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第2章 Pray for Visit

20.「殺人デザイナー」

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「死者から生者への干渉はダメなんじゃなかったの!?」

 あたしのツッコミに、レニーは苦笑しつつ答える。

「こいつの場合、色々超越ちょうえつしてるからな」

 その言葉に、ノエルも頷く。

「……そうね……レオ様に人間の理屈は通用しないわ」 
「どういうことなの!?」

 よく分からないけど、状況が混沌としてきたのは分かる。
 まさかここ、変な人たちしかいないの……!?

「そう……レオ様は、人の身でありながら神の域に近付いてる」 

 ぽっと頬を染め、ノエルはうっとりと呟く。
 その姿は、まるで恋する乙女のよう。

「頑張って耐えたら、褒めてもらえるかしら」
「おいおい、ほんとにレオで良いのかよノエル。ソイツどっちかって言うと不潔だろ」
「人間をやめてしまえば、汚いなんて概念すらなくなるわ」
「…………そ、そんなモンかねぇ?」

 レニーもついていけなくなってきたらしい。
 マノンは黙って様子を見ていたけど……やがて、表情を嫌悪に歪ませ、

「気持ち悪い」

 吐き捨てるように言った。

「あんたみたいなのが、愛を語る? 笑わせないでよ」

 その言葉に、ノエルは弾かれたようにマノンへと掴みかかり……がくりと膝を折った。
 途端に姿が変わり、先程よりも筋骨隆々な、せた金髪の男が現れる。

「怒っちまったっぽいし、帰ってきたぜ」

 まだ頭から血を流しつつ、レオナルドはケロリと言い放った。



 ***



 マノンはまだ納得していないみたいだけど、レニーやキースにたしなめられて渋々拳を下ろした。
 ノエルは危険だからと、まだレオナルドの意識の奥に閉じ込められたままらしい。

「……私も熱くなりすぎたね」

 マノンは大きくため息をつき、目を伏せる。

「友達について、聞きたいことがあったのに……ついついカッとなっちゃったし」

 自嘲気味に、マノンはレニーの方へと笑いかけた。

「付き合ってもらっちゃってごめん」
「……ま、どうせボコボコにされて当然の人殺しどもだ。憂さ晴らしになったんなら何よりだぜ」

 やれやれと首を振りつつ、レニーはふっと真面目な表情をつくる。

「でもよ、『カマ野郎』は良くねぇぜ。アイツは確かにどうしようもねぇクズだが……それなりに色々悩んで生きて死んだんだ」
「……でも、罵られて当然のクズでしょう?」
「まあ、そうさな。だが、その罪にアイツの性別は関係がねぇ。……許してやれとか、理解しろとは言わねぇがよ」

 マノンは納得できなさそうに、「……そう」と呟く。
 どんな事情があれ、マノンは被害者で、ノエルは加害者だ。マノンの気持ちも、何となくわかる。
 だけど、それでも侮辱してはいけない部分がある……というのも、分からなくはない。

「お? ノエルちゃんは結局女のコ?」
「てめぇの頭じゃ理解できねぇだろうが、その認識で頼むぜ」
「へーい」
「……何はともあれ、落ち着いたみたいで何よりだ」

 兄弟は呑気に語らい、キースはその横でため息を漏らしている。

「……ちょっと疲れちゃった。他に部屋とかはない?」 

 マノンは大きく深呼吸をし、きょろきょろと辺りを見回す。

「教会のつくりを真似てんだから、あるだろうな」
「わかった。適当に休ませてもらおうかな」
「おうよ。レオ……は、寝てんのか。ま、エリザベスが見張ってるはずだし、一人でも問題ねぇだろ」
「それでいいよ。……むしろ、一人になりたい」

 マノンが部屋を去り、私達はその後を見送る。レオナルドはレニーの言う通り、長椅子の上でいびきをかいていた。

 ……と、教会の隅で、影が動く。息を殺していたのか、その派手な外見に今まで気が付かなかった。
 一人の青年が、壁際にうずくまっている。年齢は分からない。
 青い髪に、赤色のメッシュ。耳にはいくつものピアスがつけられていて、唇にも二つほどピアスがある。瞳の色は、サングラスで覆われていて不明。
 ジャケットの下から覗く胸元には、タトゥーのような模様も見て取れた。

 見覚えがある。

 外見は以前よりも派手になった。……でも、ファッションセンスは変わらない。

「……もう、終わりましたか……」

 ポールによく似た声音。
 派手な外見に似合わず、物静かな口調。

 間違いない。彼が、ポールの弟だ。

「……レニー、彼が?」

 キースの声が聞こえる。レニーが静かに頷いたのも見える。

「トーマス・ヴィンセントって、本人は名乗ってるぜ」
「英語名……本名はヴァンサン・トマでいいのか?」
「たぶんな」

 フラフラと、足が勝手にヴァンサンの方へと向かう。
 何を言えばいいのか分からない。言葉が、何も出てこない。

「……。何ですか……」

 ヴァンサンはうずくまったまま、呟く。
 サングラスに覆われた瞳は、どこを向いているのかよく分からない。

「私に……何か、用ですか」

 声が。
 声が、あまりにも、ポールに似ている。
 愛しい人に似た声で、愛しい人を殺した相手が、話している。

「気をしっかり持ちな」

 レニーの声で我に返った。
 ぐちゃぐちゃの感情をどうにか押さえつけ、私は、言葉を紡ぐ。

「どうして、ポールを殺したの」

 そこで、ようやくヴァンサンは私の方に顔を向けた。

「……ああ、貴女……あにの……」
「答えて。……どうして、ポールを殺したの」

 沈黙が続く。拳が震え、息が乱れる。……気を抜けば、掴みかかってしまいそうだった。

「母は」

 その言葉は、あまりに唐突に思えた。

「母は、あねの肉体を完璧だと言いました」

 ヴァンサンは無表情のまま、淡々と続ける。
 私を見ているのか、見ていないのかも、分からない。

「そして、私の肉体を……おぞましいと、言いました」

 変わらず淡々と、抑揚よくようのない声で、続ける。

「……私が愛されなかったのは、彼女かれのせいです」

 それでも最後の一言は、確かな嫌悪と憎悪を持って吐き捨てられた。

「……ッ、ポールは……」

 落ち着け。
 冷静になれ。
 感情を、乱されるな。

「ポールは……あなたを、救おうと……」

 声が震える。
 上手く、言葉が続かない。

「……貴女は、……何も、理解していない」

 ゾッとするような冷たい声で、ヴァンサンは、

「貴女の恋人は、いずれ、貴女を傷つけました」

 再び、淡々と続ける。

「私の母が……あの女がマフィアの関係者だと告発したのは、貴女でしょう。……そのことには、感謝しています」

 うるさい。
 私は、感謝されるためにやったんじゃない。

「父はマフィアとして人を殺し、殺されました。その野蛮な血が、我々には流れているのです」

 私は、私は確かに、ポールの母親を告発する記事を書いた。壊滅したイタリアン・マフィアの幹部の愛人であり、敵対組織に情報と肉体を売ることで残党狩りの憂き目を逃れた、と……。
 既に再婚していた彼女は私の記事に対して訴訟を起こし、撤回を求めた。
 結果、私は賠償金を支払い、彼女は組織の残党に怯えて別の国へと移住した。 

「……血がなんだっていうの……」

 親は親だ。ポールには何の関係もない。
 少なくともポールはいつだって穏やかで、優しい人だった。

「あの人が……いえ、私達が……私達のような欠陥品が、真っ当に他人を愛せるわけがありません」

 ヴァンサンは自虐しながらも、ポールを貶める。

「逃げられた貴女は……まだ、幸福でしょう」

 やめて。
 それ以上、喋らないで。
 ポールにそっくりな声で、ポールを侮辱しないで。
 手を振り上げようとして、堪えた。

「……わざと怒らせているようにしか見えないな」
「こういう手合いは、殴られたところで痛くも痒くもねぇぜ。むしろ、殴った方に精神的なダメージが行く」

 キースとレニーが、私の思考を代弁する。……レニーの冷静な分析に、熱された感情も少しは冷えていく。
 サングラスの奥から視線を感じる。
 私が睨み返すと、ヴァンサンはふっと顔を逸らした。

「どうぞ、殴ってください」

 再び床に視線を落とし、ヴァンサンはぼやくように言う。

「……私は、そういう人間なのです」

 その声は、やっぱり、ポールとよく似ている。
 小刻みに震える肩が、いつかのポールを思わせる。
 姿も性格も、全然似ていないのに、似ている。

「憎むのも、嫌うのも構いません。お好きになさってください……」

 気持ちがぐちゃぐちゃで、考えがまとまらない。
 それでも、必死に言葉を捻り出した。

「……私が理解してないって言うなら、教えてよ。ポールがどんな人間だったのか……あなたにとって、どんな存在だったのか」

 たとえそれが、知りたくもないような、知らない方がいいような事実だったとしても……この闇の先に進むには、情報を集めていくしかない。
「敗者の街」に起きた問題を突き止め、無事に帰るためにも、……ポールとの恋に決着をつけるためにも、必要なことだ。

 ヴァンサンは俯いたまま、ぽつりと呟いた。

「あれは、嘘つきの偽善者です」

 嫌悪の滲んだ口調で、ヴァンサンは語る。

「けれど……ええ、分かっています」

 それ以上の嫌悪が、彼の表情を歪ませる。

「それでも私に比べれば……よほど、善良で美しい人でした」

 ヴァンサンはそれきり、何も語ろうとしなかった。

 ──オリーヴ

 ポールの声が、脳裏に蘇る。

 ──美しさって、何だと思う?

 どうして……今、そんなことを思い出すんだろう。
 思考も感情も置き去りに、懐かしい記憶が私を過去へといざなった。
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