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5月
第3話 bouquet
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「私はゆかりを愛した」
シャルロットの父、セザールは幾度となく、亡き恋人への愛を語った。
「だが……世界は私から光を奪い去っていった」
いつしか、その言葉は恨み言に変わっていく。
「私は何よりも光に憧れた。光を欲した。光を愛した。だが、向こうは私を愛しはしなかった。愛した女性すらこの手から奪っていった」
うわ言のようにそう繰り返し、彼はやがて孤立していった。
「……ありゃあダメだね。心を奪われちまってる」
ヴァンパイア界隈でクロード、と呼ばれていた男が、見かねてシャルロットの世話を焼いていた。
長い銀髪で、いつもぶつくさ文句を言っているような青年だった。
「シャルロット。……お前さ、ヴァンパイアとして生きるには厳しいかもだぜ」
彼も他より能力が劣っていたらしいが、シャルロットはさらに劣っていた。
……半分しか、ヴァンパイアではなかったからだ。
「いっそのこと人間として……。……いや、それも難しいか……」
どうしてわたしは、どちらでもなかったんだろう。……と、何度思ったことだろう。
自分の血を呪おうにも、どちらを呪えばいいのかわからない。ただ、その組み合わせが不幸を呼んだのだと、それだけが彼女にとっての真実だった。
だから、今回だってきっと同じだ。……それでも、例えそうなったとしても、ほんの少しでいい。ほんの少しだけでも、穏やかな「当たり前の」居場所が欲しい。
……シャルロットが願うのは、いつだって、たったそれだけのこと。
***
「久住……シャルロット、です」
「みんな仲良くしてあげてねー。仲良くしなくてもいいからいびりはナシねー」
季節外れの転校生に、クラスはざわついた。……そして、その名前と髪色にも。
「外国人?」
「だよね?ここらじゃまあまあ見かけるけど……」
ヒソヒソと囁かれる声に、シャルロットは縮こまるしかない。
──しかしまぁ、人間として生きるにゃ難しいぞ。そのbouquet
クロードの言葉を思い出す。
「……よろしく、お願いします」
ぺこりと頭を下げ、廊下側の席へ。
隣の眼鏡の少女に軽く挨拶し、ストンと座る。
少女はちらりとこちらを見たが、すぐに教科書に視線を戻した。
目の前で、ジャージ姿の恩人が職員室に戻っていく。心細いが、甘えすぎるわけにはいかない。
「(わたしの、ブーケ……わたしの、力……)」
父は威圧。
父の従兄弟は隠匿。
クロードは確か、聡明。
人間に与える印象を、外見も、態度も関係なく左右する特異能力。……「捕食」のための力。
シャルロットの能力は、「恐怖」。
「……あのさぁ」
ビクリ、と肩が震えた。前の席の少女が声をかけてきている。……茶色に染めたショートヘアで、耳にはピアスを嵌め、スカートも短い。
「……何ですか」
案の定、シャルロットを話題にする声はどんどんと小さくなってきている。……触れたくなくなっているのだ。その「存在」に。
目の前の、ショートヘアの少女は平然と告げた。
「吸血鬼みたいだね」
呼吸が、止まった。
「白い肌にぃ、儚いふいんき?吸血鬼の美少女~って感じ?カワイイー」
ケラケラと笑い、彼女はシャルロットの隣の少女に視線を投げる。
「ねぇ、美和?」
美和と呼ばれた少女は、「今話しかけないで」と、キツめに語る。
「いいところなの。……あと、ふいんきじゃないわ。「ふんいき」よ」
教科書に挟まった漫画では、筋骨隆々の男が吸血鬼になったことを誇っている。
「ウッソー。それあたしが貸したのにー。冷たくなぁい?」
「静かにして!面白いのを授業前に読ませる奈緒の方がどうかしてる!」
……どうやら、いきなり正体がばれたわけではないらしい。ほっと一息つき、椅子の背もたれに身を預ける。
「あたしは光川奈緒」
恐怖心など欠片も感じさせず、椅子に逆に座った少女は手を差し出す。
「パパは、吸血鬼と死闘を繰り広げたんだってさ。ホントー?って感じだけど」
……再び、息が止まった。
「カッコイイよねぇ、吸血鬼ぃ!ね、ね、シャルロットちゃんもそう思わない?」
気付いているのか気付いていないのか。ただの世間話のつもりなのか、判別がつかない。
シャルロットが目を回していると、眼鏡の少女がパタンと教科書を……というより、漫画を閉じた。
「非科学的ね。吸血鬼なんて存在、作り話でしかないわ。差別を受けた悲しい民族をそう呼んで、人ならざる扱いをしたに決まってる」
完全に置いていかれているシャルロットをよそに、美和は教室の時計をちらりと見やり、続ける。
「それに、多少血を吸うからなんだって言うの?人間なんか、肉すら食べない同族を殺すのに?」
「……え、えーと……?」
自分を挟んで行われる討論にドギマギしながら、シャルロットも教室の時計を見る。……木製の床が軋むほど音を立て、一時限担当の教師がスキップ気味に入ってくる。
「……!!!!!!」
シャルロットを見た瞬間、生物教師の瞳がほんの一瞬、金色に輝いた気がした。
「そうか、そうか君が……!なんて素晴らしいレア度だ!混血じゃないか!!!」
生徒達は再びヒソヒソと「大丈夫かな大上先生。ルンルンしすぎじゃない?」「俺たち庶民とは価値観が違うんだよ」「大丈夫な時の方が珍しいし」と語り合う。
なぜか軽く肩を落とす美和。あちゃー、と呆れたように肩を竦める奈緒。さらに縮こまるシャルロット。
「さぁ授業を始めよう。この素晴らしい日を神に……えーと、ツクヨミノミコトあたりに感謝しながら!」
ガヤガヤとした「普通の」喧騒に自分が紛れていくことが、……それができることが、シャルロットには不思議でならなかった。
光川奈緒。ヤクザとして死んでいった父と、その愛人だった母を持つオカルトマニアの少女。
花野美和。生まれつき肌に鱗を持った姉を持ち、かつては家族と共に各地を転々とした少女。
やがてかけがえのない友となっていく2人のことを、まだ、シャルロットはほとんど知らない。
「さて久住!放課後あたりにちょっと口か鼻の粘膜をくれないか!大丈夫だ。何もいかがわしいことには使わない。遺伝子をちょっと見るだけだからな!」
「いっそのこと清々しい!?」
……目の前の教師の堂々たる振る舞いに度肝を抜かれつつも、シャルロットの新たな日常は幕を開けた。
シャルロットの父、セザールは幾度となく、亡き恋人への愛を語った。
「だが……世界は私から光を奪い去っていった」
いつしか、その言葉は恨み言に変わっていく。
「私は何よりも光に憧れた。光を欲した。光を愛した。だが、向こうは私を愛しはしなかった。愛した女性すらこの手から奪っていった」
うわ言のようにそう繰り返し、彼はやがて孤立していった。
「……ありゃあダメだね。心を奪われちまってる」
ヴァンパイア界隈でクロード、と呼ばれていた男が、見かねてシャルロットの世話を焼いていた。
長い銀髪で、いつもぶつくさ文句を言っているような青年だった。
「シャルロット。……お前さ、ヴァンパイアとして生きるには厳しいかもだぜ」
彼も他より能力が劣っていたらしいが、シャルロットはさらに劣っていた。
……半分しか、ヴァンパイアではなかったからだ。
「いっそのこと人間として……。……いや、それも難しいか……」
どうしてわたしは、どちらでもなかったんだろう。……と、何度思ったことだろう。
自分の血を呪おうにも、どちらを呪えばいいのかわからない。ただ、その組み合わせが不幸を呼んだのだと、それだけが彼女にとっての真実だった。
だから、今回だってきっと同じだ。……それでも、例えそうなったとしても、ほんの少しでいい。ほんの少しだけでも、穏やかな「当たり前の」居場所が欲しい。
……シャルロットが願うのは、いつだって、たったそれだけのこと。
***
「久住……シャルロット、です」
「みんな仲良くしてあげてねー。仲良くしなくてもいいからいびりはナシねー」
季節外れの転校生に、クラスはざわついた。……そして、その名前と髪色にも。
「外国人?」
「だよね?ここらじゃまあまあ見かけるけど……」
ヒソヒソと囁かれる声に、シャルロットは縮こまるしかない。
──しかしまぁ、人間として生きるにゃ難しいぞ。そのbouquet
クロードの言葉を思い出す。
「……よろしく、お願いします」
ぺこりと頭を下げ、廊下側の席へ。
隣の眼鏡の少女に軽く挨拶し、ストンと座る。
少女はちらりとこちらを見たが、すぐに教科書に視線を戻した。
目の前で、ジャージ姿の恩人が職員室に戻っていく。心細いが、甘えすぎるわけにはいかない。
「(わたしの、ブーケ……わたしの、力……)」
父は威圧。
父の従兄弟は隠匿。
クロードは確か、聡明。
人間に与える印象を、外見も、態度も関係なく左右する特異能力。……「捕食」のための力。
シャルロットの能力は、「恐怖」。
「……あのさぁ」
ビクリ、と肩が震えた。前の席の少女が声をかけてきている。……茶色に染めたショートヘアで、耳にはピアスを嵌め、スカートも短い。
「……何ですか」
案の定、シャルロットを話題にする声はどんどんと小さくなってきている。……触れたくなくなっているのだ。その「存在」に。
目の前の、ショートヘアの少女は平然と告げた。
「吸血鬼みたいだね」
呼吸が、止まった。
「白い肌にぃ、儚いふいんき?吸血鬼の美少女~って感じ?カワイイー」
ケラケラと笑い、彼女はシャルロットの隣の少女に視線を投げる。
「ねぇ、美和?」
美和と呼ばれた少女は、「今話しかけないで」と、キツめに語る。
「いいところなの。……あと、ふいんきじゃないわ。「ふんいき」よ」
教科書に挟まった漫画では、筋骨隆々の男が吸血鬼になったことを誇っている。
「ウッソー。それあたしが貸したのにー。冷たくなぁい?」
「静かにして!面白いのを授業前に読ませる奈緒の方がどうかしてる!」
……どうやら、いきなり正体がばれたわけではないらしい。ほっと一息つき、椅子の背もたれに身を預ける。
「あたしは光川奈緒」
恐怖心など欠片も感じさせず、椅子に逆に座った少女は手を差し出す。
「パパは、吸血鬼と死闘を繰り広げたんだってさ。ホントー?って感じだけど」
……再び、息が止まった。
「カッコイイよねぇ、吸血鬼ぃ!ね、ね、シャルロットちゃんもそう思わない?」
気付いているのか気付いていないのか。ただの世間話のつもりなのか、判別がつかない。
シャルロットが目を回していると、眼鏡の少女がパタンと教科書を……というより、漫画を閉じた。
「非科学的ね。吸血鬼なんて存在、作り話でしかないわ。差別を受けた悲しい民族をそう呼んで、人ならざる扱いをしたに決まってる」
完全に置いていかれているシャルロットをよそに、美和は教室の時計をちらりと見やり、続ける。
「それに、多少血を吸うからなんだって言うの?人間なんか、肉すら食べない同族を殺すのに?」
「……え、えーと……?」
自分を挟んで行われる討論にドギマギしながら、シャルロットも教室の時計を見る。……木製の床が軋むほど音を立て、一時限担当の教師がスキップ気味に入ってくる。
「……!!!!!!」
シャルロットを見た瞬間、生物教師の瞳がほんの一瞬、金色に輝いた気がした。
「そうか、そうか君が……!なんて素晴らしいレア度だ!混血じゃないか!!!」
生徒達は再びヒソヒソと「大丈夫かな大上先生。ルンルンしすぎじゃない?」「俺たち庶民とは価値観が違うんだよ」「大丈夫な時の方が珍しいし」と語り合う。
なぜか軽く肩を落とす美和。あちゃー、と呆れたように肩を竦める奈緒。さらに縮こまるシャルロット。
「さぁ授業を始めよう。この素晴らしい日を神に……えーと、ツクヨミノミコトあたりに感謝しながら!」
ガヤガヤとした「普通の」喧騒に自分が紛れていくことが、……それができることが、シャルロットには不思議でならなかった。
光川奈緒。ヤクザとして死んでいった父と、その愛人だった母を持つオカルトマニアの少女。
花野美和。生まれつき肌に鱗を持った姉を持ち、かつては家族と共に各地を転々とした少女。
やがてかけがえのない友となっていく2人のことを、まだ、シャルロットはほとんど知らない。
「さて久住!放課後あたりにちょっと口か鼻の粘膜をくれないか!大丈夫だ。何もいかがわしいことには使わない。遺伝子をちょっと見るだけだからな!」
「いっそのこと清々しい!?」
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