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第三十二話 計画通り

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 まともに起き上がれないとはいえ、銀狐にも予定というものがある。里長としての仕事はそこまで暇ではない。いや、厳密に言うと暇な時は暇だが、というか暇な時期もそれなりに多くはあるが、忙しい時はとても忙しい。

 思案の結果。
 銀狐は狐の姿になり、貫八に抱えられて輪島たちの前に姿を現すことに。

 銀狐が狐の姿になること自体は別に珍しくはない。
 ……ただ、貫八の腕に大人しく抱えられて出てきたという一点で、付喪神たちの予想が確信に変わった。

「あ、これは祝言しゅうげんの日も近いな」
 ……と。

「はい、銀狐さん! いっぱい食べてくださいね!」
「親にでもなったつもりかいな。むぐむぐ……」

 ぶつくさと文句を言いつつも、銀狐は朝食の茶漬けを、貫八に差し出されたさじから直接もぐもぐと食べる。
 あまりにも自然に行われるイチャつきに、輪島は苦笑する他なかった。

 輪島が銀狐に初めて出会った頃。銀狐はまだ、片脚を動かせない状態だった。  

 打ちてられた廃屋の調度品から生まれた付喪神。それが、輪島だ。 
 銀狐は明治維新のゴタゴタを避けるため、輪島が生まれた廃屋にてリハビリに励み、輪島はその様子をこっそりと影から見守っていた。
 やがて、輪島は銀狐の話し相手になり、本来は死んでもおかしくない状態から奇跡的に回復したこと、数百年も眠りについていたため、江戸時代のことをまったく知らないことなど、様々な話を聞かされた。

 京都の山奥に隠れ里を作るという話も、ただの思いつきから具体的な計画となるまでを輪島はよく知っている。
「君も来はる?」と声をかけられた時、輪島は、本当に嬉しかったことを覚えている。

「(銀狐さん……穏やかな顔をしておられますな)」

 廃屋にいた頃の銀狐は、辛そうな顔をしていることが多かった。隠れ里に移ってからは虚勢を張ることが増えたが、無理に本心を隠しているようにも見えた。
 その銀狐が、現在、大きな手に頭を撫でられて、文句を言いつつも心地良さそうに目を細めている。
 輪島の胸に、言いようのない感動が押し寄せた。

「貫八殿」

 感極まった様子で、輪島は二匹の前に進み出る。

「どうか……末永く、銀狐さんをよろしくお願いいたしますぞ」

 うるうると涙を浮かべる輪島。
 突然のことに、銀狐は嫌味を言うことすら出来なかった。

「な、なななな、何の話や!?」

 狼狽うろたえる銀狐に対し、貫八は落ち着き払っている。
 貫八の真剣な眼差しが、輪島を真っ直ぐに見た。

「はい! 銀狐さんは、おれが幸せにします!」
「はあ……っ!?」

 巻き起こる拍手。
 銀狐は狐のまま、貫八の胸元をてしてしと叩き、「勝手なこと言うて……!」と慌てている。

「安心してください、銀狐さん」

 白銀の艶やかな毛並みに頬ずりし、貫八は、銀狐の耳元で囁いた。

「ぜーんぶ、計画通りじゃわい」

 低く、ドスの効いた声音に、銀狐の毛がゾッと逆立つ。
 銀狐はとっさに貫八の腕から抜け出し、凄まじい速度で廊下の方へと走っていった。

「あっ、何で逃げるんですか~!」

 貫八も狸の姿に変化し、脱兎のごとく……いや、脱狐のごとく逃げる銀狐を追いかける。
 その様子を、付喪神たちはもはや微笑ましく見守っていた。
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