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5月
第1話 sang
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南は港に面し、北は小高い山に繋がり、東は大都会、西は昔ながらの下町に繋がっている。
神奈川県陽岬市は、そういう場所だ。
東郷晃一が暮らす借家は、西のほう、宵町一丁目の住宅街にある。
雑誌で絶景だのなんだのと紹介されて有名な陽岬灯台も近くにあるが、生憎とベランダから見えるのは雑草が鬱蒼と生い茂る、整備途中の空き地だった。
「さぁて……」
缶ビール……でなく、ウーロン茶の缶を開けながら、晃一は眠る少女を前にため息をつく。
「この子……どう見ても「アレ」よなぁ」
汗ばんだ栗毛がろくに洗濯もしていないせんべい布団に散らばっているのを多少申し訳なく思いながら、自分の生業に思いを馳せる。
「……寝てる間に……ってのも、アリか?」
自分の考えを最低だと理解しつつ、その白い肌に手を伸ばす。口元に手をやり、薄く開かれた青ざめた唇に指を触れ……。
その「牙」に触れた。
「……はい、ビンゴ」
無意識か、少女の舌が晃一の親指をわずかに舐めた。ちりりと焼け付くような痛みののち、じわじわと指先に快感が宿っていく。
「……ま、ちょっとぐらいなら様子見てやりますよ。エサなら、むしろ足りてるくらいだし?」
無造作に放り出した銀の短剣を静かにしまい、晃一は「食事」をする少女を見つめる。
どこか、似ている。記憶の中の誰かに……。その蓋を開ける前に、少女の口が開いた。
「う……。こほっ、うう……」
……気分が良くなさそうなのは、自分の血のせいではないと思いたかった。いや、むしろ日光のせいだろう。晃一は無理やりにでもそう思い込んだ。
「……あ……!」
少女が弾けたように起き上がる。彼女は怯えたように晃一を見、口の中の生ぬるい感触に青ざめた。
「……わ、わたし、の、飲んでましたか……?」
「ん? ああ、まあそりゃ、美味しそうにごくごくと」
美味しそうに、というのをわずかに強調し、晃一はへらりと笑った。
「そんな怖がらなくていいよ。いくら可愛くても女のコ取って食ったら、俺捕まっちゃうから」
「……わ、わたし……」
「いいのいいの。それに、君が吸血鬼ならむしろ好都合」
ヒュッと、少女の喉が鳴る。敵の檻に捕まったのか、と、最悪な想像をしたことはすぐに推測できる。
「……と、言うわけで、おじさん、今から君を監視するね」
「か、監視、ですか?」
「そうそう。君が無害か、無害じゃないか……。それ、俺が決めていいことになってるから」
本当は見つけたらすぐ連れてかなきゃなんだけど……と、腹の底で上司に対して軽く舌を出す。
「じゃあ……わたし、生きてていいんですね」
ほっとしたように、少女は笑う。
その純粋さが、晃一の胸にちくりと刺さった。
「……難儀だねぇ」
指先に滲んだ自分の血をぺろりと舐め取りながら、少女の能力を推察する。
……少なくとも、魅惑や魅了の類ではない。外見の愛らしさに反し、どこか、近寄り難い……むしろ、「触れたくない」力を感じさせる。
「……あの?」
「いいや、気にしないで?」
その街に住み着くのは、人間だけではない。……いや、こう表現もできる。
その街は、ヒトだけでの街ではない、と
神奈川県陽岬市は、そういう場所だ。
東郷晃一が暮らす借家は、西のほう、宵町一丁目の住宅街にある。
雑誌で絶景だのなんだのと紹介されて有名な陽岬灯台も近くにあるが、生憎とベランダから見えるのは雑草が鬱蒼と生い茂る、整備途中の空き地だった。
「さぁて……」
缶ビール……でなく、ウーロン茶の缶を開けながら、晃一は眠る少女を前にため息をつく。
「この子……どう見ても「アレ」よなぁ」
汗ばんだ栗毛がろくに洗濯もしていないせんべい布団に散らばっているのを多少申し訳なく思いながら、自分の生業に思いを馳せる。
「……寝てる間に……ってのも、アリか?」
自分の考えを最低だと理解しつつ、その白い肌に手を伸ばす。口元に手をやり、薄く開かれた青ざめた唇に指を触れ……。
その「牙」に触れた。
「……はい、ビンゴ」
無意識か、少女の舌が晃一の親指をわずかに舐めた。ちりりと焼け付くような痛みののち、じわじわと指先に快感が宿っていく。
「……ま、ちょっとぐらいなら様子見てやりますよ。エサなら、むしろ足りてるくらいだし?」
無造作に放り出した銀の短剣を静かにしまい、晃一は「食事」をする少女を見つめる。
どこか、似ている。記憶の中の誰かに……。その蓋を開ける前に、少女の口が開いた。
「う……。こほっ、うう……」
……気分が良くなさそうなのは、自分の血のせいではないと思いたかった。いや、むしろ日光のせいだろう。晃一は無理やりにでもそう思い込んだ。
「……あ……!」
少女が弾けたように起き上がる。彼女は怯えたように晃一を見、口の中の生ぬるい感触に青ざめた。
「……わ、わたし、の、飲んでましたか……?」
「ん? ああ、まあそりゃ、美味しそうにごくごくと」
美味しそうに、というのをわずかに強調し、晃一はへらりと笑った。
「そんな怖がらなくていいよ。いくら可愛くても女のコ取って食ったら、俺捕まっちゃうから」
「……わ、わたし……」
「いいのいいの。それに、君が吸血鬼ならむしろ好都合」
ヒュッと、少女の喉が鳴る。敵の檻に捕まったのか、と、最悪な想像をしたことはすぐに推測できる。
「……と、言うわけで、おじさん、今から君を監視するね」
「か、監視、ですか?」
「そうそう。君が無害か、無害じゃないか……。それ、俺が決めていいことになってるから」
本当は見つけたらすぐ連れてかなきゃなんだけど……と、腹の底で上司に対して軽く舌を出す。
「じゃあ……わたし、生きてていいんですね」
ほっとしたように、少女は笑う。
その純粋さが、晃一の胸にちくりと刺さった。
「……難儀だねぇ」
指先に滲んだ自分の血をぺろりと舐め取りながら、少女の能力を推察する。
……少なくとも、魅惑や魅了の類ではない。外見の愛らしさに反し、どこか、近寄り難い……むしろ、「触れたくない」力を感じさせる。
「……あの?」
「いいや、気にしないで?」
その街に住み着くのは、人間だけではない。……いや、こう表現もできる。
その街は、ヒトだけでの街ではない、と
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