そして悪魔も夢を見る

譚月遊生季

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第2章 対立か共存か

22. 継ぎ接ぎ

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「さて、今後の方針を話そうか」

 夕食を終えたところで、雛乃が切り出す。
 各々が食後の緩んだ空気のまま、飄々ひょうひょうと笑う雛乃の方へと視線を投げた。

「『フリー』達の新たな居住地を守る。……これが、当面の課題だね」

 途端に、緩んだ空気は引き締まり、(ケリー、パットなど)一部の「悪魔」を除いた皆の表情が真剣なものとなる。

「……そうね。せっかく避難できたのだもの。どうにか『処刑人』達から守らないと……」
「『処刑人』達は、日夜血眼ちまなこで処刑対象を探している。それが、彼らの存在意義だからね」

 リチャードに、「処刑人」たちの心境は分からない。
 ……けれど、想像はできる。
 世界から爪弾つまはじきにされた彼らに、与えられた「正義」という一筋の光明こうみょう。存在すら「罪」とされた者が、「同類」をほふることで生きることを赦されたのだ。

「幸いにも、ケリーと私の能力を組み合わせれば、非常に強力な防御システムを生み出すことが可能です。防衛の任は、しばし、わたくしどもにお任せくださればと存じております」 

 ロビンの説明をしり目に、リチャードは、苦虫を噛み潰したような顔で思案する。
 「処刑人」は明確かつ厄介な敵だ。……だが、果たしてリチャードが同じ立場であったのなら、その生き方を拒めただろうか?

「頼んだよ、ロビン、ケリー」
「承知いたしました」
「ふふん、存分に感謝するが良い!」
「あとは……『憤怒』の救出作戦についても考えるべきね。助けるって約束したわけだもの」
「……! 兄さん……」

 リチャードが思案にふけっている間にも、話は進んでいく。
 リチャードはピシャリと頬を叩き、傾きかけた意識を皆が語らう場へと集中させた。

「その件は、レヴィアタンの協力を仰ごう」

 未だに「仲間」となることを拒んでいる「悪魔」の名を、雛乃はいとも容易たやすく語った。

「……彼を仲間にするのは厳しいわ」
「そうッスよ。今まで散々苦労してきてるんスから」

 雛乃の提案に、アイリスとセドリックから、口々に懸念けねんの声が上がる。
  
「もちろん、それは理解してるとも」

 それでもなお、雛乃は平然とした態度を崩さない。

「……あくまで協力してもらうってことか」

 リチャードが解釈を口にすると、雛乃は満足げに頷いた。
 
「うん、いいね。話が早くて助かるよ」

 雛乃は続けて、彼女自身の見解を語る。

「正式に仲間にしなくても、『憤怒』を助けるまで……という条件付きであれば、ハードルは多少なりとも下がるはずだ」

 その解説に、リチャードも同意する。
 レヴィアタンがロビンと協力し、「処刑人」達から「フリー」を救ったことは記憶に新しい。

「まあ……低いハードルから地道に誘っていけば、いずれは正式に仲間になってくれる可能性だってないわけじゃない……か」

 雛乃はリチャードの言葉に大きく頷くと、満面の笑みを浮かべた。

「と、いうわけで……頼んだよ、リチャード!」
「……だよなぁ……」

 かつて見た鋭い眼光と凄まじい気迫を思い出しながら、リチャードは大きくため息をついた。


 
 ***



「探索、完了いたしました。座標を端末に送信いたします」
「ありがとうな。メンテナンス中に……」

 ロビンの能力を駆使くしし、リチャードおよびアイリスはレヴィアタンの位置を割り出した。
 セドリックがメンテナンスに駆り出されるため、移動は、ロビンの意識を繋いだ「自動運転」に頼るつもりだ。
 
「それにしても、ロビンがメンテナンスなんて、珍しいわね」

 アイリスの言葉に、リチャードも同意する。
 
「……そうだよな。確か、いちいち修理なんかしてらんねぇって話だったっけか」

 ロビンの「身体」は焦土に数多あまたと転がっている。
 本来は、修理するよりも使える「身体」を片っ端から使い捨てた方が手っ取り早いのだ。

「この『身体』は頻繁に使用しておりますので、ヒナノからの提案がございました」
「……なるほどな。せっかくなら慣れた機体を使った方がいいだろってことか」
「左様でございます」

 ロビンはにこやかな微笑みを浮かべ、繋がったばかりの片腕を撫でる。
 その仕草に、リチャードは「人間味」を感じざるを得なかった。

「準備できたわ。行くわよ、リチャード」
「おう、分かった。今行く」

 アイリスの声に促され、リチャードは席を立つ。

「かしこまりました。それでは、私もすぐに向かいます」

 ロビンの爽やかな声に見送られ、リチャードは研究所を後にした。



 ***

  
 
 護衛のアイリスを近くの物陰に待機させ、リチャードは単身、レヴィアタンとの「交渉」に向かった。

「……『憤怒』の救出に助力せよ、と。そのような戯れ言をほざくため、私の前に現れたと申すか。

 我は目の前の相手を一瞥いちべつし、侮蔑ぶべつの意を告げる。

 貴君の魂胆こんたんは見え透いている。敷居を低くして頼み込めば、なし崩しに事を有利に進められるとでも企んだのだろう」

 廃墟の瓦礫がれきの上に座し、レヴィアタンは色の違う左右の目を不機嫌そうに細める。
 完全に思考を見透かされ、リチャードは動揺を隠せなかった。
 
「ま、まだそこまで言ってないだろ!」
「図星か。

 我も図星と推察す」
「うぐぐ……」
 
 冷たい目で見降ろされ、言葉を詰まらせるリチャード。……不穏な気配を察知したためか、アイリスが銃を構える音が、その耳に届く。
 リチャードは慌てて、「まだ待ってくれ」の合図を送った。

「……まあ、『悪魔』に仲間意識があるかどうか分からないけどさ。俺たちは、どうしても『憤怒』を助けたいんだよ」
彼奴きゃつは『処刑人』に連れて行かれたと聞く。如何いかに挑む心算つもりで、勝算は如何程か?

 我は冷徹な瞳を向け、問い詰める」
「当然、本部に攻め込んで連れ戻さなきゃならない。だから、戦力を必要としてるってわけだ」

 懸命な説得が功を奏したのか、レヴィアタンの赤い瞳が興味深そうにリチャードの方を向く。
 
「ほう。奴らの本拠地に攻め込むか。なかなかの蛮勇ばんゆうと見た。

 ……『処刑人』、の……本拠地……。

 ……! しま……っ」

 今度は茶色の瞳が爛々と輝くが、赤い瞳の方とは対照的に、リチャードの姿はおろか目の前の景色すらも映さない。
 
「我はこう。共にこうぞ。

 待て、待つが良い番号023……! 『それ』は貴公には過ぎた感情だとあれほど……!
 
 我は殺す。我は屠る。我は滅する。『かの男』の影を。『かの男』のすべてを。嗚於おお我が魂は叫ばん……。拒絶し、否定し、希求し、愛惜いとおしむべしと……!」

 男の声をさえぎり、女の声は饒舌じょうぜつに、そして不安定に語り続ける。
 いつもの無機質な言葉が嘘のように、その声は情念に満ち満ちていた。

「……ああ、そうか。『そっち』の方が元人間ってことか……」

 リチャードは目の前の光景に圧倒されながらも、どこか冷静に呟く。
 振り乱した髪の下。首筋に、黒いコードがわずかに見え隠れする。
 かすれた文字で「prototype『Red』」と書かれてあるのが、リチャードにも辛うじて読み取れた。

「是非に及ばず。我を連れて行け。

 ……。致し方ない。『彼女』がそう言うのであれば、私も従おう」
「……! 本当か!?」
「勘違いするな。貴君のためではない。

 002。我は至って平常なり。この嫉妬のろいこそ、我の本質とも言えり。

 ……私は、番号023をぎょさねばならん。遠い誓いを果たすためにな」

 見開かれ、爛々と光り輝く茶色の瞳と、落ち着いた様子で伏せられる、赤い瞳。

「かの激情は、ヒトの身には過ぎたもの。番号023の切望を果たし……『嫉妬』の感情エラーは、再び私が引き受けよう」

 レヴィアタンの、は、静かに決心を語った。
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