敗者の街 Ⅱ ― Open the present road ―

譚月遊生季

文字の大きさ
上 下
4 / 49
第1章 Really of Other

4. ある死者の追憶

しおりを挟む
「そこ」は、時間すら意味をなさない空間。

 闇の中で影がうごめく。影は人の形を成しては崩れ、声にならない声を発し、それでも繰り返す。

 激しい未練がかつての己を形作る。
 抗えない現実を前に崩れ去る。
 狂おしい後悔が理想をかたどる。
 崩せないことわりが本来の姿に押し戻す。

 どれほどの時間、どれほどの回数、それを繰り返してきただろう。
 砕け散り、同化していく周りの「魂」と混ざってしまわないよう、影は自らの妄念を奮い立たせ続ける

 ──そうだ

 影は諦めなかった。……いや、どうしても、諦めきれなかった。

 ──あの場所に……あの場所に、辿り着ければ、きっと……

 どこに向かっているのか、影には分からない。
 亡者は救いを求め、闇を進み続ける。

  

 ***



 ──オリーヴ

 名前を呼ばれるのが好きだった。
 好きだったのに、軽やかなその声を忘れてしまって、大好きだった笑顔ですら、曖昧になってしまった。

 それでも……

 優しい人だったことを覚えている。
 滅多なことでは怒らなくて、わがままを言った時ですら、仕方ないとか何とか言いつつあれこれと世話を焼いてくれた。

 だけど、あなたは先に逝ってしまった。

 ──ひどい、ずるい、きらい、くるしい、たすけて、ゆるさない、にくい、やめて

 入り込んでくる何者かの感情に、思考が喰われていく。

 ──こわい、いやだ、いたい、かなしい、かえして、ゆるして、つらい、くやしい

 ぐちゃぐちゃにかき乱され、「自分」が分からなくなっていく。持っていかれたり、逆に押し付けられたり、訳が分からない。

 ここは、どこ?
 あなたは、どこ?
 あたしは……わたしは……だれ……?

 意識がかき混ぜられて、何も、わからなくなっていく。

「……り、しっかり!」

 誰かの声が、遠くから聞こえる。

「サンダースさん、しっかり!」

 これは……誰の、声?

「サンダースさん!」

 ターコイズブルーの瞳が視界にうつる。
 …………んん? なんか、すっごい美男子が目の前にいる。これは夢? 夢なの?

「俺の声、聞こえる?」

 軍服を着た美男子が、私に語り掛けている。
 何このシチュエーション。何が起こったの? 後この人は誰? すごくかっこいい。

 電話の着信音が辺りに鳴り響き、ハッと意識がクリアになった。好きなロックバンドの曲に設定してあるから、目覚ましにも使えるようになっている。

「ロッドからかな。出て」

 目の前の美男子に促され、電話に出る。
 何がなにやら全然分からない。

『オリーヴ! 大丈夫か!?』

 焦った声が聞こえる。これは……ロデリックの声……?

『お前が突然消えちまって……アンが何かを察知して……まあ、色々あったんだが、単刀直入に聞く』

 何やら、異常事態が起こったらしいけど……何?どういうこと?

『てめぇ……まさか、アン……いや、『ロー兄さん』にときめいたりしてねぇだろうな』

 ドスの聞いた声に、思わず背筋がゾッとした。
 軍服の美男子が、小さくため息をつく。

「ロッド、今それ大事か?」
『……悪ぃ間違えた。自分の名前は言えるか?』

 それ、どんな間違いー!?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

叔父様ノ覚エ書

国府知里
ホラー
 音信不通になっていた叔父が残したノートを見つけた姪。書かれていたのは、摩訶不思議な四つの奇譚。咲くはずのない桜、人食い鬼の襲撃、幽霊との交流、三途の川……。読むにつれ、叔父の死への疑いが高まり、少女は身一つで駆けだした。愛する人を取り戻すために……。 「行方不明の叔父様が殺されました。お可哀想な叔父様、待っていてね。私がきっと救ってあげる……!」 ~大正奇奇怪怪幻想ホラー&少女の純愛サクリファイス~ 推奨画面設定(スマホご利用の場合) 背景色は『黒』、文字フォントは『明朝』

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

精神病の母親

グランマレベル99
ホラー
見ればわかる

ゾンビと片腕少女はどのように死んだのか特殊部隊員は語る

leon
ホラー
元特殊作戦群の隊員が親友の娘「詩織」を連れてゾンビが蔓延する世界でどのように生き、どのように死んでいくかを語る

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

File■■ 【厳選■ch怖い話】むしごさまをよぶ  

雨音
ホラー
むしごさま。 それは■■の■■。 蟲にくわれないように ※ちゃんねる知識は曖昧あやふやなものです。ご容赦くださいませ。

処理中です...