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第二十二話 嵐の予感

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「銀狐さん、今日も素敵でした」

 布団に横たわる銀狐を抱き締め、貫八は上機嫌に言う。
 銀狐は頬を赤らめつつ、「……あほ」とだけ返した。

「大好きです、銀狐さん。またこうやって一緒に過ごせるなんて、夢みたいです」
「……やけに口が上手なったなぁ」

 呆れたようにぼやきつつ、銀狐は貫八のたくましい胸板へと擦り寄る。
「おっ」と嬉しそうな声を上げ、貫八はその頭を愛おしそうに撫でた。

「可愛いですねぇ。銀狐さん」
「あんたは、いっつも楽しそうに生きてはるわ」

 銀狐とて、貫八が自分を騙して手篭めにしたことを許したわけではない。
 それでも、簡単な言葉で片付けられない思いがそこにあったとしても。
 銀狐にとって、貫八は特別な存在だ。
 彼の腕に抱かれるだけで、嫌でも理解できてしまう。「もっとこうされていたい」……と、考えてしまうのだ。

「身体、大丈夫ですか。無理してませんか」
「やけに優しなったなぁ。初日のけだものはどこに行かはったん?」
「な、何も言えんぞな……」

 冷や汗をかきつつ、貫八は銀狐の髪をかき上げる。
 失明したという右目はしっかりと閉じられ、ひらく素振りもない。
 貫八はそっと銀狐の前髪を元に戻し、その上から、優しく接吻くちづけを落とした。

「銀狐さん……やっぱりおれ……」

 結婚したいです、と。
 二度目になる求婚のセリフが放たれる前に、銀狐はハッと隻眼を見開き、布団からがばと起き上がる。

「あかん……」
「へっ?」

 そのまま銀狐は布団から這い出し、慌てて変化へんげをし直して身なりを整え始める。
 貫八は裸のまま呆然と様子を見守っていたが、銀狐が襖を開けて出て行こうとしたところでさすがに呼び止めた。

「ど……どうしたんです!? こんな夜更けに……!」
「一大事や。微睡まどろんだ一瞬で

 銀狐が扱える神通力は多岐たきにわたる。
 予知や占いの力も、その一つだ。
 多くの陰陽師でさえそうであったように、完全とまでは行かないが、陰陽寮おんようのつかさの使いとして見劣りしない程度の能力はある。

「明日、姉さんが来はる」

 深刻な顔で、銀狐は言う。
 銀狐の姉……金狐きんこの来訪と聞き、貫八も、おおかた事の重大さは察した。

「……誰を起こします?」
「輪島は後でええけど早めに起こそか。中津はさっさと叩き起さなあかん。……後は……」

 銀狐の屋敷で働く付喪神たちには、一応の役割分担がある。
 主に食事関係を担当するのが割れ茶碗の付喪神、輪島。
 主に掃除関係を担当するのが折れ箒の付喪神、中津。

 そして……

佐野さのやな。普段ほとんど仕事せぇへんから、油断しとるはずや」

 主に衣服関係を担当する、割れ鏡の付喪神こと「佐野」。
 衣服は「変化」を用いればほとんど必要がないため、屋敷でもっとも怠けているのが衣装係と言われている。

 ……が、金狐はそれを良しとしない。

「貫八ぃ! いつも着とる現代いま風の服、やろな!?」

 真面目な顔で言う銀狐に対し、貫八は「たぶん……」と歯切れの悪い返事をする。

「他の服はどないや」
「……おれに変化のバリエーションなんてあると思いますか」
「けったいな片仮名覚える暇はあるんやなぁ」

 悪態をつきながらも、銀狐の顔にはいくつもの冷や汗が流れている。
 銀狐と貫八は急いで低級付喪神たちの宿舎へと向かい、手分けして佐野と中津を叩き起こしに向かった。

 今夜は、慌ただしい夜になりそうだ。
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