14 / 34
第十四話 妖狐だけれども天邪鬼
しおりを挟む
貫八の腕の中で、銀狐の肉体は次第に筋肉質なものへと変化し、背丈も高くなっていく。
「……ようやっと、戻れたみたいやな……」
呟いた声は低く、男性らしい。
貫八はうんうんと大きく頷き、満面の笑みで銀狐の胸板に触れた。
「やっぱり、その身体も綺麗ですね! 良かったら男体でもう一度交尾しまげふっ」
すべて言い切る前に、全力の膝蹴りが貫八の腹に叩き込まれる。
「ほんに、元気でよろしおす」
「そ、それ、知ってますよ……。『じゃかましい』って言いたいんですよね」
「えらい賢なったなぁ。好きなように考えはったらええ」
「あ……っ、すごく怒ってますね! どうしましょう!」
笑顔で額に青筋を立てたまま、銀狐は布団から起き上がる。乱れた浴衣を整え、有無を言わさぬ声で貫八に命じた。
「風呂、もっかい沸かしてもらおか」
断るんなら、分かってるやろな。
……そんな気迫を感じ、貫八の背筋に、ゾクゾクと興奮がこみ上げる。
「はいっ! 喜んで!」
……解説すると、貫八は決して、銀狐に虐げられたいわけではない。いや、少しばかり、虐げられるのもアリだとは思っている。
ただ、悦びの本質は違う。貫八は、自分に対して威圧的に冷徹に、上に立つ者として振る舞う銀狐が、つい先刻まで組み伏せられて「あかん、あかん」と鳴いていたことに興奮しているのである。
「(やっぱり、銀狐さんはたまらんわい……!)」
ニヤける口元を大きな手で抑えたものの、恍惚に歪む表情は隠し切れていない。
銀狐は苦虫を噛み潰したような顔でため息をつき、見て見ぬふりをした。
銀狐とて、さすがに理解はしている。どれだけ横柄に振舞ったところで、むしろ貫八を悦ばせるだけなのだと。
けれど、銀狐にもプライドがある。
間違っても「あんたの凄かったわ……また可愛がってな」などと、言えるはずがない。
本音では貫八の与える快楽を欲していたとしても、絶対に、言えるわけがない。
そんな雑念を振り払うように、銀狐は早足で廊下を進む。
日は傾き、明かり取り用の窓から茜色の光が差し込んでいた。
「じゃあ、おれはまた薪係ですね!」
「……楽しそうやな……」
「おれが燃やした薪が、銀狐さんの肌を清める湯になるわけですから……」
「気色悪ぅ……」
「直球!?」
戯れる銀狐たちの声を聞きつけ、物陰から、屋敷の低級付喪神たちがひょこりひょこりと顔を覗かせる。
ひび割れた鏡や折れた箒など、その姿は多種多様だ。
「……どう思う?」
「これは……事後!」
「事前かも」
「どういう関係?」
「やっぱり元カレ?」
「より戻した?」
「あ、仲直りで一発……」
こそこそと囁きあう付喪神達に向け、輪島の怒声が轟いた。
「何をしているんですかな!? 夕食の支度途中ですぞ!」
輪島の一喝により、付喪神たちは銀狐および貫八の様子を気にしながらも、各々の持ち場に帰っていく。
その喧騒が、微かに銀狐の耳にも届いた。
「なんや、また揉め事かいな」
「よくあるんですか?」
「放っといたらすーぐ怠ける奴らやさかいな。そのたびに輪島が黙っとらんのや」
「へぇ……」
「あんたはきびきび働いててえらいなぁ」
「……あっ、すみません! 怠けてないで風呂沸かします!」
バタバタと走り去る貫八の背中を見、銀狐はぼそりと呟く。
「何やってんねやろ。うち……」
その言葉は、誰にも届かない。銀狐自身、届けるつもりもない。
もやもやとした思いに悩まされながら、銀狐は、脱衣所の引き戸をがらがらと開いた。
「……ようやっと、戻れたみたいやな……」
呟いた声は低く、男性らしい。
貫八はうんうんと大きく頷き、満面の笑みで銀狐の胸板に触れた。
「やっぱり、その身体も綺麗ですね! 良かったら男体でもう一度交尾しまげふっ」
すべて言い切る前に、全力の膝蹴りが貫八の腹に叩き込まれる。
「ほんに、元気でよろしおす」
「そ、それ、知ってますよ……。『じゃかましい』って言いたいんですよね」
「えらい賢なったなぁ。好きなように考えはったらええ」
「あ……っ、すごく怒ってますね! どうしましょう!」
笑顔で額に青筋を立てたまま、銀狐は布団から起き上がる。乱れた浴衣を整え、有無を言わさぬ声で貫八に命じた。
「風呂、もっかい沸かしてもらおか」
断るんなら、分かってるやろな。
……そんな気迫を感じ、貫八の背筋に、ゾクゾクと興奮がこみ上げる。
「はいっ! 喜んで!」
……解説すると、貫八は決して、銀狐に虐げられたいわけではない。いや、少しばかり、虐げられるのもアリだとは思っている。
ただ、悦びの本質は違う。貫八は、自分に対して威圧的に冷徹に、上に立つ者として振る舞う銀狐が、つい先刻まで組み伏せられて「あかん、あかん」と鳴いていたことに興奮しているのである。
「(やっぱり、銀狐さんはたまらんわい……!)」
ニヤける口元を大きな手で抑えたものの、恍惚に歪む表情は隠し切れていない。
銀狐は苦虫を噛み潰したような顔でため息をつき、見て見ぬふりをした。
銀狐とて、さすがに理解はしている。どれだけ横柄に振舞ったところで、むしろ貫八を悦ばせるだけなのだと。
けれど、銀狐にもプライドがある。
間違っても「あんたの凄かったわ……また可愛がってな」などと、言えるはずがない。
本音では貫八の与える快楽を欲していたとしても、絶対に、言えるわけがない。
そんな雑念を振り払うように、銀狐は早足で廊下を進む。
日は傾き、明かり取り用の窓から茜色の光が差し込んでいた。
「じゃあ、おれはまた薪係ですね!」
「……楽しそうやな……」
「おれが燃やした薪が、銀狐さんの肌を清める湯になるわけですから……」
「気色悪ぅ……」
「直球!?」
戯れる銀狐たちの声を聞きつけ、物陰から、屋敷の低級付喪神たちがひょこりひょこりと顔を覗かせる。
ひび割れた鏡や折れた箒など、その姿は多種多様だ。
「……どう思う?」
「これは……事後!」
「事前かも」
「どういう関係?」
「やっぱり元カレ?」
「より戻した?」
「あ、仲直りで一発……」
こそこそと囁きあう付喪神達に向け、輪島の怒声が轟いた。
「何をしているんですかな!? 夕食の支度途中ですぞ!」
輪島の一喝により、付喪神たちは銀狐および貫八の様子を気にしながらも、各々の持ち場に帰っていく。
その喧騒が、微かに銀狐の耳にも届いた。
「なんや、また揉め事かいな」
「よくあるんですか?」
「放っといたらすーぐ怠ける奴らやさかいな。そのたびに輪島が黙っとらんのや」
「へぇ……」
「あんたはきびきび働いててえらいなぁ」
「……あっ、すみません! 怠けてないで風呂沸かします!」
バタバタと走り去る貫八の背中を見、銀狐はぼそりと呟く。
「何やってんねやろ。うち……」
その言葉は、誰にも届かない。銀狐自身、届けるつもりもない。
もやもやとした思いに悩まされながら、銀狐は、脱衣所の引き戸をがらがらと開いた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
30
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる