【受け視点分割版】堕ちた神父と血の接吻 ― Die Geschichte des Vampirs ―

譚月遊生季

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第一章 彷徨の秋

第6話 Und wohin gehe ich?

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「んじゃ行ってきまーす。日が沈んだら帰るんで!」

 寝床に戻ると、ヴィルの明るい声が聞こえた。
 私が接吻せっぷんしてやると言ったのがよほど嬉しかったのか、先程から表情も声もうきうきと弾んでいる。
 確かに、頬やそれ以外でなく「唇に」接吻してやると約束はしたが……そこまで喜ぶことなのだろうか。

「……沈む前に帰れ」
「心配いらねぇっすよ。オレは夜でも全然平気です」
「愚か者。貴様の心配をしているわけではない。出会い頭に『うっかり』殺される憐れな民を憂いているのだ」
「……ですよねぇ」

 ついつい冷たく接してしまったが、違う、そんなことを言いたかったわけではない。
 もちろんヴィルの心配もしているし、ヴィルが不必要に罪を犯さないように願ってもいる。……だが、その、なんだ。何と言うのか……気恥ずかしい、というとまた違うのだが……どうすれば良いか分からない……とでも、形容するべきだろうか。

 この関係を肯定する訳にはいかない。……そして、罪を重ね続けさせるわけにもいかない。
 なるべく早くヴィルを解き放ってやるべきなのだが、ヴィルは私から離れるどころか、日に日に情愛をつのらせているように感じる。
 ……正直なところ、それをどこかで喜んでしまっているのは事実だ。だからこそ、壁を高く積み上げておかねば、後戻りできなくなってしまうだろう。
 それはそうとして、感謝を一言も伝えないのはどうかとも思う。さすがに、ここ最近は自分でも態度が目に余っているのでは? と感じざるを得ない。

 寝床から身体を起こし、出かけようとするヴィルを追う。

「……念の為言うが、せめて朝までには帰れ」
「んぉ?」

 振り返ったヴィルに、今度こそ、ねぎらいの言葉を……

「分かっているだろう」

 言葉、を……

「……私は、貴様に抱かれねば眠れない」

 …………。
 そういうことを、言いたかったわけでもないのだが……



 ***



 案の定眠りに落ちることは出来ず、苦痛を持て余したまま時間が過ぎ去っていく。

 憎い。

 過去の記憶が蘇る。

 憎い。憎い。

 世界に絶望し、転落した母。
 分かたれた首を陽光にさらされ、灰となった祖父。
 生きるために、生かすために身を粉にして働き、力尽きた父。
 虚勢を張る兄。耐え忍ぶ妹。嘆く弟。……そして……

 憎い。憎い。憎い。憎い。

 身体の内側が、激しく痛む。
 身をくほどの感情が、膨れ上がっていく。

 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。

 ──許さない

「……っ!」

 階下からノックの音が聞こえ、我に返る。
 汗にまみれた身体を起こし、ふらふらとエントランスへと向かう。

 ……憎しみに身を委ねてはならない。
 許さなくては。
 主は我々の原罪を引き受けてくださった。
 私も、慈悲の心を持ち、人を許さなくてはならない。

 人を……ヒトを……許さなくては……。

 痛みと憎しみを振り払い、どうにか扉に手をかける。
 扉の前には、先程の老夫婦が立っていた。

「ああ……良かった。留守にしてらしたのかと」

 ──何をしに来た?

 疑念を噛み殺し、どうにか笑顔を作る。

「……どうされましたか? まだ、何か……」
「なんだか、顔色が優れない様子でしたから……良かったら、これ、食べてくださいね」

 老婦人に卵の入ったかごを手渡され、一瞬、状況に理解が及ばなくなる。

「巡礼中なんでしょう? 栄養つけてくださいね」
「……え。は、はい……」

 ──何を、企んでいる?

 浮かんだ思考を振り払い、籠を受け取る。

「息子が医者をしておりまして。顔が青白すぎる、どう見ても具合を悪くされている、と……。養生してくださいね、神父様」
「……」

 夫の方の言葉に、上手く返事ができない。
 医者、という言葉で、態度を変えたあの医者のことも脳裏によぎった。
 笑わなければ。取り繕わなければ。もう、じきに出立しゅったつする身とはいえ……疑われないに、越したことはない。

「ありがとうございます。……貴方がたに、主の祝福がありますように」

 邪念があってはならない。
 疑ってはならない。
 彼らの行いに感謝し、その善なる心をたっとばねばならない。
 ……だと言うのに。

 ──私が吸血鬼だと知られれば、彼らも……

 疑念を、拭い去ることができない。



 扉を閉じ、ずるずるとその場にうずくまる。
 頭が割れるように痛み、思考がまとまらない。

「…………主よ」

 どうにか言葉を絞り出し、片手でロザリオを握る。

「……お赦しください……」

 神に仕える資格を失い、人としての道を踏み外し、信じる心を忘れ……
 私は、どこまで堕ちていくのだろう。
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