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第二十三話 狐界のファッショニスタ
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銀狐の姉、玉葛金狐。
かつては「殿上人より位の低い男に興味はあらへん」と豪語し、その言葉の通り、権力者の妾として彼らの主に財力を欲しいままにしてきた傾城の妖狐だ。
上皇の妾だった時期もあると噂されているが、真相は未だに闇の中である。
そんな金狐には、ひとつ、大きなこだわりがある。
服装だ。
古今東西を問わず、金狐は人間の被服およびその流行り廃りに並々ならぬ興味を抱いている。
特に当世の流行に沿っている必要はないとしても、「本物かどうか」には尋常ならぬこだわりがある。
そんな金狐のこだわりに反し、妖怪たちが行う変化は大抵の場合、細部がおざなりになる。
「それっぽく」見えていればいい……そんな手抜きこそ、金狐が嫌うものに他ならない。
構造も、肌触りも、色合いも、より本物に近付けた完璧な変化でなければ、金狐は満足しない。
半端な変化を行おうものなら、何度も「やり直し」を求められるうえ、見本としての実物がなければ「今すぐ街まで買って来い」と般若のごとき貌を見せる。
……そして、銀狐は、いいや、きょうだい達はみな、決して金狐には逆らえない。
銀狐の弟たちである、玄狐、赤狐、蒼狐は口を揃えてこう言った。
「怒らせたらめちゃ怖いねん」と……
***
銀狐と貫八は佐野、中津を手分けして叩き起こし、騒ぎで勝手に起きてきた輪島を加えて緊急の会議を始める。
「……佐野、衣装の整理は……まあ、してへんやろな……」
「た、大抵は衣装棚か衣装箱か押し入れの中探したら入っとるはずです!!」
「あー、これは整理してないやつですよ」
「参りましたな……」
銀狐の言葉に、佐野、中津、輪島が口々に答える。
銀狐と貫八は顔を見合せ、二人揃って渋い顔で思案に耽り始めた。
「……正直なところ、金狐さんが『何を着て欲しいか』による気がします」
貫八の意見に、銀狐の眉間のシワが更に深くなる。
「姉さんが求めてはるのは趣味が合うかやのうて『質を担保した上での量』や。身繕いへの情熱で、下手したら国が一個傾くで」
「例えがシャレになってませんね……」
数々の権力者と浮名を流した金狐の伝説を思い、貫八は冷や汗を流して苦笑する。
金狐と実際に会ったことがあるからこそ、説得力のありすぎる例えでもあった。
「い、言うても……身繕いは価値観の個人差が大きい分野です。金狐さん、自由には生きてらっしゃいますけども、他者にまで趣味を押し付ける性質には見えまへんけども……」
わずかに近畿訛りの残る敬語で、佐野は流暢に語る。
銀狐はふっと視線を落としつつ、少しばかりトーンダウンした声音で告げた。
「……まあ……姉さんのはこだわりもありはるやろけど、半分はうちらを心配してのことや」
金狐は優秀だったがゆえに次々と権力者に取り入り、何不自由なく暮らすことに成功した。
……が、陰陽寮にいたのは、思うように人間に化け、人間を化かせる狐ばかりではない。
「『変化は妖怪が人間に紛れて生きる上で基本中の基本や。油断せんと、細かいとこまでこだわりなはれ』……そんなふうに言いたいんやろ」
そこまで言って、銀狐は過去を追想するように隻眼を細める。
「……昔、それで捕まって殺されかけた狐がおったさかいな」
銀狐の口調は軽かったものの、その言葉はずしりと重かった。
中津と佐野が口を噤み、貫八が様子を見る中、輪島のみが口を開く。
「はぁ……不器用な方なんですな」
すかさず、貫八も言葉を続ける。
「そこら辺は銀狐さんに似てますね」
「た、確かに……!」
「貫八ぃ、余裕が出てきたようでよろしおす。そやけど、準備はまだまだこれからや。……輪島も、お口だけ随分よう働いてはるな」
にこりと毒のある笑みを向けられ、輪島は「も、申し訳ないッ!」と縮み上がる。貫八は心の中で「布団の上で余裕が無いのは銀狐さんの方ぞな」と優越感に浸りつつ……はたと、思い至る。
「よう考えたら、わし……すぐ尻尾が出る時点でいけんような……」
重大なことに気付いてしまった貫八の背に、たらりと冷や汗が伝った。
かつては「殿上人より位の低い男に興味はあらへん」と豪語し、その言葉の通り、権力者の妾として彼らの主に財力を欲しいままにしてきた傾城の妖狐だ。
上皇の妾だった時期もあると噂されているが、真相は未だに闇の中である。
そんな金狐には、ひとつ、大きなこだわりがある。
服装だ。
古今東西を問わず、金狐は人間の被服およびその流行り廃りに並々ならぬ興味を抱いている。
特に当世の流行に沿っている必要はないとしても、「本物かどうか」には尋常ならぬこだわりがある。
そんな金狐のこだわりに反し、妖怪たちが行う変化は大抵の場合、細部がおざなりになる。
「それっぽく」見えていればいい……そんな手抜きこそ、金狐が嫌うものに他ならない。
構造も、肌触りも、色合いも、より本物に近付けた完璧な変化でなければ、金狐は満足しない。
半端な変化を行おうものなら、何度も「やり直し」を求められるうえ、見本としての実物がなければ「今すぐ街まで買って来い」と般若のごとき貌を見せる。
……そして、銀狐は、いいや、きょうだい達はみな、決して金狐には逆らえない。
銀狐の弟たちである、玄狐、赤狐、蒼狐は口を揃えてこう言った。
「怒らせたらめちゃ怖いねん」と……
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銀狐と貫八は佐野、中津を手分けして叩き起こし、騒ぎで勝手に起きてきた輪島を加えて緊急の会議を始める。
「……佐野、衣装の整理は……まあ、してへんやろな……」
「た、大抵は衣装棚か衣装箱か押し入れの中探したら入っとるはずです!!」
「あー、これは整理してないやつですよ」
「参りましたな……」
銀狐の言葉に、佐野、中津、輪島が口々に答える。
銀狐と貫八は顔を見合せ、二人揃って渋い顔で思案に耽り始めた。
「……正直なところ、金狐さんが『何を着て欲しいか』による気がします」
貫八の意見に、銀狐の眉間のシワが更に深くなる。
「姉さんが求めてはるのは趣味が合うかやのうて『質を担保した上での量』や。身繕いへの情熱で、下手したら国が一個傾くで」
「例えがシャレになってませんね……」
数々の権力者と浮名を流した金狐の伝説を思い、貫八は冷や汗を流して苦笑する。
金狐と実際に会ったことがあるからこそ、説得力のありすぎる例えでもあった。
「い、言うても……身繕いは価値観の個人差が大きい分野です。金狐さん、自由には生きてらっしゃいますけども、他者にまで趣味を押し付ける性質には見えまへんけども……」
わずかに近畿訛りの残る敬語で、佐野は流暢に語る。
銀狐はふっと視線を落としつつ、少しばかりトーンダウンした声音で告げた。
「……まあ……姉さんのはこだわりもありはるやろけど、半分はうちらを心配してのことや」
金狐は優秀だったがゆえに次々と権力者に取り入り、何不自由なく暮らすことに成功した。
……が、陰陽寮にいたのは、思うように人間に化け、人間を化かせる狐ばかりではない。
「『変化は妖怪が人間に紛れて生きる上で基本中の基本や。油断せんと、細かいとこまでこだわりなはれ』……そんなふうに言いたいんやろ」
そこまで言って、銀狐は過去を追想するように隻眼を細める。
「……昔、それで捕まって殺されかけた狐がおったさかいな」
銀狐の口調は軽かったものの、その言葉はずしりと重かった。
中津と佐野が口を噤み、貫八が様子を見る中、輪島のみが口を開く。
「はぁ……不器用な方なんですな」
すかさず、貫八も言葉を続ける。
「そこら辺は銀狐さんに似てますね」
「た、確かに……!」
「貫八ぃ、余裕が出てきたようでよろしおす。そやけど、準備はまだまだこれからや。……輪島も、お口だけ随分よう働いてはるな」
にこりと毒のある笑みを向けられ、輪島は「も、申し訳ないッ!」と縮み上がる。貫八は心の中で「布団の上で余裕が無いのは銀狐さんの方ぞな」と優越感に浸りつつ……はたと、思い至る。
「よう考えたら、わし……すぐ尻尾が出る時点でいけんような……」
重大なことに気付いてしまった貫八の背に、たらりと冷や汗が伝った。
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