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第二話 化け狸、現る

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  銀狐ぎんこに嫌味を吐かれ、随行ずいこう中のかまいたちは気まずそうに肩をすくめた。

「いやあのみぃ……木ぃと草が多くて進めやんのです……。でも切ったら怒りますやん……?」
「あれま、切らんと進めへん? 君がそないに豪胆ごうたんなん、今まで知らへんかったわぁ」

 言外に「遅いねんさっさと着いて来ぃやこのヘタレ」と罵られ、耳の欠けたかまいたちは「ぬぅ……」と悔しそうな声を漏らす。
 対する銀狐は、その名の通り白銀に輝く狐の姿をしており、草木の生い茂る森の中をひょいひょいと身軽に飛び越えている。

「……脚、悪ぅしたって話は何やったんでしょ」
「誰が言うたんや、それ。いっつも皆で仲良う噂話ばっかりして、ほんに楽しそうでよろしおす」

 かまいたちのぼやきには更に皮肉で返したところで、銀狐ははたと足を止めた。

「? どうされました?」
「……静かにしぃ」

 金色の瞳を片方だけ開き、銀狐はやぶの奥をじっと見つめる。
 横切る黒い人影を視認し、独り言のように呟いた。

「……人間……いや、ちゃうな。
「おお……さすがは銀狐さん。僕にはよう見分けつきやんで……」
「ごめんなぁ。さすがに目ぇは毎日使ってはると思うとったわ」

 はん、とせせら笑う銀狐に苛立いらだちながらも、かまいたちは目をらして人影を見る。
 黒いパーカーを来た、純朴じゅんぼくそうな若者……に見えるが、思いっきり、比喩ひゆでなく狸の尻尾が出ている。確かに、ここまで露骨ろこつならば霊力や神通力も関係ない。

 どこからどう見ても、化け狸だ。

「しゃあない。うちが行って来たるわ」

 そう呟くと、銀狐は造作ぞうさもなく姿を人型へと変化へんげさせた。
 狐の尻尾や耳らしきものは見当たらない。目の前でふらふらと山道をさまよう狸や、隣のでかいだけのイタチとは違い、完璧に「人間の青年」の姿に擬態ぎたいしている。

「……ああ、こっちのが自然やな」

 銀狐は背中にリュックサックを、頭に日除けの帽子を出現させ、いかにも「登山中の青年」らしい格好を演出する。
 流れるような一連の動作に、かまいたちは思わず「おお……」と感嘆の声を漏らした。

「ほな、そこで待っとき」

 完全に登山客にふんした銀狐は、ニヤリと笑って化け狸の方へ向かい……

「……あ! 居た! ここに居ましたか銀狐さん!」

 ガサガサと草をかき分けて現れた狸本人によって、出鼻をくじかれた。

「……何でうちの名前を……」
「やっと会えました! 探したんですよ~!」

 慌てながらもどうにか平静を取り繕おうとする銀狐にしがみつき、化け狸は嬉しそうに表情をほころばせる。
 大きな身体に似合わず、その笑顔は少年のようにあどけなかった。

「と……とりあえず離れぇ!」
「おれですよ! おれ! 覚えてませんか?」

 自分の顔を指さし、化け狸は眉を八の形にして訴える。

「おれ、昔からこの顔にしかなれないんです! 銀狐さんも言ってたじゃないですか。『いつまでも化けるのが下手』って……」
「……まさか……」

 銀狐の唇から、呆然ぼうぜんとした呟きが漏れる。脳裏に、目の前にいる青年よりもいくぶん幼く、けれどもしっかりと面影おもかげのある少年の姿が蘇り──
 色白な肌が、更に血色の悪い青白さへと変わっていった。

貫八ぬきはち……?」
「はいっ! そうです! 伊予いよ刑部ぎょうぶ貫八ぬきはちですっ!」

 青ざめる銀狐とは対照的に、貫八は心の底から嬉しそうに、満面の笑みを浮かべていた。
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