【完結済】敗者の街 ― Requiem to the past ―

譚月遊生季

文字の大きさ
上 下
26 / 92
第1章 Rain of Hail

25. 因縁

しおりを挟む
 向き合う時が訪れたのだと、俺にだってわかってはいた。
 ……それが終わりに繋がると分かっているからこそ、先に進みたくない気持ちが胸に広がっていく。

「……それにしても、何なんだ?このサイト」

 ロバートから言われたことを自分なりに文字に起こし、掲示板に書き込むことにしたのは俺の独断だった。
 こっちの世界とロバートを切り離さないための策だったが……レスでなくデータ自体に書き込みがあったり、ついたレスに訳のわかんないことが書いてあったりした挙句、最近はサーバーのエラーでまともに書き込めない。ここまで来ると怖さを通り越して笑えてくる。

 以前メル友から教えて貰ったその掲示板は、都市伝説やらなんやらについて書き込むだけの過疎ったサイト。そして、その教えたメル友こそが「キース・サリンジャー」なんだが……どうやら、そういった人物本人は実在しないらしい。

 困り果ててカミーユにメールを送ると、『大丈夫?弟くんは私が見てるから安心してね』という内容。あからさまにごてごて飾られた絵文字をやめる気はないらしい。

「安心はできねぇけど、いないよりは……」
『いつまでネカマやってんだって突っ込んでくれない!?』
「序盤から知ってたからな……」
『えっ、なんで?捨て身でパリの女子大生ノエル(19歲)って設定つけてたんだけど!?』
「コンタクトきたあたりで、こりゃアラサーの男だな……って思ってた」
『ごめん。僕アラフォーなんだ』

 おい、話題逸らしてんじゃねぇぞオッサン。未だに初恋引きずってる俺を釣ろうとか百年早いし、そもそもネット恋愛絡みの経験なんざ焦土しか残ってねぇよ。

「メル友の方のキースって誰」
『キース・サリンジャーって概念のうちの誰かじゃないかな!』

 だからテキトーなこと言ってんじゃねぇぞネカマ。幽霊に4体憑依されてる系の話はこの際信じる。てか有り得る。

『僕の聞きたいことに答えたら、教えてあげる』
「……どんな?」

 文面から絵文字が消えて、ぞわっとした。中味がどろどろに腐ってると分かりながら、古びたビン詰めの蓋を開けざるを得ないような、そんな予感がした。

『ロバートくんって、君から見てどんな子?鈍感だと思う?』

 やっぱりな。

「…………あいつは、色々敏感だよ。だからタチが悪い」
『どういうこと?』
「息をするように嘘をつくんだよ。自分にもだ。見えてるくせに、見えてないって思うのに慣れてやがる。辻褄合わせるための思い込みにも慣れやがった。いつもそうやって現実から逃げてんだよ」

 やり切れない嫌悪を文章にぶつける。3割はロバート、7割は俺に当ててのものだ。
 俺は自覚しててなお、引きこもって逃げてんだから、積極的に動くロバートの方が断然マシだ。

『そう。まあ仮に君が来たとしても足手まといだし、引き続き「外側」でロバートくんのサポートをしてあげてよ』

 分かってんだよ。俺はいつでも足手まといだ。

「……それくらいしかできねぇし」
『はぁ?大事な役目なんだけど。卑下しすぎるとむしろ失礼にもなるってわかって言ってる?』

 くそ、ネカマ釣り師に礼儀を説かれた……。
 悔しいが、今は拗ねてる場合じゃない。

「……で、キース・サリンジャーって誰」
『最初に君とメールしてた方は、僕の弟。友達が欲しいって言うから、たまに僕も手伝って文面(設定もかな)作ってた。メールしてる横で興味ありそうにしてたから、つい(僕の弟可愛いから仕方ないよね!)』

 なるほどな。ネカマしつつランダムにSkipeチャット突撃して、釣った相手を弟に紹介してたと。悪趣味だなこいつ。

『本名でやらせるのは心配でさ……。あの子純粋でほんと天使だから。でも友達欲しいって言われたら断れなくない?』

 聞いてねぇよ。ネカマでブラコンで呪われた噂持ってる絵描きで幽霊に取り憑かれてるドMとか一人で盛りだくさんすぎるだろ。

「……じゃあ、殺されるかもってメール送ったのもそいつか」

 途端に、ポンポンと連続してた返信が遅れた。
 数分後、返ってきた答えは、

 ……シンプルな、その答えは、

『それを送ったのは、ローランドくんだよ』

 背後に、気配を感じる。……懐かしい、いや、いつも頼りにしてる気配。

「……ロッドって、いつも呼んでるじゃないか」

 悲しげな声。

「……なぁ……いつまで苦しめる気だよ。いつまでお前らは……」

 モニターに光が反射して、血塗れの青年がボサボサとした黒髪のすぐ背後に浮かび上がる。
 俺たちは、決して「巻き込まれた」わけじゃない。
 これまで場外にいたのは、見逃されていたからだ。

「俺も最初、キース・サリンジャーとして迷い込んだんだよ。一番「コルネリス」に近かったかもな。だって、俺は……」

 血塗れの手が、肩に置かれる。

「……あれ?どうしたのロッド。俺のこと呼んだ?」

 ケロッとした表情で、兄さんは「また」何事も無かったかのように話し出した。
 つい安堵してしまいながら振り返ると、軍服は真新しく、目立った汚れも見当たらない。

「…………なぁ、兄さん。兄さんは……俺らのこと、憎んでる?」
「え?何で?みんな大事な兄弟だよ?」
「……だよな……そう、だよな」

 ああ、「その兄さん」なら、そう言うだろうよ。
 ……いつかの絶望を思い出す。ロバートも見たあの慟哭に幾度か触れた時点で、俺は、固く蓋を閉ざすことに決めた。
 痛みに触れる覚悟も、苦しみを直視する勇気も俺にはなかった。……救う手段を持たない俺には、何もできやしなかった。

 携帯の着信音が鳴る。
 ……ロバートからだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲

幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。 様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。 主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。 サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。 彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。 現在は、三人で仕事を引き受けている。 果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか? 「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

悪魔の家

光子
ホラー
バス事件に巻き込まれた乗客達が、生きて戻れないと噂される悪魔の森で、悲惨な事件に巻き込まれていくーー。  16歳の少女あかりは、無事にこの森から、生きて脱出出来るのかーー。  辛い悲しい人間模様が複雑に絡み合うダークな物語。

月影の約束

藤原遊
ホラー
――出会ったのは、呪いに囚われた美しい青年。救いたいと願った先に待つのは、愛か、別離か―― 呪われた廃屋。そこは20年前、不気味な儀式が行われた末に、人々が姿を消したという場所。大学生の澪は、廃屋に隠された真実を探るため足を踏み入れる。そこで彼女が出会ったのは、儚げな美貌を持つ青年・陸。彼は、「ここから出て行け」と警告するが、澪はその悲しげな瞳に心を動かされる。 鏡の中に広がる異世界、繰り返される呪い、陸が抱える過去の傷……。澪は陸を救うため、呪いの核に立ち向かうことを決意する。しかし、呪いを解くためには大きな「代償」が必要だった。それは、澪自身の大切な記憶。 愛する人を救うために、自分との思い出を捨てる覚悟ができますか?

花嫁ゲーム

八木愛里
ホラー
ある日、探偵事務所を営む九条アカネに舞い込んできた依頼は、「花嫁ゲーム」で死んだ妹の無念を晴らしてほしいという依頼だった。 聞けば、そのゲームは花嫁選別のためのゲームで、花嫁として選ばれた場合は結婚支度金10億円を受け取ることができるらしい。 九条アカネが調査を進めると、そのゲームは過去にも行われており、生存者はゼロであることが判明した。 依頼人の恨みを晴らすため、九条アカネはゲームに潜入して真相を解き明かす決意をする。 ゲームの勝者と結婚できるとされるモナークさまとは一体どんな人なのか? 果たして、九条アカネはモナークさまの正体を突き止め、依頼人の無念を晴らすことができるのか? 生き残りを賭けた女性たちのデスゲームが始まる。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

ラヴィ

山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。 現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。 そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。 捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。 「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」 マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。 そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。 だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。

きらさぎ町

KZ
ホラー
ふと気がつくと知らないところにいて、近くにあった駅の名前は「きさらぎ駅」。 この駅のある「きさらぎ町」という不思議な場所では、繰り返すたびに何か大事なものが失くなっていく。自分が自分であるために必要なものが失われていく。 これは、そんな場所に迷い込んだ彼の物語だ……。

処理中です...