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第四章 人生はただ影法師の歩みだ
第48話 月光を射る。
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張り詰めた時間は、ランドルフにとって数秒間にも、数時間にも感じられた。
「……っ、はぁ……はぁ……」
やがて、ディアナはがくりと膝をつき、光の膜もゆっくりと消えていく。
「ディアナ!」
「……大丈夫、だ……。やるべきことは、やった」
ディアナは肩で息をしながら、目の前の墓標に視線を投げる。
見た目は、何も変わらない。
それでも、流れる空気は、明らかに先程までとは違った。
優しい風が、手招くようにセレナの頬を撫でる。静かな森林の香りが、戦いの終わりを告げる。
「……うん。これで……ちゃんと、お別れできるね」
「……セレナ……」
ディアナの声を背に、セレナは掘り返された土の前へと歩み寄る。くるりとランドルフ達の方へ向き直り、セレナは明るい声で告げた。
「見送り、ありがと。……じゃあね」
目深に被られていたフードが、ようやく上げられる。
「幸せになってよね! ……二人とも!」
傷だらけの貌でも、二人にはわかる。
満面の笑顔を浮かべる少女が、そこにいた。
「……ディアナ」
「……ああ」
ランドルフの合図に頷き、ディアナは差し出された矢へと手を翳す。
「パトリシアの助けがあって良かった。……まだ、魔力は残されている」
きょとんと目を丸くするセレナの目の前で、ランドルフは上空に矢を放った。
月の光に向け、矢尻の代わりに魔術を託された矢が空を駆ける。
「餞別だ」
ディアナの、感情を押し殺すような声と同時に、夜空に大輪の花が咲いた。
「……わぁ……」
セレナは目を輝かせ、上空の花へと手を伸ばす。
その手を、二人分の手が握った。
……少なくとも、セレナにはそう見えた。
「……! あ──」
パパ。ママ。……少女の唇が、そう告げた瞬間。
ローブが、ぱさりと地面に落ちた。
義肢が地面にぶつかり、軽い音を立てる。
「……さようなら、セレナ」
ディアナの頬に、涙が伝う。
震える肩をしっかりと抱き締め、ランドルフは、愛しい人の哀しみに寄り添った。
***
ランドルフとディアナが「魔女」の屋敷へと帰ってきたのは、夜が明けてからだった。
「お疲れさん」
屋敷の近くまで辿り着いた頃。
ディアナを抱えたランドルフの前に、デイヴィッドが迎えに現れる。
「……! 寝ていなかったのか。兄さん」
「一晩寝ないくらいじゃ死なねぇよ」
目を見開くディアナに素っ気ない声で返し、デイヴィッドはそっぽを向いた。
「まあ……俺らが寝てないわけだしな。自分だけ寝るのも……って思ったんだろ」
「余計なこと言ってんじゃねぇ。単に眠くなかっただけだ」
ランドルフの指摘には赤面しつつ、デイヴィッドは咳払いを一つして話題を変える。
「休んだら帰んぞ。『魔獣』の数は減るだろうが、狩人の助けはまだまだ必要なんでね」
「……そうだな。私たちのやることは変わらない」
デイヴィッドの言葉に、ディアナも大きく頷く。
「ああ。これからもよろしく頼むぜ、相棒。……ディアナ」
「私は相棒ではないのか?」
……が、続くランドルフの言葉には、少しだけムッとした様子を見せた。
「相棒っつーか……なぁ?」
「そ、そうだな……相棒とは、また違うかもな」
デイヴィッドに語りかけられ、ランドルフは、ポリポリと照れ臭そうに頬を掻く。
「なんだ。兄さんばかりずるいぞ」
「ハッ……良い顔してんじゃねぇか。言ってやれランドルフ」
ニヤニヤと笑うデイヴィッドにけしかけられるまま、ランドルフは真剣な面持ちでディアナの瞳を見た。
「……相棒も良いけどよ……ディアナとは、伴侶になりてぇな……って」
「……なるほど。それは確かにニュアンスが異な……。……えっ」
ランドルフの腕に抱き抱えられたまま、ディアナはボンッと顔を耳まで赤くした。
「き、君は、こんなところでしれっと求婚をしてくるのか。変わっているな」
「まあ……求婚なら、初めて会った時にもやったしな」
「う。た、確かに……」
「そりゃ初耳だ。よっぽどディアナに惚れ込んだんだな、ランドルフ」
「う、うううーっ!」
ディアナは狼の姿になり、ランドルフの腕の中からそそくさと抜け出す。
めちゃめちゃかわいい。
ランドルフは思わず、天を仰いだ。
「なーに油売ってんだい! とっとと飯食って帰りな!」
……と、立ち話をする三人を窘めるように、屋敷の玄関からパトリシアの怒号が飛んでくる。
「食事は用意してあげるんだね」
「あんたも当然手伝うんだよ、兄さん」
「……僕は、そろそろ仕事に戻らないと」
「おっと、逃がさないからね……!」
じゃれ合う兄妹にふっと穏やかな視線を向け、デイヴィッドは「しゃあねぇ。手伝ってやるか」と歩き出す。
ランドルフとディアナもその後に続き、歩み出した。
イングランドの地方領地、ブラックベリー・フォレストでの「魔獣騒ぎ」は、穏やかに幕を下ろした。
ブラックベリー・フォレストでの異常発生が鎮静化したとしても、「魔獣」自体はこれからも各地で発生し続けるだろう。
オルブライト家とスチュアート家の諍いが一段落したとしても、どこかの領地で、似たような争いは繰り返されるだろう。
長い歴史の中で見れば、ほんの些細な、取るに足らない影法師たちの物語。
……それでも。
痛みを背負った者たちは、笑顔で再び歩み出した。
「……っ、はぁ……はぁ……」
やがて、ディアナはがくりと膝をつき、光の膜もゆっくりと消えていく。
「ディアナ!」
「……大丈夫、だ……。やるべきことは、やった」
ディアナは肩で息をしながら、目の前の墓標に視線を投げる。
見た目は、何も変わらない。
それでも、流れる空気は、明らかに先程までとは違った。
優しい風が、手招くようにセレナの頬を撫でる。静かな森林の香りが、戦いの終わりを告げる。
「……うん。これで……ちゃんと、お別れできるね」
「……セレナ……」
ディアナの声を背に、セレナは掘り返された土の前へと歩み寄る。くるりとランドルフ達の方へ向き直り、セレナは明るい声で告げた。
「見送り、ありがと。……じゃあね」
目深に被られていたフードが、ようやく上げられる。
「幸せになってよね! ……二人とも!」
傷だらけの貌でも、二人にはわかる。
満面の笑顔を浮かべる少女が、そこにいた。
「……ディアナ」
「……ああ」
ランドルフの合図に頷き、ディアナは差し出された矢へと手を翳す。
「パトリシアの助けがあって良かった。……まだ、魔力は残されている」
きょとんと目を丸くするセレナの目の前で、ランドルフは上空に矢を放った。
月の光に向け、矢尻の代わりに魔術を託された矢が空を駆ける。
「餞別だ」
ディアナの、感情を押し殺すような声と同時に、夜空に大輪の花が咲いた。
「……わぁ……」
セレナは目を輝かせ、上空の花へと手を伸ばす。
その手を、二人分の手が握った。
……少なくとも、セレナにはそう見えた。
「……! あ──」
パパ。ママ。……少女の唇が、そう告げた瞬間。
ローブが、ぱさりと地面に落ちた。
義肢が地面にぶつかり、軽い音を立てる。
「……さようなら、セレナ」
ディアナの頬に、涙が伝う。
震える肩をしっかりと抱き締め、ランドルフは、愛しい人の哀しみに寄り添った。
***
ランドルフとディアナが「魔女」の屋敷へと帰ってきたのは、夜が明けてからだった。
「お疲れさん」
屋敷の近くまで辿り着いた頃。
ディアナを抱えたランドルフの前に、デイヴィッドが迎えに現れる。
「……! 寝ていなかったのか。兄さん」
「一晩寝ないくらいじゃ死なねぇよ」
目を見開くディアナに素っ気ない声で返し、デイヴィッドはそっぽを向いた。
「まあ……俺らが寝てないわけだしな。自分だけ寝るのも……って思ったんだろ」
「余計なこと言ってんじゃねぇ。単に眠くなかっただけだ」
ランドルフの指摘には赤面しつつ、デイヴィッドは咳払いを一つして話題を変える。
「休んだら帰んぞ。『魔獣』の数は減るだろうが、狩人の助けはまだまだ必要なんでね」
「……そうだな。私たちのやることは変わらない」
デイヴィッドの言葉に、ディアナも大きく頷く。
「ああ。これからもよろしく頼むぜ、相棒。……ディアナ」
「私は相棒ではないのか?」
……が、続くランドルフの言葉には、少しだけムッとした様子を見せた。
「相棒っつーか……なぁ?」
「そ、そうだな……相棒とは、また違うかもな」
デイヴィッドに語りかけられ、ランドルフは、ポリポリと照れ臭そうに頬を掻く。
「なんだ。兄さんばかりずるいぞ」
「ハッ……良い顔してんじゃねぇか。言ってやれランドルフ」
ニヤニヤと笑うデイヴィッドにけしかけられるまま、ランドルフは真剣な面持ちでディアナの瞳を見た。
「……相棒も良いけどよ……ディアナとは、伴侶になりてぇな……って」
「……なるほど。それは確かにニュアンスが異な……。……えっ」
ランドルフの腕に抱き抱えられたまま、ディアナはボンッと顔を耳まで赤くした。
「き、君は、こんなところでしれっと求婚をしてくるのか。変わっているな」
「まあ……求婚なら、初めて会った時にもやったしな」
「う。た、確かに……」
「そりゃ初耳だ。よっぽどディアナに惚れ込んだんだな、ランドルフ」
「う、うううーっ!」
ディアナは狼の姿になり、ランドルフの腕の中からそそくさと抜け出す。
めちゃめちゃかわいい。
ランドルフは思わず、天を仰いだ。
「なーに油売ってんだい! とっとと飯食って帰りな!」
……と、立ち話をする三人を窘めるように、屋敷の玄関からパトリシアの怒号が飛んでくる。
「食事は用意してあげるんだね」
「あんたも当然手伝うんだよ、兄さん」
「……僕は、そろそろ仕事に戻らないと」
「おっと、逃がさないからね……!」
じゃれ合う兄妹にふっと穏やかな視線を向け、デイヴィッドは「しゃあねぇ。手伝ってやるか」と歩き出す。
ランドルフとディアナもその後に続き、歩み出した。
イングランドの地方領地、ブラックベリー・フォレストでの「魔獣騒ぎ」は、穏やかに幕を下ろした。
ブラックベリー・フォレストでの異常発生が鎮静化したとしても、「魔獣」自体はこれからも各地で発生し続けるだろう。
オルブライト家とスチュアート家の諍いが一段落したとしても、どこかの領地で、似たような争いは繰り返されるだろう。
長い歴史の中で見れば、ほんの些細な、取るに足らない影法師たちの物語。
……それでも。
痛みを背負った者たちは、笑顔で再び歩み出した。
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