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第十三話 移りにけりな ※
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胎の中にどくどくと精を注がれ、銀狐は目を見開く。
布団に爪を立て、必死に快楽を受け流そうと浅い呼吸を繰り返した。
「……っ、は……、か、は……っ。んぁっ」
口をぱくぱくと動かし、声もろくに出せぬまま、逸物が抜かれる感触に身震いする。
銀狐の秘処から、白濁の混じった愛液がとろりとこぼれ出た。
「ん……ぁ……はぁ、あ……」
ぐたりと力の抜けた身体を抱きかかえ、貫八は、愛おしげに囁く。
「孕んでも、わしが一生面倒みるけん、安心してええ」
「……狐と狸の間にはできひんわ……。……それに、もう懲り懲りや、あんなん……」
「もう」。……その言葉に、貫八は眉をひそめる。
二百年前。銀狐とよく似た青年に託された言葉が、脳裏に過ぎる。
──父上は、いずれ目覚めます。……時が経てばきっと、回復してくれるはずや
青年の名は雪狐。
陰陽師と妖狐の間に生まれたと、雪狐本人は語った。
***
「父上は、絶対に疵を見せまへん。ぼろぼろになっても、虚勢を張るのが目に見えとります。何があっても、最期まで気高く立っていようとしはるんやわ。……せやから……」
右腕の欠けた青年は、寺の境内にて眠り続ける狐に視線を落とす。
銀色の毛並みを、片方しかない手が優しく撫で続けていた。
「どうか、傍で、支えてください。その頃には、僕はもう……」
言葉にならなかった声を、貫八は、しっかりと汲み取った。
その頃には、僕はもう……
この世におらへんから──
後に、貫八は雪狐の出生について、大まかな経緯を知ることになる。
銀狐は雪狐の「父」ではなく、むしろ「母」に当たるのだと。
大きな負傷で一線を退いた後に子を産み、大坂の寺にて、親子共々ひっそり暮らしていたのだと。
……その後。
ある事情によって銀狐は古傷を悪化させ、長い眠りについてしまったのだという。……その事情に関しては、雪狐のみならず、当時を知る者すべてが口を噤んだ。
銀狐がなぜ雪狐を宿し、産むことになったのか。
その詳細も含めて、誰もが真相を語ろうとはしない。
息子である雪狐は、室町中期から江戸後期に至るまで大坂に住まい、眠り続ける銀狐の世話をしながら思い出の寺の管理をし続けた。
貫八がそこに辿り着けたのは、江戸時代も半ばに差し掛かった頃だった。
貫八は内心嫉妬に狂いながらも、雪狐と共に、意識の戻らない銀狐の面倒を見た。
伊予でお家騒動が起こり、狸の一族が一丸となって戦に参加した時も、貫八はろくに帰らず文すら返さず、刑部家との縁は切れたも同然だった。
……やがて。
雪狐は、銀狐の目覚めを見届ける前に、寿命が尽きた。
雪狐の死後。
幕末の騒乱が巻き起こり、貫八は泣く泣く銀狐の元を去ることになる。
銀狐の姉である金狐に後を託し、後ろ髪を引かれながらも故郷の伊予へと帰っていった。
その後は、激動の時代が続く
瀬戸内の海は汚れ、数多の船が行き来して泳ぐこともままならず、貫八が本州に辿り着けたのは、それこそ「鉄の橋」が架かった以後だった。
銀狐の意識が回復したことは、金狐より聞かされていた。
まともに動かなかった片脚を数十年かけて快癒させたことも、京都の山奥にて、はぐれ妖怪たちの隠れ里を取り仕切っていることも、教えてもらった。
……だが、貫八は、そのことを銀狐に話すつもりはない。
少なくとも、今はまだ。
「金狐さん、おれが面倒見てたこと、銀狐さんには隠してください」
「妙なこと言いはるなぁ。仲直り、したいんとちゃうの?」
「銀狐さんは、痛いことは自分ひとりで飲み込んで、つらいことは忘れたがると思うんです。どうせ忘れられないくせに、無理にでも折り合いをつけようとするはずです。……おれを見る度に雪狐くんのことを思い出させるのは、不憫だと思いませんか」
「はぁ……あの銀狐のこと、ほんによう分かってはるわ」
「それはもう! 愛してますから!」
「妾は『気持ち悪。そんなんよう知らんわ』て意味で言うたんや。覚えて帰り」
***
「……元気になったように見えとったけど、早とちりじゃったかもしれんぞなもし」
銀狐の髪を優しく撫で、貫八は独りごちる。
「あんた、知らへん間に医師の心得も身に付けはってんなぁ」
「……そうですね。『元気になった』じゃなくて、『元気』でしたね。すみません」
「……分かったんならええ。よう覚えとき」
虚勢を張る銀狐を抱き締め、貫八は、その艶やかな髪に接吻をひとつ落とした。
布団に爪を立て、必死に快楽を受け流そうと浅い呼吸を繰り返した。
「……っ、は……、か、は……っ。んぁっ」
口をぱくぱくと動かし、声もろくに出せぬまま、逸物が抜かれる感触に身震いする。
銀狐の秘処から、白濁の混じった愛液がとろりとこぼれ出た。
「ん……ぁ……はぁ、あ……」
ぐたりと力の抜けた身体を抱きかかえ、貫八は、愛おしげに囁く。
「孕んでも、わしが一生面倒みるけん、安心してええ」
「……狐と狸の間にはできひんわ……。……それに、もう懲り懲りや、あんなん……」
「もう」。……その言葉に、貫八は眉をひそめる。
二百年前。銀狐とよく似た青年に託された言葉が、脳裏に過ぎる。
──父上は、いずれ目覚めます。……時が経てばきっと、回復してくれるはずや
青年の名は雪狐。
陰陽師と妖狐の間に生まれたと、雪狐本人は語った。
***
「父上は、絶対に疵を見せまへん。ぼろぼろになっても、虚勢を張るのが目に見えとります。何があっても、最期まで気高く立っていようとしはるんやわ。……せやから……」
右腕の欠けた青年は、寺の境内にて眠り続ける狐に視線を落とす。
銀色の毛並みを、片方しかない手が優しく撫で続けていた。
「どうか、傍で、支えてください。その頃には、僕はもう……」
言葉にならなかった声を、貫八は、しっかりと汲み取った。
その頃には、僕はもう……
この世におらへんから──
後に、貫八は雪狐の出生について、大まかな経緯を知ることになる。
銀狐は雪狐の「父」ではなく、むしろ「母」に当たるのだと。
大きな負傷で一線を退いた後に子を産み、大坂の寺にて、親子共々ひっそり暮らしていたのだと。
……その後。
ある事情によって銀狐は古傷を悪化させ、長い眠りについてしまったのだという。……その事情に関しては、雪狐のみならず、当時を知る者すべてが口を噤んだ。
銀狐がなぜ雪狐を宿し、産むことになったのか。
その詳細も含めて、誰もが真相を語ろうとはしない。
息子である雪狐は、室町中期から江戸後期に至るまで大坂に住まい、眠り続ける銀狐の世話をしながら思い出の寺の管理をし続けた。
貫八がそこに辿り着けたのは、江戸時代も半ばに差し掛かった頃だった。
貫八は内心嫉妬に狂いながらも、雪狐と共に、意識の戻らない銀狐の面倒を見た。
伊予でお家騒動が起こり、狸の一族が一丸となって戦に参加した時も、貫八はろくに帰らず文すら返さず、刑部家との縁は切れたも同然だった。
……やがて。
雪狐は、銀狐の目覚めを見届ける前に、寿命が尽きた。
雪狐の死後。
幕末の騒乱が巻き起こり、貫八は泣く泣く銀狐の元を去ることになる。
銀狐の姉である金狐に後を託し、後ろ髪を引かれながらも故郷の伊予へと帰っていった。
その後は、激動の時代が続く
瀬戸内の海は汚れ、数多の船が行き来して泳ぐこともままならず、貫八が本州に辿り着けたのは、それこそ「鉄の橋」が架かった以後だった。
銀狐の意識が回復したことは、金狐より聞かされていた。
まともに動かなかった片脚を数十年かけて快癒させたことも、京都の山奥にて、はぐれ妖怪たちの隠れ里を取り仕切っていることも、教えてもらった。
……だが、貫八は、そのことを銀狐に話すつもりはない。
少なくとも、今はまだ。
「金狐さん、おれが面倒見てたこと、銀狐さんには隠してください」
「妙なこと言いはるなぁ。仲直り、したいんとちゃうの?」
「銀狐さんは、痛いことは自分ひとりで飲み込んで、つらいことは忘れたがると思うんです。どうせ忘れられないくせに、無理にでも折り合いをつけようとするはずです。……おれを見る度に雪狐くんのことを思い出させるのは、不憫だと思いませんか」
「はぁ……あの銀狐のこと、ほんによう分かってはるわ」
「それはもう! 愛してますから!」
「妾は『気持ち悪。そんなんよう知らんわ』て意味で言うたんや。覚えて帰り」
***
「……元気になったように見えとったけど、早とちりじゃったかもしれんぞなもし」
銀狐の髪を優しく撫で、貫八は独りごちる。
「あんた、知らへん間に医師の心得も身に付けはってんなぁ」
「……そうですね。『元気になった』じゃなくて、『元気』でしたね。すみません」
「……分かったんならええ。よう覚えとき」
虚勢を張る銀狐を抱き締め、貫八は、その艶やかな髪に接吻をひとつ落とした。
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