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第二十五話 術中に陥る

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 客間にて。
 銀狐は緊張した面持ちで、優雅に茶を飲む金狐に向き合っていた。

「ほんまに大丈夫なんやろな……!?」

 念の為正装を……と、慣れない衣装に身を包み、銀狐は貫八にコソコソと耳打ちする。束帯そくたいと呼ばれる平安時代の正装は、冠やら髪型もとどりやらの構造が面倒くさいと銀狐が敬遠する衣装の一つだ。

「まあ……効くのは知ってますから」
「大した自信やなぁ……」

 コソコソと囁き合う二匹をちらりと一瞥いちべつし、金狐は手元の茶に目をやる。
 銀狐が屋敷に洋風の飲食物を備えているとは考えにくい。……が、金狐が飲んでいるそれは、どこからどう見ても、更にはどう味わっても、上等なティーセットに淹れられた紅茶だった。
 付け加えるなら、金狐がよく品だ。

「また、腕を上げはったなぁ」

 金狐の言葉に、銀狐の肩がビクッと震えた。
 なお、わざと分かりにくくしているが、金狐は銀狐ではなく貫八に言っている。

「(あての目すらあざむけるんは、相当な力やで、狸はん)」

 金狐は不敵にほくそ笑み、銀狐と貫八の様子を交互に観察する。
 着ているのは上等なイギリス製のスーツ……に、金狐の目には見えている。銀狐は「窮屈きゅうくつや」と洋服をそこまで好まないため、その時点で、幻覚を見せられているのは間違いない。

 ……が、金狐の審美眼しんびがんを持ってしても、目の前の光景は「本物」に見えてしまう。
 違和感があるとするなら、記憶に紐づいた情報ぐらいだ。逆に言えば、金狐の記憶と視覚情報とのギャップが、より貫八の能力の精度の高さを示している。

 金狐はほう、と感嘆の息をつき、テーブルの焼き菓子に手を伸ばす。
 一口かじった途端、口の中でバターの香りがふわりと広がった。

 ……一方、銀狐と貫八の視点。
 金狐は座敷にて輪島の淹れた煎茶せんちゃを飲み、茶請ちゃうけの生菓子を美味しそうに食べていた。

 そわそわと落ち着かない様子で、金狐の様子をチラチラとうかがってしまう銀狐。
 そんな銀狐の耳元で、貫八は囁いた。

「不安なら、試してみますか?」
「……は?」

 唐突な提案に唖然あぜんとする銀狐の唇を、貫八が奪う。
 慌てて離れようとする後頭部を掴み、貫八は銀狐の口内をじっくりとねぶって蹂躙じゅうりんし始めた。

「んんっ!? ふ……ぅ、んんんんっ」

 銀狐は横目で金狐の方を見るが、金狐は意にも介さず茶請けを味わっている。
 銀狐の混乱した思考が落ち着く暇もなく、貫八は一通り口の中を弄ぶと、満足したように離れていった。

「……っ、はぁ……んん……」

 解放された銀狐は、ひとまず肩で息をし、呼吸を整える。
 やがて状況に理解が追いついたのか、顔がどんどん真っ赤に染まっていった。

「な、なな、なんで、あんた……!」
「どないしたんや、銀狐。突然慌てはって……」
「……!」

 銀狐は顔から湯気を出したまま金狐の方を向くが、金狐は不思議そうに首を傾げている。
 目の前で起こっていることすら、彼女には認識できていない。貫八の術の強大さを、銀狐は改めて見直した。

「わしが見せんようにしたもんは、例え目の前にあったとしても見えんぞな」

 耳元で囁く声がわずかに低くなり、銀狐の胸中に嫌な予感がぎる。

「こなぁなことしても、気付かれん」
「あ……っ!?」

 銀狐の背後からがばと抱き着き、貫八は白いうなじに顔を埋める。狐耳がピンと生え、頭の冠がコロコロと畳の上に転がるが、金狐はまたしても一切気にせず茶を飲んでいる。
 ……その時点で、銀狐は察した。
 耳に関してもそうだが、束帯衣装の冠は人間にとって重大な意味を持つ。服装にこだわる金狐が、冠が落ちたことに何も反応しないなどと、普段であればまず有り得ない。

 ついでに銀狐は、別のことも察した。

「貫八ぃ……つまり……、姉さんには見えへんってことやな……?」
「そういうことぞな」

 機嫌良く言い放ち、貫八は銀狐の胴体に手を伸ばしてしっかりと抱き締める。

「試してみんか」

 貫八は銀狐の狐耳に口を寄せ、吐息混じりの声で囁いた。
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