【完結済】夕暮れの陽(ひかり)

譚月遊生季

文字の大きさ
上 下
4 / 43
5月

第3話 bouquet

しおりを挟む
「私はゆかりを愛した」

 シャルロットの父、セザールは幾度となく、亡き恋人への愛を語った。

「だが……世界は私から光を奪い去っていった」

 いつしか、その言葉は恨み言に変わっていく。

「私は何よりも光に憧れた。光を欲した。光を愛した。だが、向こうは私を愛しはしなかった。愛した女性すらこの手から奪っていった」

 うわ言のようにそう繰り返し、彼はやがて孤立していった。

「……ありゃあダメだね。心を奪われちまってる」

 ヴァンパイア界隈でクロード、と呼ばれていた男が、見かねてシャルロットの世話を焼いていた。
 長い銀髪で、いつもぶつくさ文句を言っているような青年だった。

「シャルロット。……お前さ、ヴァンパイアとして生きるには厳しいかもだぜ」

 彼も他より能力が劣っていたらしいが、シャルロットはさらに劣っていた。
 ……半分しか、ヴァンパイアではなかったからだ。

「いっそのこと人間として……。……いや、それも難しいか……」

 どうしてわたしは、どちらでもなかったんだろう。……と、何度思ったことだろう。
 自分の血を呪おうにも、どちらを呪えばいいのかわからない。ただ、その組み合わせが不幸を呼んだのだと、それだけが彼女にとっての真実だった。

 だから、今回だってきっと同じだ。……それでも、例えそうなったとしても、ほんの少しでいい。ほんの少しだけでも、穏やかな「当たり前の」居場所が欲しい。
 ……シャルロットが願うのは、いつだって、たったそれだけのこと。



 ***



「久住……シャルロット、です」
「みんな仲良くしてあげてねー。仲良くしなくてもいいからいびりはナシねー」

 季節外れの転校生に、クラスはざわついた。……そして、その名前と髪色にも。

「外国人?」
「だよね?ここらじゃまあまあ見かけるけど……」

 ヒソヒソと囁かれる声に、シャルロットは縮こまるしかない。

 ──しかしまぁ、人間として生きるにゃ難しいぞ。そのbouquet能力

 クロードの言葉を思い出す。

「……よろしく、お願いします」

 ぺこりと頭を下げ、廊下側の席へ。
 隣の眼鏡の少女に軽く挨拶し、ストンと座る。
 少女はちらりとこちらを見たが、すぐに教科書に視線を戻した。

 目の前で、ジャージ姿の恩人が職員室に戻っていく。心細いが、甘えすぎるわけにはいかない。

「(わたしの、ブーケ……わたしの、力……)」

 父は威圧。
 父の従兄弟は隠匿。
 クロードは確か、聡明。

 人間に与える印象を、外見も、態度も関係なく左右する特異能力。……「捕食」のための力。

 シャルロットの能力bouquetは、「恐怖」。

「……あのさぁ」

 ビクリ、と肩が震えた。前の席の少女が声をかけてきている。……茶色に染めたショートヘアで、耳にはピアスを嵌め、スカートも短い。

「……何ですか」

 案の定、シャルロットを話題にする声はどんどんと小さくなってきている。……触れたくなくなっているのだ。その「存在」に。
 目の前の、ショートヘアの少女は平然と告げた。

「吸血鬼みたいだね」

 呼吸が、止まった。

「白い肌にぃ、儚いふいんき?吸血鬼の美少女~って感じ?カワイイー」

 ケラケラと笑い、彼女はシャルロットの隣の少女に視線を投げる。

「ねぇ、美和?」

 美和と呼ばれた少女は、「今話しかけないで」と、キツめに語る。

「いいところなの。……あと、ふいんきじゃないわ。「ふんいき」よ」

 教科書に挟まった漫画では、筋骨隆々の男が吸血鬼になったことを誇っている。

「ウッソー。それあたしが貸したのにー。冷たくなぁい?」
「静かにして!面白いのを授業前に読ませる奈緒の方がどうかしてる!」

 ……どうやら、いきなり正体がばれたわけではないらしい。ほっと一息つき、椅子の背もたれに身を預ける。

「あたしは光川奈緒」 

 恐怖心など欠片も感じさせず、椅子に逆に座った少女は手を差し出す。

「パパは、吸血鬼と死闘を繰り広げたんだってさ。ホントー?って感じだけど」

 ……再び、息が止まった。

「カッコイイよねぇ、吸血鬼ぃ!ね、ね、シャルロットちゃんもそう思わない?」

 気付いているのか気付いていないのか。ただの世間話のつもりなのか、判別がつかない。
 シャルロットが目を回していると、眼鏡の少女がパタンと教科書を……というより、漫画を閉じた。

「非科学的ね。吸血鬼なんて存在、作り話でしかないわ。差別を受けた悲しい民族をそう呼んで、人ならざる扱いをしたに決まってる」

 完全に置いていかれているシャルロットをよそに、美和は教室の時計をちらりと見やり、続ける。

「それに、多少血を吸うからなんだって言うの?人間なんか、肉すら食べない同族を殺すのに?」
「……え、えーと……?」

 自分を挟んで行われる討論にドギマギしながら、シャルロットも教室の時計を見る。……木製の床が軋むほど音を立て、一時限担当の教師がスキップ気味に入ってくる。

「……!!!!!!」

 シャルロットを見た瞬間、生物教師の瞳がほんの一瞬、金色に輝いた気がした。

「そうか、そうか君が……!なんて素晴らしいレア度だ!混血じゃないか!!!」

 生徒達は再びヒソヒソと「大丈夫かな大上先生。ルンルンしすぎじゃない?」「俺たち庶民とは価値観が違うんだよ」「大丈夫な時の方が珍しいし」と語り合う。
 なぜか軽く肩を落とす美和。あちゃー、と呆れたように肩を竦める奈緒。さらに縮こまるシャルロット。

「さぁ授業を始めよう。この素晴らしい日を神に……えーと、ツクヨミノミコトあたりに感謝しながら!」

 ガヤガヤとした「普通の」喧騒に自分が紛れていくことが、……それができることが、シャルロットには不思議でならなかった。

 光川奈緒。ヤクザとして死んでいった父と、その愛人だった母を持つオカルトマニアの少女。
 花野美和。生まれつき肌に鱗を持った姉を持ち、かつては家族と共に各地を転々とした少女。
 やがてかけがえのない友となっていく2人のことを、まだ、シャルロットはほとんど知らない。

「さて久住!放課後あたりにちょっと口か鼻の粘膜をくれないか!大丈夫だ。何もいかがわしいことには使わない。遺伝子をちょっと見るだけだからな!」
「いっそのこと清々しい!?」

 ……目の前の教師の堂々たる振る舞いに度肝を抜かれつつも、シャルロットの新たな日常は幕を開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...