愚者の哭き声 ― Answer to certain Requiem ―

譚月遊生季

文字の大きさ
27 / 32
第1章 Come in the Rain

26. 刹那

しおりを挟む
 何が起こったのかはわからないけど、少しだけ落ち着いた。

「あっ、大丈夫? ずいぶん取り乱してたけど」

 俺の顔を覗き込むようにしていた、ディープブルーの瞳と目が合う。

「すごくしんどそうでこっちも気持ち良……じゃなかった、当てられそうになるくらいだったし……色々大丈夫?」
「おいやめろ。ほとんど初対面の相手にその……なんだ、自身の特殊な性癖についての露骨ろこつなカミングアウトをするな」
「いや、ほら……我慢したしセーフじゃない……?」

 クソほどどうでもいい話になっている気がする。
 頭はまだぼんやりしているけど、特に変わったところがあるとは思えない。
 世界はぐにゃぐにゃしているし、何が起こってるのかよくわからないのは、まあ、別に大丈夫だろう。よくあることだし。

「まあ元から×んでるなら、×ぬことはないから安心かな」
「安心なのか、それは」
「便利だよ。肩凝ったら首とか取り外しできるし」
「……こんな時ほどポジティブシンキングが重要だということか。なるほど」
「レヴィくんって、ホント真面目だよね」

 相変わらず、特定の言葉にノイズが走る。
 抑えつけたはずの「何か」が胸の奥底で暴れる。

「ところで、先ほどの彼女はどこへ消えた?」
「イオリちゃん? あの子実体がないから、すぐどこかに行ったり現れたりするよ。そのうちまた会えるかも。……あ、レヴィくんは気を付けてね。下手に刺激するとあの子、呪いまき散らすから」
「……ああ、そういう系統の……」
「僕的にはかなり気持ちいいんだけど、たぶん、一般的にはすごくキツいことになるはず」
「そうか、つまり命の危機を感じるレベルということだな」
「うん!」
「いい笑顔で言うな」

 変態がまた何か言ってる。
 ……あれ。何だ。何か……「湧いて」来そうな感覚がある。

「まあ、でもローザさんが言う通り『呼んだら来る』ってのは事実だったね。弟くんとか、特定の相手じゃないと無理だろうけど……協力してもらえたら心強そう」
「……大丈夫なのか? どう見ても正気を失っているが」
「大丈夫でしょ。頭おかしい人ってね、案外目的が一致したらどうにかなるんだよ」
「特定の偏った状況下での経験を一般化するな! だいたい『頭がおかしい人』というくくりが大雑把おおざっぱすぎるだろう!」

 そこにいるのが二人か三人か四人かよくわからないけど、やいのやいのうるさい。
 胸の奥から熱い塊がせり上がる。痛みが思考を塗りつぶしていく。……その瞬間、ほんの少しだけ頭が「冴えた」。

 目の前にいるのは赤い髪の男と、亜麻色の髪の男。……男? 片方は女かもしれない。
 何人いるのかよくわからなかったけど、視界がいきなりハッキリしたから、二人だとわかった。

 湧きあがった「何か」が形になる。「言葉」として、具象化される……。

「お前らいっぺん静かにしろ。何を求められてんのかすらわかんないのに、俺にどうしろって……?」

 きょとん、と、ディープブルーの瞳とエバーグリーンの瞳が見開かれる。
 亜麻色の髪のほうが、なぜか感極まった様子で叫んだ。

「レヴィくん!!! 話通じた!! たぶん初めて意思疎通できた!!」

 ……。俺、いったい何だと思われてたんだ……?
 視界が歪む、ずきん、ずきん、と痛みが思考を蝕んでいく。地面に真っ赤な液体が散る。

「……なるほど」

 その様子を見つめ、至って冷静に、赤髪の方が告げた。

「死の刹那せつな……『まだ生きていた』瞬間を繰り返しているようにも見えるな。……死にも至れず、生にもかえれない。その状態では、狂っても仕方がない」

 死にも至れず、生にも還れない?
 違う。俺は、俺はまだ……

 死んでいない?
 こんな状態で、本当に?

「しかし……なぜ、こんな状態を無視できる? 弟がいるのだろう。そいつらは何をしている」

 冷たく、それでいて怒気をはらんだ声。

 ……ああ、ほんとにな。
 なんで、助けてもくれないのに、解放してもくれないんだろうな。

 だけど……俺も、それで良かった。
 忘れていたかった。続けていたかった。失われた時間から、「先」に進みたくなかった。
 だって、そうしたら……

 生きてるあいつらは、死んでる俺を置いて行くから。

 いや、本当はそのほうがいい。俺のことなんか忘れて、あいつらは「先」に進まなきゃいけない。
 それなのに、俺は縋りつかれた手を振り払えなかった。

 死んでる俺は、生きてるあいつらを、置いて逝けなかった。

「まあ……兄弟の事情はそれぞれだしね。そこは、僕らが首を突っ込むことじゃないでしょ」

 青白い手が差し出される。
 地面に散った鮮血が目に痛い。かつて絶望を突き付けた色から逃げられない。

「君、頭はおかしいけどそんなに害がある感じしないからさ、協力してくれない? 何をしたらいいのか、自分では判断できないでしょ?」

 視界が霞む。また、ぐにゃりぐにゃりと歪んでいく。

「……もう、限界そう?」

 痛みが消えていく。食いつぶされた思考が漂白される。
「俺」が「誰」かわからなくなる間際、ぽろりと、涙が頬を伝ったのが分かった。

「……ッ、ぁ……」

 押し殺してきた「願い」が、零れ落ちる。

「死にたくない……ッ」

 そうしてまた、「俺」の意識は奥深くに沈んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...