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エレーヌ・アルノーの追憶
第十二話ㅤ永遠にさようなら
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夏の熱に浮かされた恋は、秋になっても冷めはせず、冬の寒さの中でも燃え続け、訪れた春を空虚にし、新たな夏には私の身を焦がし、殺人鬼から逃れた実りの秋ですら焼き尽くした。
凍えるような冬でも、わたしの身は熱に侵され、焼かれ続けている。
……少しは詩人みたいになれたかしら。
ランボーの本を借りてみたから、せっかくだしわたしも恋の詩を綴ってみたくって。
最近は寒いみたいね。カミーユが指先が凍りつきそうだってぼやいていたわ。
そうそう、Sangって筆名を考えたらしいの。今の名前のまま作品を発表し続けるのは気が引けているんですって。
どうだっていい。
どうだっていいのよそんなこと。
カミーユ。最も愛し、憎んだ男。あなたは神も悪魔も信じなかったわね。なら、救われる手立てもないわ。ずっと「Sang」に苦しめられればいい。永久に呪ってやる! 死ぬまで芸術に囚われてしまえ!!
***
センスのない文章がノートの上で踊っている。
カバンの中にしまって、鏡の前に立った。
いつも以上に美しく自分を飾り付けて、誰よりも魅力的な女になって、愛しいあなたに会いに行こう。
待っていてね、カミーユ。
今すぐ、あなたを殺しに行くわ。
***
「あなたとなんか、出会わなければ良かったわ」
肉を裂いた感触の割に、溢れ出す血は想像より少なかった。人は案外簡単に人を殺せる。……そう、思っていたけれど、致命傷を外したことは見ればわかった。
「……殺してやる……!」
衝動に任せて刃を振るう。世界がぐるりと反転し、打ち付けられた背中が軋んだ。
絞められた首が苦しい。頬に、ぱたぱたと彼の血が落ちる。
「……エレー、ヌ……」
わたしに馬乗りになった彼が、呆然と呟く。わたしの首から、潰れたペンだこだらけの手が離れていく。ためらう彼の首に、再びナイフを突きつけた。
「わたしを殺せば……あなたは、自由よ。好きにして」
カミーユはゴクリと息を飲み、散らかった部屋に蒼い視線をさまよわせる。
あの忌まわしい指先が古本を束ねかけていたビニール紐をひっ掴み、わたしは再び呼吸を奪われた。
ああ、ようやく、わたし達の感情が重なった。
あなたが死ねば、美しい死体と、美しい作品だけが遺される。わたしを必要としながらも邪険にするあなたはいなくなる。……そして、あなたのすべてを無理やりにでも奪えば、わたしはあなたのトクベツになれる。
わたしが死ねば、あなたは、わたしの愛を理想の形に作り替えてしまえる。……あなたを苦しめるわたしはあなたに殺されて、あなたの記憶に遺ったわたしは、いくらでも理想の恋人になれる。……ああ、それも悪くないわ。
どっちにしろ、あなたのトクベツになれるんだから。
二人の殺意が重なり、一つの死体が出来上がる。
意識が遠のく間際、頬に落ちた雫は血かしら、涙かしら。
……もう、どちらでも構わないわ。
誰にでも愛されるような女は、誰からも愛してもらえない女と同じ。これも、自業自得。わたしが招いた悲劇。だけど、不思議と今は満足しているの。
あなたの手で、苦しみも、悲しみも、すべてが終わる。……ようやく、終わらせることができる。
潰えていく命とともに、燃え上がった激しい執着も溶けていく。記憶も自我も真っ白になって、わたしとカミーユの情念が混ざり合う。わたしという存在そのものが、傍らのキャンバスに描かれた「わたし」のように、カミーユの理想へと塗り替えられていく。
さようなら、憎らしい人。
わたしが遺した想いは、どんな爪痕になるのかしら。
……さようなら、愛しい人。
心の底から、愛していたわ。
凍えるような冬でも、わたしの身は熱に侵され、焼かれ続けている。
……少しは詩人みたいになれたかしら。
ランボーの本を借りてみたから、せっかくだしわたしも恋の詩を綴ってみたくって。
最近は寒いみたいね。カミーユが指先が凍りつきそうだってぼやいていたわ。
そうそう、Sangって筆名を考えたらしいの。今の名前のまま作品を発表し続けるのは気が引けているんですって。
どうだっていい。
どうだっていいのよそんなこと。
カミーユ。最も愛し、憎んだ男。あなたは神も悪魔も信じなかったわね。なら、救われる手立てもないわ。ずっと「Sang」に苦しめられればいい。永久に呪ってやる! 死ぬまで芸術に囚われてしまえ!!
***
センスのない文章がノートの上で踊っている。
カバンの中にしまって、鏡の前に立った。
いつも以上に美しく自分を飾り付けて、誰よりも魅力的な女になって、愛しいあなたに会いに行こう。
待っていてね、カミーユ。
今すぐ、あなたを殺しに行くわ。
***
「あなたとなんか、出会わなければ良かったわ」
肉を裂いた感触の割に、溢れ出す血は想像より少なかった。人は案外簡単に人を殺せる。……そう、思っていたけれど、致命傷を外したことは見ればわかった。
「……殺してやる……!」
衝動に任せて刃を振るう。世界がぐるりと反転し、打ち付けられた背中が軋んだ。
絞められた首が苦しい。頬に、ぱたぱたと彼の血が落ちる。
「……エレー、ヌ……」
わたしに馬乗りになった彼が、呆然と呟く。わたしの首から、潰れたペンだこだらけの手が離れていく。ためらう彼の首に、再びナイフを突きつけた。
「わたしを殺せば……あなたは、自由よ。好きにして」
カミーユはゴクリと息を飲み、散らかった部屋に蒼い視線をさまよわせる。
あの忌まわしい指先が古本を束ねかけていたビニール紐をひっ掴み、わたしは再び呼吸を奪われた。
ああ、ようやく、わたし達の感情が重なった。
あなたが死ねば、美しい死体と、美しい作品だけが遺される。わたしを必要としながらも邪険にするあなたはいなくなる。……そして、あなたのすべてを無理やりにでも奪えば、わたしはあなたのトクベツになれる。
わたしが死ねば、あなたは、わたしの愛を理想の形に作り替えてしまえる。……あなたを苦しめるわたしはあなたに殺されて、あなたの記憶に遺ったわたしは、いくらでも理想の恋人になれる。……ああ、それも悪くないわ。
どっちにしろ、あなたのトクベツになれるんだから。
二人の殺意が重なり、一つの死体が出来上がる。
意識が遠のく間際、頬に落ちた雫は血かしら、涙かしら。
……もう、どちらでも構わないわ。
誰にでも愛されるような女は、誰からも愛してもらえない女と同じ。これも、自業自得。わたしが招いた悲劇。だけど、不思議と今は満足しているの。
あなたの手で、苦しみも、悲しみも、すべてが終わる。……ようやく、終わらせることができる。
潰えていく命とともに、燃え上がった激しい執着も溶けていく。記憶も自我も真っ白になって、わたしとカミーユの情念が混ざり合う。わたしという存在そのものが、傍らのキャンバスに描かれた「わたし」のように、カミーユの理想へと塗り替えられていく。
さようなら、憎らしい人。
わたしが遺した想いは、どんな爪痕になるのかしら。
……さようなら、愛しい人。
心の底から、愛していたわ。
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