上 下
2 / 43
5月

第1話 sang

しおりを挟む
 南は港に面し、北は小高い山に繋がり、東は大都会、西は昔ながらの下町に繋がっている。
 神奈川県陽岬市ひのみさきしは、そういう場所だ。
 東郷晃一とうごうこういちが暮らす借家は、西のほう、宵町よいまち一丁目の住宅街にある。
 雑誌で絶景だのなんだのと紹介されて有名な陽岬灯台も近くにあるが、生憎とベランダから見えるのは雑草が鬱蒼と生い茂る、整備途中の空き地だった。

「さぁて……」

 缶ビール……でなく、ウーロン茶の缶を開けながら、晃一は眠る少女を前にため息をつく。

「この子……どう見ても「アレ」よなぁ」

 汗ばんだ栗毛がろくに洗濯もしていないせんべい布団に散らばっているのを多少申し訳なく思いながら、自分の生業に思いを馳せる。

「……寝てる間に……ってのも、アリか?」

 自分の考えを最低だと理解しつつ、その白い肌に手を伸ばす。口元に手をやり、薄く開かれた青ざめた唇に指を触れ……。

 その「牙」に触れた。

「……はい、ビンゴ」

 無意識か、少女の舌が晃一の親指をわずかに舐めた。ちりりと焼け付くような痛みののち、じわじわと指先に快感が宿っていく。

「……ま、ちょっとぐらいなら様子見てやりますよ。エサなら、むしろ足りてるくらいだし?」

 無造作に放り出した銀の短剣を静かにしまい、晃一は「食事」をする少女を見つめる。
 どこか、似ている。記憶の中の誰かに……。その蓋を開ける前に、少女の口が開いた。

「う……。こほっ、うう……」

 ……気分が良くなさそうなのは、自分の血のせいではないと思いたかった。いや、むしろ日光のせいだろう。晃一は無理やりにでもそう思い込んだ。

「……あ……!」

 少女が弾けたように起き上がる。彼女は怯えたように晃一を見、口の中の生ぬるい感触に青ざめた。

「……わ、わたし、の、飲んでましたか……?」
「ん? ああ、まあそりゃ、美味しそうにごくごくと」

 美味しそうに、というのをわずかに強調し、晃一はへらりと笑った。

「そんな怖がらなくていいよ。いくら可愛くても女のコ取って食ったら、俺捕まっちゃうから」
「……わ、わたし……」
「いいのいいの。それに、君が吸血鬼ヴァンパイアならむしろ好都合」

 ヒュッと、少女の喉が鳴る。の檻に捕まったのか、と、最悪な想像をしたことはすぐに推測できる。

「……と、言うわけで、おじさん、今から君を監視するね」
「か、監視、ですか?」
「そうそう。君が無害か、無害じゃないか……。それ、俺が決めていいことになってるから」

 本当は見つけたらすぐ連れてかなきゃなんだけど……と、腹の底で上司に対して軽く舌を出す。

「じゃあ……わたし、生きてていいんですね」

 ほっとしたように、少女は笑う。
 その純粋さが、晃一の胸にちくりと刺さった。

「……難儀だねぇ」

 指先に滲んだ自分の血をぺろりと舐め取りながら、少女の能力を推察する。
 ……少なくとも、魅惑や魅了の類ではない。外見の愛らしさに反し、どこか、近寄り難い……むしろ、「触れたくない」力を感じさせる。

「……あの?」
「いいや、気にしないで?」

 その街に住み着くのは、人間だけではない。……いや、こう表現もできる。
 その街は、ヒトだけでの街ではない、と
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ
恋愛
「お前、これから異性の体液を摂取し続けなければ死ぬぞ」 異世界に落とされた少女ニチカは『魔女』と名乗る男の言葉に絶望する。 体液。つまり涙、唾液、血液、もしくは――いや、キスでお願いします。 そんなこんなで元の世界に戻るため、彼と契約を結び手がかりを求め旅に出ることにする。だが、この師匠と言うのが俺様というか傲慢というかドSと言うか…今日も振り回されっぱなしです。 ツッコミ系女子高生と、ひねくれ師匠のじれじれラブファンタジー 基本ラブコメですが背後に注意だったりシリアスだったりします。ご注意ください イラスト:八色いんこ様 この話は小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

16世界物語1 趣味人な魔王、世界を変える

海蛇
ファンタジー
剣と魔法が支配したりする世界『シャルムシャリーストーク』。 ここは人間世界と魔族世界の二つに分かれ、互いの種族が終わらない戦争を繰り広げる世界である。 魔族世界の盟主であり、最高権力者である魔王。 その魔王がある日突然崩御し、新たに魔王となったのは、なんとも冴えない人形好きな中年男だった。 人間の女勇者エリーシャと互いのことを知らずに出会ったり、魔族の姫君らと他愛のない遊びに興じたりしていく中、魔王はやがて、『終わらない戦争』の真実に気付いていく…… (この作品は小説家になろうにて投稿していたものの部分リメイク作品です)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...