はぐれ妖怪の隠れ里にて、狐は執着に抱かれる ~化かし狸と釣られ狐 ~

譚月遊生季

文字の大きさ
上 下
13 / 35

第十三話 移りにけりな ※

しおりを挟む
 胎の中にどくどくと精を注がれ、銀狐は目を見開く。
 布団に爪を立て、必死に快楽を受け流そうと浅い呼吸を繰り返した。

「……っ、は……、か、は……っ。んぁっ」

 口をぱくぱくと動かし、声もろくに出せぬまま、逸物が抜かれる感触に身震いする。
 銀狐の秘処から、白濁の混じった愛液がとろりとこぼれ出た。

「ん……ぁ……はぁ、あ……」

 ぐたりと力の抜けた身体を抱きかかえ、貫八は、愛おしげに囁く。

「孕んでも、わしが一生面倒みるけん、安心してええ」
「……狐と狸の間にはできひんわ……。……それに、りや、あんなん……」

「もう」。……その言葉に、貫八は眉をひそめる。
 二百年前。銀狐とよく似た青年に託された言葉が、脳裏にぎる。

 ──父上は、いずれ目覚めます。……時が経てばきっと、回復してくれるはずや

 青年の名は雪狐せっこ
 陰陽師と妖狐の間に生まれたと、雪狐本人は語った。



 *** 



「父上は、絶対にきずを見せまへん。ぼろぼろになっても、虚勢を張るのが目に見えとります。何があっても、最期まで気高く立っていようとしはるんやわ。……せやから……」

 右腕の欠けた青年は、寺の境内けいだいにて眠り続ける狐に視線を落とす。
 銀色の毛並みを、片方しかない手が優しく撫で続けていた。

「どうか、傍で、支えてください。その頃には、僕はもう……」

 言葉にならなかった声を、貫八は、しっかりとみ取った。

 その頃には、僕はもう……
 この世におらへんから──

 後に、貫八は雪狐の出生について、大まかな経緯いきさつを知ることになる。
 銀狐は雪狐の「父」ではなく、むしろ「母」に当たるのだと。
 大きな負傷で一線を退しりぞいた後に子を産み、大坂の寺にて、親子共々ひっそり暮らしていたのだと。

 ……その後。
 ある事情によって銀狐は古傷を悪化させ、長い眠りについてしまったのだという。……その事情に関しては、雪狐のみならず、当時を知る者すべてが口をつぐんだ。

 銀狐がなぜ雪狐を宿し、産むことになったのか。
 その詳細も含めて、誰もが真相を語ろうとはしない。

 息子である雪狐は、室町むろまち中期から江戸後期に至るまで大坂に住まい、眠り続ける銀狐の世話をしながら思い出の寺の管理をし続けた。

 貫八がそこに辿り着けたのは、江戸時代も半ばに差し掛かった頃だった。

 貫八は内心嫉妬に狂いながらも、雪狐と共に、意識の戻らない銀狐の面倒を見た。
 伊予でお家騒動が起こり、狸の一族が一丸となって戦に参加した時も、貫八はろくに帰らずふみすら返さず、刑部ぎょうぶ家との縁は切れたも同然だった。

 ……やがて。
 雪狐は、銀狐の目覚めを見届ける前に、寿命が尽きた。 

 雪狐の死後。
 幕末の騒乱そうらんが巻き起こり、貫八は泣く泣く銀狐の元を去ることになる。
 銀狐の姉である金狐に後を託し、後ろ髪を引かれながらも故郷の伊予へと帰っていった。

 その後は、激動の時代が続く
 瀬戸内せとうちの海は汚れ、数多あまたの船が行き来して泳ぐこともままならず、貫八が本州に辿り着けたのは、それこそ「鉄の橋」が架かった以後だった。

 銀狐の意識が回復したことは、金狐より聞かされていた。
 まともに動かなかった片脚を数十年かけて快癒かいゆさせたことも、京都の山奥にて、はぐれ妖怪たちの隠れ里を取り仕切っていることも、教えてもらった。

 ……だが、貫八は、そのことを銀狐に話すつもりはない。
 少なくとも、今はまだ。

「金狐さん、おれが面倒見てたこと、銀狐さんには隠してください」
「妙なこと言いはるなぁ。仲直り、したいんとちゃうの?」
「銀狐さんは、痛いことは自分ひとりで飲み込んで、つらいことは忘れたがると思うんです。どうせ忘れられないくせに、無理にでも折り合いをつけようとするはずです。……おれを見る度に雪狐くんのことを思い出させるのは、不憫だと思いませんか」
「はぁ……あの銀狐あかんたれのこと、ほんによう分かってはるわ」
「それはもう! 愛してますから!」
あては『気持ち悪。そんなんよう知らんわ』て意味で言うたんや。覚えて帰り」



 ***



「……元気になったように見えとったけど、早とちりじゃったかもしれんぞなもし」

 銀狐の髪を優しく撫で、貫八は独りごちる。

「あんた、知らへん間に医師の心得こころえも身に付けはってんなぁ」
「……そうですね。『元気になった』じゃなくて、『元気』でしたね。すみません」 
「……分かったんならええ。よう覚えとき」

 虚勢を張る銀狐を抱き締め、貫八は、そのつややかな髪に接吻くちづけをひとつ落とした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

無自覚な

ネオン
BL
小さい頃に母が再婚した相手には連れ子がいた。 1つ上の義兄と1つ下の義弟、どちらも幼いながらに イケメンで運動もでき勉強もできる完璧な義兄弟だった。 それに比べて僕は周りの同級生や1つ下の義弟よりも小さくて いじめられやすく、母に教えられた料理や裁縫以外 何をやっても平凡だった。 そんな僕も花の高校2年生、1年生の頃と変わらず平和に過ごしてる それに比べて義兄弟達は学校で知らない人はいない そんな存在にまで上り積めていた。 こんな僕でも優しくしてくれる義兄と 僕のことを嫌ってる義弟。 でも最近みんなの様子が変で困ってます 無自覚美少年主人公が義兄弟や周りに愛される話です。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

処理中です...