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第4章 Interest and Step
44. side: Levi
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ポール・トマの半身はオリーヴ・サンダースに呼ばれ、立ち去った。
「さて……どうなることやら」
ロナルド・アンダーソンは少しばかり回復したのか、人型らしき影となって俺に話しかけてくる。
「過ちは正すべきだ」
……と、凛とした声が背後から響く。
隻腕姿となった金髪の男が、ふらふらと現れた。
「……コルネリス・ディートリッヒ」
黒い影が切断面に集まり、再び腕の形を成す。
動きを確かめるように手を握りしめ、彼は再び口を開いた。
「僕はかつて、大きな過ちを犯した。君も、よく知っていることだ」
「……ああ。そうだ。そのことで、俺が貴様を赦すことはない」
かつての痛みが、一瞬、灼きつくように蘇る。
ロナルド・アンダーソンは俺の憎悪に呼応するように、不気味な笑みを浮かべた。……顔のない姿だが、わらっているのだけはよく分かる。
「私のことも、赦す気はないだろう?」
「……わざと言っているのか?」
人影が、大きく手を拡げる。
既にまともな人の形状を成していないというのに、ロナルド・アンダーソンは余裕を崩さない。
「ああ、そうだ。私は成り行きで此処にいるけれど、改心した覚えも善を成すと誓った覚えもない」
「……いつも通りで何よりだ。反吐が出る」
俺が吐き捨てると、コルネリス・ディートリッヒも不快そうに眉をひそめる。
茶色の視線がロナルド・アンダーソンから逸らされ、俺の方を見た。
「僕は、早急に過ちを正すべきだと思う。……そこの変態も、いずれはどうにかするべきだ」
「可愛いことを言うね……。知っているだろう? 私はね、純粋なものを穢すことに悦びを感じるんだ」
そろそろ殴っても構わないだろうか。
……ああ、いや、殴ったところでもう実体はないのだったな……。
「気色悪いことを言わねば死ぬのか、貴様は」
「もう死んでいるよ」
「そうだったな……よく喋る死体だ」
口の減らない男だ。さすがは、何度死や破滅を味わっても「懲りる」ということを知らない外道と言える。
こうなれば、侮蔑も一周回って尊敬に値するような気さえする。錯覚だろうが。
「ワタシは、静観させていただきます」
「……!」
……と、響き渡った声に、ロナルド・アンダーソンは一瞬にして大人しくなった。
普段からこうであれば良いものを……。
ともかくだ。今はロナルド・アンダーソンに構っている暇はない。
声の主……エリザベスに、向き直る。
「過ちだと断ずるには早計です。彼もまた信念を持つ魂……」
昏い瞳の女は、囁くような、それでいてはっきりとした不思議な声音で語る。
「レヴィ。ワタシは、アナタがアナタの信念によってシレイ・イヌガミの信念を打破することを望みます」
「……それは、『母親』としてか」
「……それが、ワタシの信念というだけのことです」
アンドレア・ハリスは自らの苦痛の原因となった両親を許さず、深く関わらない道を選んだ。
彼女の選択も間違っていない。……けれど、俺の……あくまで「レヴィ=エルダー・アダムズ」個人としての願いは、彼女とは違う。
対話を求める気持ちは、未だ、胸の内にて燻ぶっている。
だが、忘れてはならない。
俺に与えられた「祭祀」としての役割は、決して、「権利」などではないのだと。
俺もまた、贖罪を行うべき「罪人」であるのだと……。
「俺はより善い未来を求めた。悪意を持って悪を滅ぼし続けるやり方に、未来はない」
コルネリス・ディートリッヒと同じだ。
俺達は、自らの手を血で染めなければ、気付くことができなかった。
復讐に堕ち、憎悪に身を委ねた果てに、新たな犠牲者がいたことに気付かなければ……
俺は、今でも憎悪を撒き散らす怪物でいただろう。
今、この「街」を騒がせている少年のように。
「ロバートに連絡を取る」
「イオリに助力を頼むのか?」
コルネリス・ディートリッヒの問いには、静かに頷く。
「彼女にも、頼ることにはなるだろう」
「……『も』? 他にも宛があると?」
かつて。
その優しさゆえに身を滅ぼした青年がいた。
優しさゆえに、犬上四礼は彼に力を与え、優しさゆえに、彼はそれを受け容れてしまった。
「ブライアンだ」
彼はまだ、本来背負うべきでなかった罪と、癒えない疵を抱えている。
「彼も、過去と決着をつけるべきだろう」
「……ブライアン……カミーユの弟か」
「ああ。……俺の、数少ない友人でもある」
コルネリス・ディートリッヒは思案する素振りを見せたものの、「君の指示に従うよ」と引き下がる。
その様子を見、再びロナルド・アンダーソンが口を開いた。
「キース、君の言いたいことはわかるよ。呑まれやすい彼を呼ぶことのリスクを考えているんだね。私に任せてもらえたら、『保護』してあげても──」
「貴様は黙っていろ」
「酷い言いようだね。私に信用がないからと言って、リスクが存在するのは事実だろう?」
「ロナルド。黙りなさい」
「……。……まあ、エリーがそういうのなら……」
「ロナルド」
「はい」
……しかし、不思議なこともあるものだ。
なぜ、こいつは母さんの前では大人しくなる……?
「さて……どうなることやら」
ロナルド・アンダーソンは少しばかり回復したのか、人型らしき影となって俺に話しかけてくる。
「過ちは正すべきだ」
……と、凛とした声が背後から響く。
隻腕姿となった金髪の男が、ふらふらと現れた。
「……コルネリス・ディートリッヒ」
黒い影が切断面に集まり、再び腕の形を成す。
動きを確かめるように手を握りしめ、彼は再び口を開いた。
「僕はかつて、大きな過ちを犯した。君も、よく知っていることだ」
「……ああ。そうだ。そのことで、俺が貴様を赦すことはない」
かつての痛みが、一瞬、灼きつくように蘇る。
ロナルド・アンダーソンは俺の憎悪に呼応するように、不気味な笑みを浮かべた。……顔のない姿だが、わらっているのだけはよく分かる。
「私のことも、赦す気はないだろう?」
「……わざと言っているのか?」
人影が、大きく手を拡げる。
既にまともな人の形状を成していないというのに、ロナルド・アンダーソンは余裕を崩さない。
「ああ、そうだ。私は成り行きで此処にいるけれど、改心した覚えも善を成すと誓った覚えもない」
「……いつも通りで何よりだ。反吐が出る」
俺が吐き捨てると、コルネリス・ディートリッヒも不快そうに眉をひそめる。
茶色の視線がロナルド・アンダーソンから逸らされ、俺の方を見た。
「僕は、早急に過ちを正すべきだと思う。……そこの変態も、いずれはどうにかするべきだ」
「可愛いことを言うね……。知っているだろう? 私はね、純粋なものを穢すことに悦びを感じるんだ」
そろそろ殴っても構わないだろうか。
……ああ、いや、殴ったところでもう実体はないのだったな……。
「気色悪いことを言わねば死ぬのか、貴様は」
「もう死んでいるよ」
「そうだったな……よく喋る死体だ」
口の減らない男だ。さすがは、何度死や破滅を味わっても「懲りる」ということを知らない外道と言える。
こうなれば、侮蔑も一周回って尊敬に値するような気さえする。錯覚だろうが。
「ワタシは、静観させていただきます」
「……!」
……と、響き渡った声に、ロナルド・アンダーソンは一瞬にして大人しくなった。
普段からこうであれば良いものを……。
ともかくだ。今はロナルド・アンダーソンに構っている暇はない。
声の主……エリザベスに、向き直る。
「過ちだと断ずるには早計です。彼もまた信念を持つ魂……」
昏い瞳の女は、囁くような、それでいてはっきりとした不思議な声音で語る。
「レヴィ。ワタシは、アナタがアナタの信念によってシレイ・イヌガミの信念を打破することを望みます」
「……それは、『母親』としてか」
「……それが、ワタシの信念というだけのことです」
アンドレア・ハリスは自らの苦痛の原因となった両親を許さず、深く関わらない道を選んだ。
彼女の選択も間違っていない。……けれど、俺の……あくまで「レヴィ=エルダー・アダムズ」個人としての願いは、彼女とは違う。
対話を求める気持ちは、未だ、胸の内にて燻ぶっている。
だが、忘れてはならない。
俺に与えられた「祭祀」としての役割は、決して、「権利」などではないのだと。
俺もまた、贖罪を行うべき「罪人」であるのだと……。
「俺はより善い未来を求めた。悪意を持って悪を滅ぼし続けるやり方に、未来はない」
コルネリス・ディートリッヒと同じだ。
俺達は、自らの手を血で染めなければ、気付くことができなかった。
復讐に堕ち、憎悪に身を委ねた果てに、新たな犠牲者がいたことに気付かなければ……
俺は、今でも憎悪を撒き散らす怪物でいただろう。
今、この「街」を騒がせている少年のように。
「ロバートに連絡を取る」
「イオリに助力を頼むのか?」
コルネリス・ディートリッヒの問いには、静かに頷く。
「彼女にも、頼ることにはなるだろう」
「……『も』? 他にも宛があると?」
かつて。
その優しさゆえに身を滅ぼした青年がいた。
優しさゆえに、犬上四礼は彼に力を与え、優しさゆえに、彼はそれを受け容れてしまった。
「ブライアンだ」
彼はまだ、本来背負うべきでなかった罪と、癒えない疵を抱えている。
「彼も、過去と決着をつけるべきだろう」
「……ブライアン……カミーユの弟か」
「ああ。……俺の、数少ない友人でもある」
コルネリス・ディートリッヒは思案する素振りを見せたものの、「君の指示に従うよ」と引き下がる。
その様子を見、再びロナルド・アンダーソンが口を開いた。
「キース、君の言いたいことはわかるよ。呑まれやすい彼を呼ぶことのリスクを考えているんだね。私に任せてもらえたら、『保護』してあげても──」
「貴様は黙っていろ」
「酷い言いようだね。私に信用がないからと言って、リスクが存在するのは事実だろう?」
「ロナルド。黙りなさい」
「……。……まあ、エリーがそういうのなら……」
「ロナルド」
「はい」
……しかし、不思議なこともあるものだ。
なぜ、こいつは母さんの前では大人しくなる……?
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