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第三章 海上にて勝負は決する

二十三、先手

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 静まった船の中、謀略ぼうりゃくは動き始めていた。

「まさか、向こうから宿泊の申し入れがあるとは……」

 神父服の男のぼやきに、赤毛の男は語る。

「何か、考えがあるのでしょう。例えば……僕達を誘い込んで迎え撃つ、とか」

 鼻歌を歌いながら短剣の手入れをし、男は軽口を叩くように語り続ける。

「僕の作戦に変更はありません。向こうはあくまで貿易商……この戦力でも、かの王子をさらうには充分でしょう」

 仮面の騎士は部屋の隅で黙り込んでいたが、やがて、ぽつりと呟いた。

「本当に」
「ん?」

 クエルボは細めた目をわずかに開き、そちらを見る。

「本当に、必要なのか。王子とはいえ、子供だ」

 迷いの見える口ぶりに、ペタロも静かに目を伏せる。

「子供ではありますが、争いの種には違いありませんね」

 クエルボはあくびをしつつ、告げる。

「民の平和を真に望むなら、覚悟を決めるべきでは?」

 その言葉に、仮面の騎士は再び沈黙する。
 争乱の気配を隠したまま、夜は更けていった。



 ***



 翌朝。ぞろぞろと客が帰っていく中、予想通り義経一行は船の下に留まっていた。
 何やら揉めているようにも見えたが、俺が顔を出すと喧騒けんそうは収まった。

「……私は反対だ」

 ……と、仮面の騎士がぼやいたのだけは聞き取れた。

「ああ、どうも。いつまでも居座って申し訳ない」

 クエルボと名乗った男がへらりと笑う。

「ところで、船の中で奥様と娘さんを見かけたのですが。危険も多いお仕事でしょうに……同行させているのです?」

 ……やはり、話題に出してきやがったか。
 どう答えようか思案していると……背後から、怒鳴り声が響いた。

「……ここにいたか!!!」

 甲冑を身につけた図体のでかい男が、仮面の騎士を指さして叫んでいる。
 隣には真っ黒なマントに身を包んだ何者かが無言で控え、ブツブツと何事か呟いている。

「おのれ、目立つ姿を隠しもせず……!! 我々騎士を愚弄ぐろうしているのか!」
「私は悪などではない。なぜ、隠れる必要がある」

 凛とした言葉が響き、甲冑の男にも動揺が見える。
 ……こいつ、本当に義経か?
 今は、考えている場合じゃない。……作戦は既に始まっている。

「船に戻ってください! ここは私が食い止めます!」

 義経一行にそう叫び、甲冑の男に突進する。
「魔力の流れ」を視、振り上げられた剣を受け止める。以前から多少の知識ならあったが、詳しいことはカサンドラに教わった。

「……早く船に!!」
「ルシオ、リカルド、加勢を」

 俺が叫ぶと、仮面の騎士は冷静に指示を出す。
 脇に連れ添っていた二人が飛び出せば、黒マントの方が腕をかざし、炎の壁を作り出す。

 熱に圧され、ペタロ、クエルボ、そして、カミーノ・デ・ラ・フスティシアは船の中へと退避していく。

「斬れ」

 俺が囁くと、甲冑の中から「えっ?」と声がする。

「かすり傷ぐらいは要るだろう」

 そこで機転を利かせたのは、隣の魔術師だった。
 黒マントの奥から閃光がほとばしり、俺の腕を掠める。

「……! ぐぁあッ!」

 分かりやすく呻き、後退する。
 ルシオとリカルドは、炎の壁から先へ進めていないらしい。
 隙を見て甲冑から剣を奪い、兜と鎧の間に差し込む。

「な……ッ!!! ぎゃぁぁあッ」

 悲鳴とともに兜が地面に落下し、派手な音を立てる。
 少し遅れて鎧も倒れ、海の中へと落ちていく。
 ルシオとリカルドが炎の壁を突破し、残された魔術師に向けて剣を構える。

「おのれ……! だがすぐに救援を呼んだ! 正義を騙る賊め、きさまらの命運もここまでよ!!」

 黒マントの魔術師はどこか芝居がかった捨て台詞を吐き、走り去る。

「待て……!!」
「店主! 我々は奴を追う! 船に戻り、クエルボ殿にそのむね伝達せよ!」

 ルシオとリカルドが後を追う。
 俺はその背を見送り、転がった首を拾い上げて船の中へ戻る。

 ……さて、上手く事が運べば良いんだがな。
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