愚者の哭き声 ― Answer to certain Requiem ―

譚月遊生季

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序章 前日譚

8.合流

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 暖かく、広い背中に揺られた夢を見た。

「……兄さん、おれ、もう歩けるよ」

 4歳年上の兄は、抜けているし単純だし案外調子のいい人だったけど……胃腸の弱い俺をよく気にかけてくれた。
 確か、あの日は外で吐いてしまったんじゃないかな。真っ青になっておぶってくれて、そのまま外で迷子になったんだと思う。……懐かしい、幼い日の記憶だ。

 兄さんの支えになれて、それで、弟達にも頼りにされるような……そんな「兄」に、俺もなりたいって、
 隣人一家の赤ん坊ロデリックを見た時に、そう思った。
 ……それはもう、遥か遠い昔の追憶。



 ***



「人に出会えたのはいいけど……幸先悪いね、これ」

 目の前で横たわる青年を一瞥し、彼は胡座をかくよう地べたに座り込んだ。
 ぐらついた自分の首を慌てて支え、ほっと息をつく。
 亜麻色の癖毛が首元を覆ってはいるが、チラチラと裂け目が見え隠れする。……だから、ボクも認めざるを得なかった。
 彼が……カミーユが、既にボクたちと同じ、死者であることを。

「あの犬……母さんの力かな」

 ぽつりと、以前と変わらない声音が呟く。ボクが続きを聞きたいと察したのか、続けて話し出す。 

「僕、母方の血はなんだっけ……イヌガミツキ?の力持ってたらしいから」

 犬神憑き。聞いたことがある。……何かの呪術だったかな。知り合いに確か大上家っていう金持ちはいたけど、関係があったようななかったような……。

「……僕やブライアンを喰い殺さないために、親戚に預けて姿を消したんだけど……僕も「呪い」を受け継いでたのかな。……死ぬ……みたいな、ね」

 くす、と冗談めかして笑いつつ、カミーユの蒼い視線が横たわる青年を捉えた。
 青年は微かに言葉を紡いでいた。……囁きは誰かに伝えるでもなく消え、虚ろな視線は何も写さない。

「……俺はなんで死んだ?自殺だよ、自殺。そうとしか考えられない。……だって、僕は死ぬことで奴らが苦しむのを確かに喜んだだろ?奴らって、誰?違う、違う、殺されたんだ。死にたくなんてなかったんだ」

 ブツブツと繰り返される言葉は、確実に正気を失っていた。
 繰り返される「会話」に眉をひそめ、カミーユは静かにため息をついた。

「……分裂してるね、これ」

 精神とは複雑なものだ。……ひとつの事象に対し、無自覚であろうが自覚的であろうが、同時に感じることは案外多い。
 例えば道に鮮やかなリンゴが落ちていたとして、
「美味しそう」「綺麗」「食べるのは不衛生」「虫がいそう」
 と思考が働くのは、大抵の場合コンマ1秒にも満たない時間だ。

 例え、どれだけ仲が良く「好き」な相手にでも、「気に食わない」と感じる瞬間がいくらでもあるように、思考や感情とは厄介かつ興味深いものだ。
 ……だが、どれだけブレがあろうとも自己というものには一定の統一性があり、表層に出てくるものには一定の法則性がある。……と、ボクは考えている。

「……今、上半身と下半身が断裂してることを鑑みるに……かなり悲惨な死に方をしたって考えるのが良さそう?」

 あ、精神分裂じゃなくて肉体の分裂の話だったのか。
 くそう。こいつ、ボクがあえて踏み込まなかったところを踏み込んできた。

「……どんな死に方したんだろう……」

 戻ってこいカミーユ。そっち方面に行くのは危険だ。キミ、今ただでさえよく分からない存在なんだからせめて正気は保っていてくれ。
 ……いや、だが、湿っぽくなるよりはむしろ楽しそうな気も……

「ちょっと断面覗いていい?内臓がどんな感じになってるかとか見ちゃっていい?いやでも流石にダメだよね。意識のない相手のナカ見ちゃうとかプライバシーの侵害にも程があるもんね」

 カミーユ、その言い方はどうかと思うんだが。

「どれくらい痛い目に遭ってどれほど苦しんで死に至ったんだろう……つらい……まだ若い子なのに心が痛い……これだけ消耗するくらいだから死の間際に余程の恐怖を味わったんだろうね……変われるものなら変わってあげたい……僕だったらむしろ悦んで昇天でき残念なことになってるから黙りなさいド変態!」

 最後、見かねたノエルがカミーユの自我に割って入った。うん、今後もよろしく頼むよ。キミは傍目にはとんでもない悪霊だろうけど、カミーユはキミがいないとまともにコミュニケーションが取れなさそうだ。
 ……まあそれは置いておいて、目の前の相手はまだ会話できる状態ではないだろう。少しでも情報を集めたかったんだけど……

「……あっ、閃いた。もしかしたら僕が今後どうにかしないとなんじゃない?母さん呪術師の血引いてるわけだし」

 なるほど、なかなか楽しそうだね、それは。頼んだよカミーユ。

「えっ、僕一人でできるわけないよね!?」

 ……と、馬鹿げた会話をしている間に、倒れていた青年は何事もなかったかのように身体を起こした。
 緑がかった青の瞳に光が差してはいるが……どこか、偽りや虚像にも見える。

「大丈夫?」
「うん、大丈夫。大したことないよ」

 にこりと笑って、青年は立ち上がる。……へぇ、軍服を着てたのか。さっきは血や泥まみれで何がなにやらわからなかった。

「そっか。それならいいんだけど……僕の方はちょっと待っててね」
「どこか調子でも悪いの?」
「…………いや、むしろ絶好調なんだけど、ほら……君も男なら分かると思うんだよね……」

 カミーユは目を逸らしつつ、いつの間にか体勢を体育座りに変えている。
 こらこら、男女で区別をつけるんじゃない。ボクにも分かるように言ってくれ。

「……?」

 と、相手もよくわかっていないようだ。……ノエルの方は察したらしい。呆れた感覚だけはよく伝わってくる。

「……ほら……たっちゃったから立てないんだよね……」 
「……うん?」

 本気でわかっていないらしい青年と、気まずそうなカミーユ。

「いや、あのね、生命には死に瀕すると子孫を残そうとする本能があるし、僕も死体とはいえまだ若干生きている頃の名残はあるわけで、だからこれは正常な反応だと思うんだよ。僕の倒錯した性癖だけが原因じゃないと思……あっ、分かってない顔される方が地味にキツイ……」

 …………カミーユ…………。

「ごめん、フランス語はそんなに得意じゃなくて……。意味がよく……」
「えっ、もう一度説明させられるとか不快感通り越して興奮してきちゃうからやめよう?」

 左腕に憑くノエルのビンタをくらい、カミーユの首がぼとりと落ちた。……思ったよりちゃんと繋がっていなかったようだ。
 青年に拾ってもらい、胴体に乗せる。

「……とりあえず……自己紹介から始める?」
「……もしかして……君、幽霊だったりする……?」

 怯えるよう、青年の声に震えが宿る。……気にするところはそこなんだ……?
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