22 / 34
第二章 ジェノバ港より旅は続く
二十、重ねた影
しおりを挟む
「……どういう意味だ?」
「分からぬか? お前が今見ているのは、目の前にある世界ではなかろう」
カサンドラの指摘に、ぐっと言葉が詰まる。
今、この瞬間でさえ、一門を飲み込んだ海の香りがする。……何も、反論が浮かばない。
「何を見ているかは知らぬが……現実に虚像を重ねるでないぞ」
「……。なぜ、お前がそれを俺に言う?」
俺の問いに、カサンドラは静かに俯いた。
「アントーニョに……その、知らぬ昔話を教わった。礼として、私も故郷の話をした」
ボソボソと呟くように、カサンドラは続ける。
「アントーニョは、アントーニョだ。他の誰でもない」
何も返せなかった。
脳裏に浮かぶは、壇ノ浦に沈んだ幼き帝。……あの御方は、アントーニョ殿下じゃない。
「分かっている。だが、過去は関係ねぇ。殿下は殿下として、無事な場所まで送り届けるさ」
「……本当にわかっておるのか?」
カサンドラは疑り深そうな視線を向けてくる。
……俺が即答できなかったのは、アントーニョ殿下と安徳帝を重ねているのが図星だったからだろう。
***
船宿を開くと、ちらほらと客が見え始めた。
とはいえ、その中に刺客が紛れていないとも限らない。
甲板の上から、ジャックと話す客の一挙一動を観察する。
「……ズィルバーさん」
……と、背後からアリーに呼び止められる。
「どうした?」
「そのぉ……ハプスブルクからの返答がありました」
「……! そうか」
一応、今来ている客に怪しい者はいなかった。
甲板の上から客引きをいったん中止するよう呼びかけ、アリーに向き直る。
「……で、どうだった」
「表立って助力するのは厳しいとのことです。……ただ、無事オーストリアまで辿り着けたのなら匿うぐらいはできる、と……」
まあ、ある程度は予測通りの返答だ。
……後は、殿下を狙う追っ手を退けられればいい。
「それと……そのぉ……もうひとつ気になる情報が……」
「なんだ?」
「巷で正義の騎士として騒がれている……まあ、その、義賊がおりまして」
正義の騎士。
まさか、先程刃を交えた、カミーノ・デ・ラ・フスティシアのことか……?
正式な騎士でないのはロレンソの反応から察していたが……なるほど、公には無法者という扱いだったらしい。
「正体不明の騎士、とのことでしたが……どうにもスペインでは煙たがられているようでして」
「そりゃあそうだろう。民草に人気でしかも強いとなりゃ、いつ反旗を翻されるか分かったモンじゃねぇ」
アリーは「はい……」と俯きながら、言葉を続ける。
「それでですねぇ……スペインは、今は殿下よりもそちらの対処に追われているのだとか」
「……ほう」
と、なるとだ。
その「義賊」をとっ捕まえりゃ、こちらの立場も少しばかり良くなる、か……?
「お、おい、ズィルバー!! 来てくれ!!」
考え込んでいると、船の下がにわかに騒がしくなった。
「どうしたジャック! 客引きは中止ってさっき……」
「それどころじゃねぇんだっての!! 来てくれよ!!」
どうにも只事じゃなさそうだったので、アリーに断りを入れてそちらに向かう。
「……は?」
深紅のヴェネツィアン・マスクに、深紅のマント。
正義の騎士、カミーノ・デ・ラ・フスティシアが、目の前に立っていた。
「先程のお詫びをしたく、伺いました」
隣で……ペタロだかペトロだか知らねぇが、エセ神父もかしこまっている。
いったい、何が起こっていやがるんだ……?
「分からぬか? お前が今見ているのは、目の前にある世界ではなかろう」
カサンドラの指摘に、ぐっと言葉が詰まる。
今、この瞬間でさえ、一門を飲み込んだ海の香りがする。……何も、反論が浮かばない。
「何を見ているかは知らぬが……現実に虚像を重ねるでないぞ」
「……。なぜ、お前がそれを俺に言う?」
俺の問いに、カサンドラは静かに俯いた。
「アントーニョに……その、知らぬ昔話を教わった。礼として、私も故郷の話をした」
ボソボソと呟くように、カサンドラは続ける。
「アントーニョは、アントーニョだ。他の誰でもない」
何も返せなかった。
脳裏に浮かぶは、壇ノ浦に沈んだ幼き帝。……あの御方は、アントーニョ殿下じゃない。
「分かっている。だが、過去は関係ねぇ。殿下は殿下として、無事な場所まで送り届けるさ」
「……本当にわかっておるのか?」
カサンドラは疑り深そうな視線を向けてくる。
……俺が即答できなかったのは、アントーニョ殿下と安徳帝を重ねているのが図星だったからだろう。
***
船宿を開くと、ちらほらと客が見え始めた。
とはいえ、その中に刺客が紛れていないとも限らない。
甲板の上から、ジャックと話す客の一挙一動を観察する。
「……ズィルバーさん」
……と、背後からアリーに呼び止められる。
「どうした?」
「そのぉ……ハプスブルクからの返答がありました」
「……! そうか」
一応、今来ている客に怪しい者はいなかった。
甲板の上から客引きをいったん中止するよう呼びかけ、アリーに向き直る。
「……で、どうだった」
「表立って助力するのは厳しいとのことです。……ただ、無事オーストリアまで辿り着けたのなら匿うぐらいはできる、と……」
まあ、ある程度は予測通りの返答だ。
……後は、殿下を狙う追っ手を退けられればいい。
「それと……そのぉ……もうひとつ気になる情報が……」
「なんだ?」
「巷で正義の騎士として騒がれている……まあ、その、義賊がおりまして」
正義の騎士。
まさか、先程刃を交えた、カミーノ・デ・ラ・フスティシアのことか……?
正式な騎士でないのはロレンソの反応から察していたが……なるほど、公には無法者という扱いだったらしい。
「正体不明の騎士、とのことでしたが……どうにもスペインでは煙たがられているようでして」
「そりゃあそうだろう。民草に人気でしかも強いとなりゃ、いつ反旗を翻されるか分かったモンじゃねぇ」
アリーは「はい……」と俯きながら、言葉を続ける。
「それでですねぇ……スペインは、今は殿下よりもそちらの対処に追われているのだとか」
「……ほう」
と、なるとだ。
その「義賊」をとっ捕まえりゃ、こちらの立場も少しばかり良くなる、か……?
「お、おい、ズィルバー!! 来てくれ!!」
考え込んでいると、船の下がにわかに騒がしくなった。
「どうしたジャック! 客引きは中止ってさっき……」
「それどころじゃねぇんだっての!! 来てくれよ!!」
どうにも只事じゃなさそうだったので、アリーに断りを入れてそちらに向かう。
「……は?」
深紅のヴェネツィアン・マスクに、深紅のマント。
正義の騎士、カミーノ・デ・ラ・フスティシアが、目の前に立っていた。
「先程のお詫びをしたく、伺いました」
隣で……ペタロだかペトロだか知らねぇが、エセ神父もかしこまっている。
いったい、何が起こっていやがるんだ……?
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
第二王女の依頼書
ななよ廻る
ファンタジー
あらゆる種族の外敵たる魔王が倒されて数年が過ぎた。世界は平和になったが、全ての脅威が去ったわけではない。人の国・メンシュハイトに住まう少年ヴィーダ・クヴィスリングに届く依頼人不明の依頼書。それは、とある貴族の疑惑についての調査依頼だった。一方、王都を出発した勇者シュトレ・ヴァルトゥングは、仲間と共に誘拐事件の捜査を行っていた。犯人だと思しき貴族の屋敷を訪れると、彼女達に敵対したのはメンシュハイトで最強の呼び声高い十三騎士団の一人で――!?
※この作品は小説投稿サイト『小説家になろう』『カクヨム』『ノベルアップ+』でも投稿しています※
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
深淵に眠る十字架
ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
悪魔祓いになることを運命付けられた少年がその運命に逆らった時、歯車は軋み始めた…
※※この作品は、由海様とのリレー小説です。
表紙画も由海様の描かれたものです。
超文明日本
点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。
そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。
異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる