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第三章 海上にて勝負は決する

二十八、壇ノ浦は遠く

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「一度、話し合いましょう。本当に争うべきか否か、私にははなはだ疑問ですな!」

 怒りをあらわにし、ペタロは腕を組んで周囲を睨めつける。
 仮面の騎士は大人しく戦闘態勢を解き、クエルボはへらへらとした笑顔に戻るも、殺気をまとったままだ。

「だって知盛ですよ? 話し合いが通じるとはとても……」
「クエルボ殿」
「……はいはい。分かりましたよ」

 ペタロに睨み付けられ、クエルボも渋々武器を下ろした。

「……やはり、てめぇの目的は殿下か」
「ええ、そうですね。……ですが、我らが騎士はそのやり方を快く思わないようでして」
「ケッ、相変わらず内輪揉めかい」
「…………何が相変わらずなんですか」

 俺の言葉に痛いところを突かれたのか、クエルボは再び殺気を滲ませる。

「クエルボ殿! 普段より血の気が多いのはどうなされた!?」
「僕のせいじゃありませんよ。あそこの銀髪が悪いんです」

 ペタロに強くいさめられ、クエルボは口を尖らせてそっぽを向く。
 隙をつけば好機だっただろうが……やめておいた。

 確かに義経は憎き仇敵きゅうてきだ。……だが……殿下を守り「今後の」無事を祈る以上、「クエルボ・フエンテス」を敵として失うのは惜しい。互いに攻撃の矛先を変えることばかりを考えていたが、どうやら俺もクエルボも、殿下たちの力を低く見積っていたらしい。

 オーストリアに至ったところで、後ろ盾を得られる保証はない。……と、なると、スペイン王室と敵対してなお義賊として活躍する「正義の道」一行と協力できるなら、かなり心強くはある。
 カサンドラ、ロレンソを味方に引き入れたように……な。

 恨みにより忘れかけてはいたが、俺の最大の目的はアントーニョ殿下を守り抜くことだ。
 避けられる戦いは、避けておいて損は無い。

「私は正義のため……弱き者、未来ある者を守るため剣を取った」

 仮面の騎士……カミーノ・デ・ラ・フスティシアが静かに語り始める。

「ふむ。余は弱き者ではないが?」

 アントーニョ殿下は俺達の前とは打って変わり、かしこまった態度で応える。
 殿下に抱えられたままのロレンソも、空気を読んだのか真剣な表情で黙りこくっている。

「無論、それは理解している。しかしアントーニョ殿下、貴殿は未来ある若者だ」

 カミーノ・デ・ラ・フスティシアは、そこで仮面を外し、流麗な仕草で殿下にひざまづく。
 逆光に遮られ、顔立ちや表情はよく分からない。

「非礼をお詫びする。今後は決して、貴殿に刃を向けないと誓おう」

 その言葉に、殿下はロレンソ(の首)をジャックに預け、正義の騎士の方へと歩み寄った。

「……其方の覚悟はわかった。今後とも義を貫き、民たちの支えとなるが良い。余は、その信念を支持しよう」 
「労いの言葉、感謝する」

 その光景にクエルボが水を差さないよう、じろりと睨みつけておく。
 クエルボは小さく肩をすくめ……

「もう何もしませんよ。クルスに嫌われたくないので」

 と、語った。

「クルスの目指す正義とやらも、僕が英雄として必要とされたかどうかも、興味はありません。……ただ……」

 妹を見つめる目は、別人と見間違うほどに優しい。
 クエルボは口元をゆるめ、普段のヘラヘラ笑いとは違う、満面の笑みを浮かべて頬をかいた。

「兄様と呼んでもらえたのが、嬉しくって」

 ……ああ、そうか。
 こいつは、「義経」だった時からそうだった。
 大義だのまつりごとだの、大きなことには興味が無い。……身内のために、戦う男だ。

「なら……今世で戦う理由はなくなった、か」
「そうなりますねぇ。……でも、いいのですか? 僕が因縁の相手であり、一門の仇であることには変わりありませんが」

 クエルボの挑発するような言葉に、一度、目を閉じて天を仰ぐ。
 一門を飲み込んだ瀬戸内の海が、まざまざと浮かび上がる。

 いかりかつぎ、える武者がいる。

 ──見るべきほどのことは見つ。今は自害せん

 武者は波間に身を投げ、海の底へと沈んでいく。
 ……そこで追想をやめ、目を開く。

「知盛は死んだ。……亡霊も、たった今成仏したところだ」
「そうですか。……建礼門院けんれいもんいんが、一門の菩提ぼだいとむらっておられましたよ」
「……そうか、徳子は生き延びたか。……そりゃ、良かった」

 視界には、燦然さんぜんと煌めく星空が広がっていた。
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