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第三十話 友ならなくに ※

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 銀狐からの思わぬ誘いに、貫八の思考(と逸物)が固まる。

「……もしかして酔うとるんか、銀狐さん」
「酔うれへんわ」

 銀狐は不機嫌そうに言うが、その顔は赤く、喋り方も少しばかり呂律ろれつが回っていない。快楽と酒にとろけた瞳が、ぼんやりと貫八を見上げている。

「絶対酔うとるじゃろう!」
「そんらことあらへん」

 銀狐は意地を張るように上体を起こし、弾みで浴衣から豊かな胸がこぼれる。
 貫八は葛藤した。
 愚息は「構わん、やれ」と言っている。……が、理性は、銀狐の身体を案じている。

「……あかんか?」

 銀狐が眉を寄せ、こてんと首を傾げる。
 瞬間、貫八の理性はあっさりと敗北した。

「いけんことなんぞ、何もないわい」

 すっかり大きくなった屹立きつりつを濡れそぼった秘所に宛てがい、貫八はいっそ振り切れたような笑顔を向ける。

「あっ……」

 亀頭が陰核に触れ、銀狐は甘い声で身をよじる。
 竿がずぷっと胎内なかに沈み込み、熱く蕩けた媚肉を抉る。

「ぁあっ、ぬき、はちぃ……っ」

 銀狐は貫八の背にしがみつき、すがるように彼の名を呼んだ。



 ***



 たゆたう意識の先で、銀狐は懐かしい夢を見る。

 貫八と離れて五百年近くが経った後。
 時代も変わって公家くげ中心の政権から武家が中心の政権となり、藤原氏、平氏のみならず源氏、北条ほうじょう氏、足利あしかが氏と、権力者も次々と移り変わっていった。
 それでも、陰陽寮および配下の狐たちは変わらず務めを果たし続けた。

 陰陽寮の要職は世襲せしゅう制となり、銀狐たちにとっては見慣れた顔ばかりとなった。
 世は乱れ、仕事の内容も過酷になり、嫌だったことも辛かったことも数え切れないが、共に働く仲間たちに親しみが湧いていたのも事実。
 たとえ個々人とはすぐに別れが訪れるとしても、次の世代が後を引き継いで都を守る……その光景に、いつしか、銀狐は慈しみを抱いていた。

 いつまでも、彼らと共に都を守っていけたら。
 ……そんな願いを、抱くようにもなった。

 そんな折、銀狐はとある青年と深い関係になった。

「ぎ、銀狐さん! そ……その、今日……ねやに行っても構わへんやろか……!」
「……まあ、ええわ。身支度みじたくしといたる」
「は、はいっ! ありがとうございますっ」

 時代は既に南北朝の頃。
 その青年は、奇しくも、「彼」とどこか似た面影をしていた。
 陰陽師の中でも落ちこぼれで、それでも愛嬌があるからと周りからよく面倒を見られている若者だった。

 そして、何より。
「彼」と同じように、その若者は銀狐の身体を求めた。

「あっ、ぁあっ」
「ああ……銀狐さん……! ほんまに綺麗なお人や……」

 もちろん、若者は「彼」ではない。
 求めたのも男体の銀狐ではなく、女体の銀狐のみだったし、生まれも四国ではなく京だった。

 それでも、銀狐は「彼」を……貫八を、忘れられずにいた。
 若い陰陽師に貫八の面影を重ね、女体に変化した姿でしか求められずとも、夜な夜な望む通りの姿に化けて若さゆえの旺盛おうせいな欲を受け止めた。

「……っ、ぅあっ、ぬきはちぃ……」
「……。銀狐さん……っ」

 銀狐が行為中に貫八の名を呼ぶことを、その若者がどう思っていたかは定かではない。

 ……ただ、後に銀狐は知る。
 その若き陰陽師が、かつて金狐あねに恋文を出していたことを。

 陰陽師の位は「従七位じゅしちいの上」相当。金狐が最低限望む「殿上人てんじょうびと」は、いくら低くとも六位以上だ。……金狐が相手にしたとは思えない。

 互いが、互いの面影に想い人を重ねていた。
 もう少し早く気付いていたのなら、話を聞いてやることもできたのかもしれない。

 真実のほどは、もう、二度と分からない。
 くだんの陰陽師は若くして妖魔の手にかかり、殉職してしまったのだから。

 ……その若者が命を落とした際、銀狐も肉体に深い傷を負った。
 同時に、そのはらに、かけがえのない我が子を宿したのだ。
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