そして悪魔も夢を見る

譚月遊生季

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第1章 欲望と大罪

16. 優先

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「お主は『処刑人』の……ケビン何某なにがしじゃったか。まあ、別に名前なぞどうでも良い」

 リチャード達に姿を見せないまま、ケリーは流暢りゅうちょうに語る。

「わしの下僕に手を出した以上は……分かっておるじゃろうな?」
「悪魔が……幻覚を見せやがったな?」

 舌打ちをし、ケビンと呼ばれた「処刑人」はショルダーバッグから卵型の物体を取り出す。

「おっと、手当り次第投げるつもりじゃな? やめておけ。お主のみが肉片となるやもしれんぞ?」
「……チッ……」

 ケリーの能力は「存在しないものを見せる能力」だ。時には五感すらも欺き、感覚を狂わせる能力……ケビンの主力武器が「爆弾」であるのなら、相性の利はケリーの側にある。

「……やめだやめ。勝ち目のねぇ争いなんかしてられるか」

 ケビンは両手を挙げ、「降参」の意思を示す。

「ほう? それは本心じゃな?」

「傲慢」の悪魔は、疑問形でありながらも、どこか確信めいた様子で語る。

「本心に決まってんだろ。たかが、なんで俺が命を賭けなきゃならねぇ?」
「な……!」

 ケビンの言葉に、リチャードの頭にかっと血が上る。……が、その手に握られている爆弾を目にし、苛立つ自分をどうにか抑え込んだ。
 彼の言うことが本心かどうか、リチャードにはまだ分からない。もし本人の言っていることが嘘で、自爆も辞さない考えであるならば、胸ぐらを掴んだ時点でリチャードの死が決定づけられてしまうのだ。

「そろそろ増援も来そうだし、今回は引き下がっとくぜ」

 そう言うと、ケビンはリチャードを突き飛ばし、地面に丸い塊を叩きつけた。
 地面から凄まじい量の煙が噴き上がる。
 警戒するリチャードの耳に、嘲るようなセリフが届く。

「ヘッ、ビビってら。この俺が、弾を間違えるようなヘマをするかよ」

 煙玉を投けつけたケビンは、渦巻く白煙に紛れて姿を眩ませる。

「ケリー!」
「大声を出すでない。透視はわしの専門外じゃ。余所よそを当たれ」

 白煙が薄れ、少女の影が姿を現す。
 ケリーは悠然と腕を組み、その場から微動だにしない。

「わしらの目的を忘れるな。今、あの男を追う必要はどこにもなかろう」

 廃墟の正面。
 ケリーは、中の避難民を守るように仁王立ちしていた。

「……そうだったな。優先すべきは、住民の避難だ」

 リチャードは静かに頷き、ケリーの方へと歩み寄る。
 可憐な少女の姿が、リチャードには自分よりも大きく見えた。

「助かったよ。ありがとう」
「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう。わしがいなくては、どうなっていたか分からんぞ?」

 張りつめていた空気が途端に緩んだ。
 誇らしげに胸を張り、ケリーはニマニマと笑う。

「奴はケビン。『処刑人』の中で、誰よりも紳士的と称される男じゃ」
「し、紳士的? どこがだよ」
「無論、人間にとっては……の話じゃ。奴は『要処置者フリー』を人間とは思っておらぬからのう」
「……」

 確かに、出てきた瞬間の口調は「独り言」だったのにもかかわらず丁寧だった。
 言葉にできないような、薄ら寒い気配がリチャードの背筋を撫でる。

「どうにかなったみたいね。もう敵の気配はないわ」

 ……と、落ち着いた声がリチャードの耳に届く。
リチャードが振り返ると、そこにはアイリスの姿があった。纏った衣服はボロボロだが、至って冷静な様子でこちらに歩み寄ってくる。
 その様子を見、みどりの瞳がパッと輝いた。

「アイリス! テレーズはどうなった?」
「上手く撒いて来たわ。今のうちに移動するわよ」

 アイリスがそう言うや否や、土煙を上げ、セドリック達の乗った車が姿を現す。

「何とか修復できたみたい。全員乗せられるはずよ」

 その背後から、ボロボロの大型車両もゆっくりと現れる。
「観光」と書かれた文字は消えかかり、かつてはカラフルに車体を彩っていたであろう塗装も見事にはげ落ちていた。



 ***



「……はぁ? ウソでしょ? アイツどこ行ったー!?」

 一方、テレーズはアイリスの姿を見失い、廃ビルが立ち並ぶ中で途方に暮れていた。

「うう……っていうか、ここどこー!?」

 半泣きになりつつ、テレーズはキョロキョロと辺りを見回す。
 どこを見ても瓦礫ばかりが広がり、人の気配どころか生物の気配すら感じられない。

「ああ、良かった! ここにいたのですね」

 ……と、優しげな声がテレーズの背後から響いた。

「……!!! ケビン!!」

 テレーズは顔をぱあっと明るくし、声の主の名を呼ぶ。

「探しましたよ、テレーズ」

 穏やかな微笑を浮かべ、ケビンはテレーズに手を差し伸べた。
 先程、リチャード達に見せた表情とは打って変わり、その微笑は慈しみや親愛に満ちている。

「えへへ。いつもありがと、ケビン」
「なんの。人助けのためならこの程度、痛くも痒くもありません」

 和気あいあいと語らい、二人の「処刑人」は帰路に着く。
 ……その姿は、「悪魔および要処置者の処刑」を生業にしているとは思えないほど穏やかだった。

「さて。帰ったら、またお勉強ですよ。もちろん、スティーブも一緒です」
「……うへぇ」

 二人は気付かない。
 帰路に着く姿を、見つめる影があったことに。



 二人が歩く路上の、遥か上。
 廃ビルの十数階層。
 ボリボリと音を立て、少年の姿をした「何者か」は絶えず何かを口にしていた。

 床に落ちるガラスやコンクリートの破片は、明らかに人間が口にするものではない。
 それでも少年は赤い瞳を輝かせ、その場にあるものを掴んでは食べ続けた。

 ただただ、貪るように。
 抑えられない欲を満たすように。

「……『処刑人』……」

 柔らかそうなプラチナブロンドの短髪が煌めく。
 少年は二人の姿を捉え、そそくさと建物の奥へと姿を消した。

「隠れる……」

 その間も、少年は食べることをやめない。
 鉄やガラス、コンクリートを口に運んでは、噛み砕き続ける。

「兄さん……」

 食事の合間に、言葉が漏れる。
 感情の読めない言葉が、コンクリートの破片や鉄くずと共に、ぽろぽろと……

「待ってろって、言った……」

「暴食」の悪魔は独り、満たされない飢えを持て余し続ける。
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