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第1章 欲望と大罪
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血を流す脚を引きずり、レヴィアタンはねぐらにしている廃墟に辿り着く。
純粋な体力の差があるため、長期戦に持ち込めば次第に人間よりも悪魔の方が有利になっていく。それを察知してか、フランシスは余裕があるうちに撤退した。
「ほう、ほう、ずいぶんと痛めつけられたようじゃのう」
一向に回復しない脚の手当に苦心していると、長い亜麻色の髪が視界に入る。
少女の姿をした何者かは、座り込んだレヴィアタンを見下ろし、ニヤニヤと笑っている。
「……『傲慢』か。何用だ。私を笑いに来たか。
我は対峙する少女を見上げる。不服なり。
笑いに来たならば早く立ち去れ。貴君と遊んでいる暇はない」
「傲慢」と呼ばれた少女は「つれないではないか」と笑い、レヴィアタンの横に座る。
レヴィアタンはその態度に眉をひそめ、距離を置いた。
「……貴君はまだ、奴らの仲間とやらにはなっていなかったか」
「ふふ。アイリスとは仲良くしておるがのう……わしができぬと思うたことは、何者であれできるわけがなかろう」
「傲慢」の悪魔は余裕たっぷりな笑みを崩さず、レヴィアタンの胸元に目をやる。
「ほう、今は女体か」
「体力の消耗を抑えているのでな。
我、体躯、表面積の差を鑑みた」
「ふーむ。効率のために肉体を変化させるか。いっそのこと、わしのように常に愛らしい姿でいれば良いものを……」
くるくるとフリルだらけの服を見せつけるように、少女はレヴィアタンの周りを回る。
「どうじゃ、14歳の美少女は。愛らしかろう?」
「ふん、貴君は何十年と生きていよう」
「野暮なことを言うでない! わしはローティーンの美少女じゃ。しかし、その上で経験と含蓄を揃えておる。完璧じゃ」
「……」
理解が追いつかなくなったのか、レヴィアタンはムッとした表情を隠しもせず押し黙る。
「まあ、お主の怪我を笑うのもここまでにしておくか。その様子では、わしと戯れる余裕もなかろうて」
「……おい、やはり笑いに来ていたか。
我は不服なり。
私も不愉快だ。早くどこかへ消えるがいい」
「ならば、アイリスの元にでも遊びに行くかのう。いつもの如く、『勧誘』は受けてやらぬがな」
その言葉を聞き、レヴィアタンは先刻自分の前に現れた男を思い出す。
自分に礼を言い、「また会おうな!」などと口にした人間……
「よほど、幸福な頭をしているのだろうな。……妬ましいことよ」
「む? どうした? わしを妬むのであれば好きにせよ。わしは完璧に愛らしく完璧に賢く、完璧に強い。嫉妬するのも無理はなかろうて」
「…………貴君もそのうち会うことになるだろう」
レヴィアタンのぼやきにきょとんと目を丸くしつつも、やがて、少女はにやりと口角を吊り上げる。
「それはそれは……期待しておくかのう」
そう言い残し、少女は煙のように姿を消す。
レヴィアタンは大きくため息をつき、傷を癒すため目を閉じる。
「……バッテリーが不足しています」
機械だった片割れの名残が、勝手に口から漏れる。
「バッテリーが不足しています。10分後、スリープモードに移行します。
……『食事』が足りていなかったか。
致し方なし。電力を補給せよ」
レヴィアタンは、血の着いたスーツを脱ぎ捨て、腰の差し込み口を露わにする。この廃墟をねぐらに選んだのは、発電設備が生きているためだ。
首から提げられた社員証入れを手に取り、握り締める。
透明なケースの中には、真っ黒な燃えかすのみが残されていた。
***
リチャード達が研究所に帰ってくるやいなや、雛乃とロビンは会議が必要だと個室にこもった。セドリックは車の整備をするといって車庫に戻り、リチャードの隣にはアイリスだけが残される。
……と、そこに一匹のオウムが羽ばたいてきた。
「……あれ? さっきまでこんなやついたっけ?」
「それ、パットよ」
アイリスの言葉に、リチャードはきょとんと目を丸くする。
「……は?」
確か、パットは犬の名前だったはず……。
リチャードが思案していると、オウムが口を開いた。
「マジでオレが動物だとでも……?」
上手な鳴き声だなと思うほど、リチャードはオウムの声帯模写を過信できなかった。
「もっと早く喋れよ!?」
「……めんどくせぇし」
やる気のない声色でぼやきつつ、オウム……パットはふらふらと低空飛行でどこかへ飛び去って行く。その途中で、飛ぶのが嫌になったのか猫に姿を変えた。
ああ、こいつ「怠惰」か……と、合点がいき、リチャードは静かに頷く。自己紹介がなくとも、あまりにわかりやすい。
「本気を出したらドラゴンにもなれるらしいわよ。見たことないけど」
「へ、へぇ……」
おそらくは変身能力か何かを持っているのだろう。
ロビンやレヴィアタンと比較して華やかな能力にも思えるが、本人の態度を思うに、そこまで派手に活用しているわけではなさそうだ。
「元人間なのは同じ?」
「だと思うけど……人型は疲れるらしいわ。小動物が一番気楽だって」
「ああー……なるほどねぇ」
その気持ちはリチャードにも多少理解できた。猫や犬になってみたいと思ったことはないでもない……ような、気もする。
最近までそういった「欲求」自体が「なかったこと」になってはいたのだが、認識していなかったというだけで、無意識には存在していたのかもしれない。
「そういや……クリス、だっけ? あの人の能力は?」
夢で出会った女性を思い出す。
本人は「肉体がない」と語っていたが、ロビンも機械を乗っ取って自らの「体」としている。となると、彼女も似たような能力を持っているのだろうか。
「精神干渉じゃなかったかしら」
「……おお、色欲っぽい……」
息を飲んだリチャードに、アイリスはじろりと冷たい視線を向ける。
「酷く弱体化してるらしいから、今も使えるかは知らないわ」
「弱体化? もしかして……さっきのお嬢さんみたいな人に斬られたとか?」
『処刑人』の武器は、掠っただけでも悪魔を弱体化させると聞く。
と、いうことは、クリスは実体を失うほどの傷を受けたのかもしれない。リチャードはそう推測した。
「そんなとこね。相手はフランシスじゃないけれど……もう、かなり前のことらしいわ」
「かなり前……その口ぶりだと、アイリスが出会った時にはもう……って感じか?」
「……。……そう、なるわね……」
リチャードの質問に、アイリスは眉をひそめ、拳を固く握る。
何かまずいことを聞いたかと、リチャードが慌てて口を開く前に、アイリスは、
「クリスが身体を失ったから、わたしはここにいるの」
そう、絞り出すように言った。
リチャードは、夢の中で見た「クリス」がアイリスとよく似ていたことを思い出す。
……けれど、震えるアイリスを前に、それ以上を聞く気にはなれなかった。
「アイリス」
……と、ロビンの声が背後から聞こえる。
会議が終わったのかと、そちらを振り返り……
「ぎゃぁぁあ!?」
リチャードは、大きく悲鳴を上げた。
ロビンはそこにいた。いたが、なぜか胴体がなく、首だけになっている。そのロビンの首を、見知らぬ少女が抱えていた。
「ケリーが、お会いしたいとのことです」
ロビンは首だけの状態で語る。
亜麻色の長髪を揺らし、ロビンを抱えた少女はにやりと笑った。
「何やら、面白いことがあったそうではないか。わし自ら遊びに来てやったのじゃ、ありがたく思え!」
純粋な体力の差があるため、長期戦に持ち込めば次第に人間よりも悪魔の方が有利になっていく。それを察知してか、フランシスは余裕があるうちに撤退した。
「ほう、ほう、ずいぶんと痛めつけられたようじゃのう」
一向に回復しない脚の手当に苦心していると、長い亜麻色の髪が視界に入る。
少女の姿をした何者かは、座り込んだレヴィアタンを見下ろし、ニヤニヤと笑っている。
「……『傲慢』か。何用だ。私を笑いに来たか。
我は対峙する少女を見上げる。不服なり。
笑いに来たならば早く立ち去れ。貴君と遊んでいる暇はない」
「傲慢」と呼ばれた少女は「つれないではないか」と笑い、レヴィアタンの横に座る。
レヴィアタンはその態度に眉をひそめ、距離を置いた。
「……貴君はまだ、奴らの仲間とやらにはなっていなかったか」
「ふふ。アイリスとは仲良くしておるがのう……わしができぬと思うたことは、何者であれできるわけがなかろう」
「傲慢」の悪魔は余裕たっぷりな笑みを崩さず、レヴィアタンの胸元に目をやる。
「ほう、今は女体か」
「体力の消耗を抑えているのでな。
我、体躯、表面積の差を鑑みた」
「ふーむ。効率のために肉体を変化させるか。いっそのこと、わしのように常に愛らしい姿でいれば良いものを……」
くるくるとフリルだらけの服を見せつけるように、少女はレヴィアタンの周りを回る。
「どうじゃ、14歳の美少女は。愛らしかろう?」
「ふん、貴君は何十年と生きていよう」
「野暮なことを言うでない! わしはローティーンの美少女じゃ。しかし、その上で経験と含蓄を揃えておる。完璧じゃ」
「……」
理解が追いつかなくなったのか、レヴィアタンはムッとした表情を隠しもせず押し黙る。
「まあ、お主の怪我を笑うのもここまでにしておくか。その様子では、わしと戯れる余裕もなかろうて」
「……おい、やはり笑いに来ていたか。
我は不服なり。
私も不愉快だ。早くどこかへ消えるがいい」
「ならば、アイリスの元にでも遊びに行くかのう。いつもの如く、『勧誘』は受けてやらぬがな」
その言葉を聞き、レヴィアタンは先刻自分の前に現れた男を思い出す。
自分に礼を言い、「また会おうな!」などと口にした人間……
「よほど、幸福な頭をしているのだろうな。……妬ましいことよ」
「む? どうした? わしを妬むのであれば好きにせよ。わしは完璧に愛らしく完璧に賢く、完璧に強い。嫉妬するのも無理はなかろうて」
「…………貴君もそのうち会うことになるだろう」
レヴィアタンのぼやきにきょとんと目を丸くしつつも、やがて、少女はにやりと口角を吊り上げる。
「それはそれは……期待しておくかのう」
そう言い残し、少女は煙のように姿を消す。
レヴィアタンは大きくため息をつき、傷を癒すため目を閉じる。
「……バッテリーが不足しています」
機械だった片割れの名残が、勝手に口から漏れる。
「バッテリーが不足しています。10分後、スリープモードに移行します。
……『食事』が足りていなかったか。
致し方なし。電力を補給せよ」
レヴィアタンは、血の着いたスーツを脱ぎ捨て、腰の差し込み口を露わにする。この廃墟をねぐらに選んだのは、発電設備が生きているためだ。
首から提げられた社員証入れを手に取り、握り締める。
透明なケースの中には、真っ黒な燃えかすのみが残されていた。
***
リチャード達が研究所に帰ってくるやいなや、雛乃とロビンは会議が必要だと個室にこもった。セドリックは車の整備をするといって車庫に戻り、リチャードの隣にはアイリスだけが残される。
……と、そこに一匹のオウムが羽ばたいてきた。
「……あれ? さっきまでこんなやついたっけ?」
「それ、パットよ」
アイリスの言葉に、リチャードはきょとんと目を丸くする。
「……は?」
確か、パットは犬の名前だったはず……。
リチャードが思案していると、オウムが口を開いた。
「マジでオレが動物だとでも……?」
上手な鳴き声だなと思うほど、リチャードはオウムの声帯模写を過信できなかった。
「もっと早く喋れよ!?」
「……めんどくせぇし」
やる気のない声色でぼやきつつ、オウム……パットはふらふらと低空飛行でどこかへ飛び去って行く。その途中で、飛ぶのが嫌になったのか猫に姿を変えた。
ああ、こいつ「怠惰」か……と、合点がいき、リチャードは静かに頷く。自己紹介がなくとも、あまりにわかりやすい。
「本気を出したらドラゴンにもなれるらしいわよ。見たことないけど」
「へ、へぇ……」
おそらくは変身能力か何かを持っているのだろう。
ロビンやレヴィアタンと比較して華やかな能力にも思えるが、本人の態度を思うに、そこまで派手に活用しているわけではなさそうだ。
「元人間なのは同じ?」
「だと思うけど……人型は疲れるらしいわ。小動物が一番気楽だって」
「ああー……なるほどねぇ」
その気持ちはリチャードにも多少理解できた。猫や犬になってみたいと思ったことはないでもない……ような、気もする。
最近までそういった「欲求」自体が「なかったこと」になってはいたのだが、認識していなかったというだけで、無意識には存在していたのかもしれない。
「そういや……クリス、だっけ? あの人の能力は?」
夢で出会った女性を思い出す。
本人は「肉体がない」と語っていたが、ロビンも機械を乗っ取って自らの「体」としている。となると、彼女も似たような能力を持っているのだろうか。
「精神干渉じゃなかったかしら」
「……おお、色欲っぽい……」
息を飲んだリチャードに、アイリスはじろりと冷たい視線を向ける。
「酷く弱体化してるらしいから、今も使えるかは知らないわ」
「弱体化? もしかして……さっきのお嬢さんみたいな人に斬られたとか?」
『処刑人』の武器は、掠っただけでも悪魔を弱体化させると聞く。
と、いうことは、クリスは実体を失うほどの傷を受けたのかもしれない。リチャードはそう推測した。
「そんなとこね。相手はフランシスじゃないけれど……もう、かなり前のことらしいわ」
「かなり前……その口ぶりだと、アイリスが出会った時にはもう……って感じか?」
「……。……そう、なるわね……」
リチャードの質問に、アイリスは眉をひそめ、拳を固く握る。
何かまずいことを聞いたかと、リチャードが慌てて口を開く前に、アイリスは、
「クリスが身体を失ったから、わたしはここにいるの」
そう、絞り出すように言った。
リチャードは、夢の中で見た「クリス」がアイリスとよく似ていたことを思い出す。
……けれど、震えるアイリスを前に、それ以上を聞く気にはなれなかった。
「アイリス」
……と、ロビンの声が背後から聞こえる。
会議が終わったのかと、そちらを振り返り……
「ぎゃぁぁあ!?」
リチャードは、大きく悲鳴を上げた。
ロビンはそこにいた。いたが、なぜか胴体がなく、首だけになっている。そのロビンの首を、見知らぬ少女が抱えていた。
「ケリーが、お会いしたいとのことです」
ロビンは首だけの状態で語る。
亜麻色の長髪を揺らし、ロビンを抱えた少女はにやりと笑った。
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