
 だがツッコまなくても虫である。クソが。
 
「虫にするくらいなら無視してここにいさせてくれ」

 諦めたので俺はダジャレをぶっこんだ。
 実は神様のギャグセンスがおっさん並みだったためバカウケし、飲み屋で下世話な話で意気投合したおっさんが実は親会社の社長で、コネによって一躍社内では一目置かれる立場に!? とかなんかそんなオイシイ展開になることを望んだとかでは一切なく、むしろこのクソつまらんギャグで不快になってほしかった。
 と、容疑者は語っており――。

 しかし神様はといえば丸い顔をぽかんとさせていた。
 ややあって得心したように頷いてみせたが、それほど不快になった様子は認められない。
 突然クソを投げつけることで不快にさせようしたのだが、こちらの狙いは不発に終わってしまったか。
 
「???? あぁ、君たちの言葉の駄洒落だじゃれか。なんていうかな……お寒いヤツだね」

「ほっとけ。で、どうしろと」

 ぶっきらぼうに用件を問うた。
 あいにく無神論者の俺にとって神様に対する初期好感度は高いものではない。
 それに、ここでご機嫌取りのために敬語を使ったところで転生先がゴキブリからホタルになる程度なら、幼女相手に頭を下げることへの屈辱が勝ったのだ。
 俺は頭の軽そうな言動はよくするが人一倍プライドは高いクソみたいな性格を自負している。
 
「プライドは高いのにオヤジギャグに躊躇いがないのはクソじゃない? 反応が悪いと機嫌悪くなるんでしょ?」と電波が飛んできたが気のせいだろう。
 それに先ほどのはウケ狙いではなく神様の気分を害するためなので、むしろ反応が良かった方が期待外れである。
 
「だから、ボクは神なんだってば」

「…………ん?」

 憮然とした態度を貫くつもりだったが、神様のちんぷんかんぷんな返答に思わず首をかしげてしまった。
 会話をいくつかすっ飛ばしてしまったような奇妙な感覚に襲われる返答だが…………あ。

 まさか「ほっとけ」で仏か?
 くっだらねぇ。
 
「あぁうん。それで、神様は俺にどうしろとおっしゃられてるのでしょうか?」

 投げやりな口調で改めて訊ねてみる。
 気の抜けたやり取りのせいで肩肘張るのが面倒になったのだ。
 しかし神様の顔にもまた「面倒だな……」とデカデカ書かれている。
 なんでわかんないんだよ、とでも言いたげな表情にかえりみるが思い当たる節はない。

「だからさぁ……あれ? オタク君のくせに君、これが異世界転生の前フリって伝わってないの?」

 …………いやちょっと思ったは思ったけど。
 むしろ定番すぎてまっさきに浮かんだことだけど。
 虫にされるかどうかの瀬戸際でなろう系のノリを持ち出せるほど怪物じゃねえんだよ俺は。
 
 けどそういうことなら話は別だ。
 片膝をついて顔を伏せ、うやうやしくかしずきながら全霊で忠節をアピールする。
 
「神様、これまでの無礼の数々をお許し下さい! 私めはたった今からあなた様の忠実なる下僕にございます! 魔王の討伐なり、対立する邪神の尖兵の抹殺なり、なんなりとお申し付けください!」

 プライドはなかった。

「うわあ、急に媚びてきたね。浅ましいなぁ……」

 呆れたような声音だが気にすることはない。
 異世界転生といえば約束されたサクセスストーリー。
 クラスの陰キャボッチが出会うSランク美少女に惚れられながら、やれやれまた僕なんかやっちゃいました? と貰い物のチートで無双し始める男の夢そのものだ。
 安易な展開を嫌う人もいるだろうが、俺の属性は年齢イコール彼女いない歴のおっさん。
 現実的に女をはべらすなら大金を積んで吉原に行くしかなく、そんな俺がナデポ系チーレムなろう主になれるのなら鼻先にニンジンぶらさげられた馬のごとく全力で媚びへつらうことを厭わない。

 プライドはなかった。

「……ま、特別難しいことをしろってわけじゃない。最近急激に魂が増えてボクの仕事が増えてね。そこでゲームを参考に、魂を経験値に変換して器の拡張レベルアップで消費する仕組み――余分な魂を転生させることなく処理する世界を創ったんだ、要は」

「なるほど、では程々にその世界で暴れることをお望みということでしょうか?」

 超速理解によって先読みする。
 この程度の話はなろうを漁った者ならば一を聞いて十を知るのも難しくはない。
 あっさりと理解してしまったせいか、説明することがなくなったようで神様は拍子抜けした声音になる。

「うん、はい、そういうことです(態度が露骨で気持ち悪いな)。お約束のチートもあるけど、なにか欲しいのある? ほどほどのやつでね」

 ほどほどか、難しいな……。
 核爆弾級の魔法を使える超魔力、レベル999でブッ壊れステータス、そんなわかりやすくて頭の悪い無双をしてみたかっただけに答えに詰まる。
 しかし時間をかけて機嫌を損ねるのも厄介だ。
 ここはパッと考えついたものにしよう……。

「では――チェーンソーを擬人化した姿に変身して戦えるようにお願いできないでしょうか? 私、主人公がそのようにして戦うコミック作品のファンでして、あのように暴れられたら爽快だろうと夢に見ておりました」

 何を隠そう俺はオタクだ。
 当然流行りの作品は抑えているし、大手週刊誌の連載漫画は一話から目を通している。
 俺はチェンソーマン――主人公の悲惨な境遇に共感して涙していたところ、ゾンビ相手に大⭐︎虐⭐︎殺を始めた一話でガッツリ心を掴まれた。
 条件的にも一部終盤以降はともかくとして、不完全な不死身性とまあまあな攻撃力、超人的ではあるがオーバーすぎない身体能力と、ほどほどの範囲内といえるのではないだろうか。
 結局よく分からなかった概念系特殊能力についてもあの作品外の世界であれば実用性は皆無だろう。
 
「あぁ! あれね、ボクも見てたよ」

 なんと、神様も知っているらしい。
 天界にまで名が轟くとはさすが天下の集英社。

「デビルマンの系譜っていうのかなぁ、救いのなさがいい塩梅の作品だよねぇ」

 講談社も知っていたらしい。
 何か議論を呼びかねない怪しい発言的にネットフリ〇ックスも知ってるのかもしれない。
 別に俺は起源が何とか気にしないのでさておくが、それにしても人間の作り上げたサブカルチャーに好意的なようだし、なんだかんだ俺のことはチートありで異世界転生させてくれるっていうし、なんだ神様っていいやつじゃん!

 

「――でも、アニメと二部は駄作だったね!」

 あ゛あ゛ん゛?

 
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