死ねば愛してあげられる

譚月遊生季

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エレーヌ・アルノーの追憶

第六話ㅤそれでも、愛してしまった ※R18要素あり

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 カミーユの家は、アトリエも兼ねた一軒家。
 なんでも、父親が絵に専念できるように援助したらしい。それだけの才能を認められたのか、その愛が才能をはぐくんだのか、どちらかしら。

 デートの後に家に行きたい、と言ったら狼狽えつつ承諾してくれた。ただし、数日間待って……とも。

「君の可憐さに見合うよう、模様替えしたくて」

 なんて、言っていたけど……きっと、部屋が散らかっていたのだと思う。
 昔、ポールも汚部屋住まいだから呼びたくないって言っていたし、芸術家って片付けより作品づくりの方を優先するのかも。
 汚い部屋が見たいわけでもないし、大人しく待った。数日後、足を踏み入れた彼の家は、多少ほこりっぽさが目立つけれどキレイに片付けられていた。

「借家? アパルトマンでなく一軒家だなんて、太っ腹ね」
「っていうか、元々別荘として持ってたらしいよ。父さんも芸術……っぽい仕事? してたんだけど、案外稼いでたのかな」
「あら、なんのお仕事?」
「……能面とか作ってたけど……なんだったのかな、あれ」

 仮面職人……? なのかしら。外国の伝統工芸よね、確か。

「母さんが日系3世だったし……興味があったのかもね」

 懐かしそうに、あおい瞳が細められる。そういえば、しばらく会っていないとも聞いた気がする。
 口ぶりからすると、家族仲は良好のようだけど……何か、事情があるのかしら。

「……ねぇ、部屋に来たってことは。……つまり、さ」
「期待してるの?」

 蒼い瞳を見つめると、彼は静かに頷いた。

「……君は?」

 気の利いたことを言おうとしたのか、薄い唇がわずかに動く。……けれど、言葉が紡がれることは無かった。
 緊張しているのか、手が震えている。そっと握ると、肩が跳ねた。

「もちろん、楽しみにしてた。他の誰よりも、あなたに抱かれたいもの」

 蒼い目が見開かれる。

「やっぱり、君……」

 どうして、怯えるような声を出すの?
 わたしの何が恐ろしいの?

 ……ノエルよりも、私の方が「怖いひと」なの……?

「なんでもない、なんでもないから……気にしないで」

 そんなことを言われたら、余計に気になる。
 ……けれど、唇に触れた温もりで誤魔化されてしまった。
 ペンだこだらけの手が私の肌に触れ、表面を滑る。

「綺麗な爪だね」

 絵の具の落ちきっていない指が、私の指と絡まる。

「あら、あなたに美を褒められるなんて」
「……君は、綺麗だよ」

 目を伏せれば、長いまつ毛が揺れる。

「そう? 平凡なほうよ」
「……そうじゃなくて……綺麗であろうとする努力と、綺麗になりたいって心が美しいんだよ」

 努力しなくても美しい顔立ちが、間近にある。

「愛されたい、美しくなりたい……その努力を、嘘だとか……騙す、とか、そんなふうに言いたくないよ」

 騙したのか、と、私をなじる声が蘇る。
 カラダの奥、ココロの深い部分から、何かがこみ上げてくる。

 嘘じゃないの。
 嘘じゃないのよ。

 わたし、わたし、きっと初めて……本気で、恋をした。
 あなたを愛してる。……本当に、心から、そう思ってるの。

 本当よ。本当の、本当に、あなたはトクベツな人。

「愛してるわ、カミーユ」
「……僕もだよ、エレーヌ」

 ベッドに二人の体が沈む。
 細い首に腕をからめ、口付ける……その瞬間、

 ──嘘つき

 蒼い瞳は、冷たく、鋭く……わたしを見下ろしていた。



 ***



「アッ……やぁっ、かみ、ゆ……ッ」
「……っ、ごめん、も……っ、もう……少し、で……っ」

 わたしが繰り返しイッても、彼は動くのをやめなかった。
 吐息の熱が、頭をだらせていく。
 やがて、秘所から響く音が止んだかと思うと、腹の上に生ぬるい感触がほとばしった。

「は、ァ……ふ……っ、ん……」

 ひくついたソコが、まだ受け入れていたいと疼く。
 どちらからともなく始めた口付けが、深く、絡んでいく。

「……ん……、ぅ、む……」

 溢れる彼の吐息が、耳をくすぐる。
 唇と唇を離せば、銀の糸が舌先を繋ぎ、プツンと途切れた。

「……髪、明るくなったね」

 太い指先が、染めた髪を持ち上げる。

「ん……その方が、好き……なんでしょ……」

 ぼんやりと蕩けた意識の中、言葉を紡ぐ。

「あれ、言ったっけ」

 亜麻色の髪が、汗ばんだ額に貼り付いている。
 上気した頬に触れながら、頷いた。
 伝った涙は生理的なものだったのか、それとも……

 ふたりの埋められない溝に、気付いてしまったからなのか。



 ***



「素敵な絵ね」

 ベッドの上から、部屋の隅……描きかけのキャンバスを眺める。
 へりに座った彼は、きょとんと目を丸くし、そちらの方を見て「ああ……」と、ため息混じりに呟いた。

「それ、失敗作だよ」

 事も無げに、そう言い捨てる。

「色合いも、構図も何もかもダメ。なんならデッサンも歪んでる」
「……そう?」

 不満そうに語られた欠点が、私には分からない。

「十分、上手だと思うけど……」
「全然。これじゃ、あのポールでも褒めないよ」

 ぼやくように言い、カミーユはベルトを締め直して立ち上がる。
 端正な顔立ちとしなやかな肢体が、キャンバスの方に向かう。
 画布を下ろす姿さえ絵になって、美しい。

「でも、キレイよ。あなたみたい」

 何を間違えたのか、わからない。
 けれど、その瞬間、カミーユは血相を変えてわたしを見た。
 泣き出しそうにも、怒鳴りだしそうにも見える表情でわたしを見つめ……やがて、絞り出すように言った。

「君も……そう、なんだね」

 何を言えば正解だったのか、わたしにはわからない。
 ……絵の勉強は、多少ならしたつもり。
 それまで興味なんてなかったけれど、彼のためにと努力したつもり。

 それなのに、何が、彼を傷つけてしまったのだろう。

「君も……僕の…………。……」

 震えた声を誤魔化すように、彼はタバコを口にくわえる。
 ……それきり、彼はしばらく何も言わなかった。

 わたし達はきっと、愛し合うには遠すぎた。
 ……そして、無関心でいられないほどに、近づきすぎていた。
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